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第十五話〈諒くんのお仕事〉
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毎晩、当番制となっている夜警は晶蓮城内及び城下周辺を見回る。
三人一組で行動し、城内に二組、城下周辺には五組が担当することになっていた。
始めに詰め所へ寄り、出欠用紙への印付けや決められた担当地区、組員名簿などを確認し、三人が揃ったところで持ち場に赴くという段取りだった。
今夜は詰め所に一番乗りとなった諒は、部屋の奥の荷物置き場へひよりから渡された弁当を置いてから組員名簿等に目を通したのだが。
(なんかいつもより多いな)
城内に二組は変わらないが、いつもなら〈城下周辺〉が〈城外及び帝都内〉と書きかえられ八組に増えていた。
掲示板に目をやると、緊急事案発生により臨時に増員がされたことや、見回る地域の拡大等、詳細が書かれていた。
緊急事案とは蘭瑛から話があった鬼獣の件だろう。
帝都には戦闘師団内から選任された警備隊員が多数配置されているはずなのだが。
(数いて役に立たねぇって。どんだけの闘魄だよ、まったく)
心の中で毒づいて、諒はもう一度名簿に目をやり、今夜一緒に組む者たちを確認する。
(俺と紅緒さんと、相楽福之助───ってたしか……)
学校から帰宅後、昼間に屋敷で宴会があったと聞かされ、皿洗いや給仕の手伝いをしてくれた護闘士がいて、とても助かったとひよりが話していたのを思い出す。
(そいつの名前、これだった気がする)
紅緒尚久は八班隊の隊長なので知っているし、夜警も何度か一緒の組になったことがある。けれど六班隊の相楽福之助と面識はなく、夜警で組むのも初めてだった。
新年に隊編成があったせいかなと諒は思う。
上番隊から昇格したのだろう。
後番隊に属する護闘士は、上番隊の者たちと普段あまり接する機会がないため、このような夜警当番で顔見知りになる事が多い。
「あっら~。可愛い子がいると思ったら嵯牙班の諒くんじゃないの~」
少しずつ人が集まり賑やかになってきた詰め所に、色香のある声を発しながら一人の女性が入って来た。
「お久しぶりっ。嬉しいわぁ、今夜諒くんのお顔が見れるなんてッ」
麗しい容姿に、迫力!という表現の似合う身体つきの美女は紅緒 尚久が隊長を務める第八班隊所属で、数少ない女性護闘士の一人でもある 柊すみれ だった。
すみれは重そうな胸をゆさゆさと揺らしながら諒に近付いた。
「も~、諒くんったら。相変わらず食べちゃいたいくらい可愛いんだからぁ」
んふふ~。と笑うすみれに諒は思わず後退る。
「……ども。 ぉ久しぶりッス……」
諒は頬をひきつらせながら軽く会釈した。
すみれは美人で愛嬌もあって男女問わず人気もある。
悪い人ではないのだが。……苦手だった。
「それ今夜の組員名簿、見せて! ……あ~ん、残念~。城内担当だけど諒くんと同じ組じゃないじゃないの~!んもうっ」
すみれはブツブツ文句を言いながら名簿を見終えると諒に向いて尋ねた。
「ね、今日嵯牙隊長が二年ぶりに会議に出たんですってね。しかもその後皆を引き連れてお宅で宴会したそうじゃない。うちの隊長ったら久しぶりに黎紫と呑めたってご機嫌で帰ってきて、もうびっくりよ」
「……はあ、そうらしいっすね」
「あの嵯牙を動かしたのは一体何なのかって、もう凄い噂よ。……ねぇ、諒くん。本当のところどうなのよ」
「は? 何がです?」
「だから、珍~しくお外へ出た理由よ。あのぐ~たらクンが」
「知りませんよ。変なもんでも食ったんじゃないっすか」
諒の言葉にすみれは声をあげて笑った。
「まさかぁ。専属賄いが入ってそれはないでしょ。───あ、その子のことも聞きたいのよねぇ」
「は……?」
「文仙の総務の友達がさ、広報班でね、。嵯牙班のいろいろを情報収集してる子がいるのよ」
「なんすか、それ。聞くなら俺より瀬戸さん辺りに聞いてくださいよ」
「え~、いいじゃなぁい。あたしは~、諒くんがい・い・の!」
すみれはグイグイと諒に迫った。
「どわっ⁉ ちょっと!柊さッ……」
(勘弁してくれ!)
迫力満点なすみれの胸が諒の目の前に迫った。
「こら、すみれ! 怯えているだろ、そのくらいにしておきなさい」
グッドなタイミングでかけられたその声に、諒はホッとして振り向いた。
視線の先には、苦笑いで二人を見る秀麗な一人の男。
紅緒 尚久が立っていた。
年の頃は五十代半ばだと諒は聞いている。
自分の親より歳上なのだが、まだまだ充分に若々しさを残している。
(そういえば……玲亜さん言ってたな)
『寡黙な雰囲気の渋いおじさま』だったか。
独身で落ち着いたオトナの魅力に隠れファンが多いとも聞く。
「んもうっ、隊長ったら!いいところだったのにぃ」
「何がいいところ、だ。公衆の面前で。すみれ、おまえはもっと慎みを持った方がいいぞ」
「えぇ~!隊長ぉ~、護闘士が慎みですか?そんなの持ってたら闘えませんよ。───あ、隊長ってば、もしかして妬いてます?」
「……なんの話だ?」
「私が諒くんに迫ったりしてるから~!」
「私はべつに」
熱い眼差しを送るすみれから、紅緒は少し動揺しているような、困った様子で視線を彷徨わせた。
「うふっ。も~、やだぁ。隊長こそ公衆の面前なのにぃ。心配してくれちゃうなんてッ。も~、どうしたんですか? すみれはとても嬉しいですけど。……まだ酔いが抜けてない、とか? 今日は昼から飲み過ぎたみたいですものねぇ」
「そうでもないさ、だいぶ抜けたよ。それより諒、黎紫はどうだ? 」
「え……」
紅緒とすみれの二人だけの世界……!な雰囲気を作っておいて、いきなり自分へと向いた紅緒の視線に諒は慌てた。
「あいつこそ酔いが回って早々に寝入ってしまったのではないか?」
「それが……。隊長は夕刻前にちょっと出かけると言ったまま、夕飯過ぎても帰って来なくて。心配するなとは言っていたらしいんですけど」
「……そうか。相変わらず掴めない奴だな。───あぁ、すみれ。おまえの組は揃ったようだぞ。そろそろ持ち場へ行きなさい」
「はあい。それじゃあまたねッ、諒くん!」
ひらひらと手を振って、すみれは諒に背を向けた。
「さて、相楽福之助は遅いな。昼間も宴会の面子にいたんだが」
「炊事場で手伝いをしていたと聞いてます」
「彼は新米護闘士でね。もう少し待ってみようか」
警備の開始時刻が迫る中、いつもより混雑している詰め所内で、諒と紅緒は部屋の隅に移動して相楽を待った。
……ちりん。
……ち り …りり ん……。
鈴の響きに似た音を感じて諒は視線を動かした。
「鈴、か?」
隣に立つ紅緒にも聞こえたようだ。
「───ですよね。でもなんでこんなところで鈴の音なんて」
それはずっと鳴り続けているわけではなく、時折微かに聞こえるものだった。
「いつもより多くの人員が集まってるんだ。鈴飾りを着けている者がいるんだろう。なにやら城下ではそれらしき飾り物が流行っていると聞いてるぞ」
「ああ、そういえば学校でも女子たちが話題に……」
小さな飾り物を見せ合ったりしていて。
(でもあれは……)
近くでよく見たわけではないが。
(学校であのとき、音なんてしていたか?)
もう一度聞こえないかと耳を澄ましてみたが、あれきり何も聞こえることはなかった。
「それにしても、遅すぎるな」
気付けばあれほど混雑していた詰め所から人の数がどんどん減って諒と紅緒の二人だけになってしまった。
「これ以上は待てぬな」
「いったいどうしたんでしょう。急な欠席だとしても六班隊から代理が出て連絡もあるはずですよね」
「うむ。仕方ない、諒はあと十分ここで相楽を待ち、それから持ち場に入れ。私は先に行きがてら六班の屋敷に顔を出してみるよ。あそこは持ち場からも近いしな。後で合流しよう、二の門辺りで」
「はい」
紅緒は今夜の持ち場である〈晶連城内、西地区〉へ向かった。
開けられたままの出入口から紅緒を見送り、しばらく宵闇の向こうを見つめていると、急に風が強くなった。
吹き込んだ冷たい風に髪を撫でられ、諒は一瞬ぶるっと身を縮ませるのだった。
三人一組で行動し、城内に二組、城下周辺には五組が担当することになっていた。
始めに詰め所へ寄り、出欠用紙への印付けや決められた担当地区、組員名簿などを確認し、三人が揃ったところで持ち場に赴くという段取りだった。
今夜は詰め所に一番乗りとなった諒は、部屋の奥の荷物置き場へひよりから渡された弁当を置いてから組員名簿等に目を通したのだが。
(なんかいつもより多いな)
城内に二組は変わらないが、いつもなら〈城下周辺〉が〈城外及び帝都内〉と書きかえられ八組に増えていた。
掲示板に目をやると、緊急事案発生により臨時に増員がされたことや、見回る地域の拡大等、詳細が書かれていた。
緊急事案とは蘭瑛から話があった鬼獣の件だろう。
帝都には戦闘師団内から選任された警備隊員が多数配置されているはずなのだが。
(数いて役に立たねぇって。どんだけの闘魄だよ、まったく)
心の中で毒づいて、諒はもう一度名簿に目をやり、今夜一緒に組む者たちを確認する。
(俺と紅緒さんと、相楽福之助───ってたしか……)
学校から帰宅後、昼間に屋敷で宴会があったと聞かされ、皿洗いや給仕の手伝いをしてくれた護闘士がいて、とても助かったとひよりが話していたのを思い出す。
(そいつの名前、これだった気がする)
紅緒尚久は八班隊の隊長なので知っているし、夜警も何度か一緒の組になったことがある。けれど六班隊の相楽福之助と面識はなく、夜警で組むのも初めてだった。
新年に隊編成があったせいかなと諒は思う。
上番隊から昇格したのだろう。
後番隊に属する護闘士は、上番隊の者たちと普段あまり接する機会がないため、このような夜警当番で顔見知りになる事が多い。
「あっら~。可愛い子がいると思ったら嵯牙班の諒くんじゃないの~」
少しずつ人が集まり賑やかになってきた詰め所に、色香のある声を発しながら一人の女性が入って来た。
「お久しぶりっ。嬉しいわぁ、今夜諒くんのお顔が見れるなんてッ」
麗しい容姿に、迫力!という表現の似合う身体つきの美女は紅緒 尚久が隊長を務める第八班隊所属で、数少ない女性護闘士の一人でもある 柊すみれ だった。
すみれは重そうな胸をゆさゆさと揺らしながら諒に近付いた。
「も~、諒くんったら。相変わらず食べちゃいたいくらい可愛いんだからぁ」
んふふ~。と笑うすみれに諒は思わず後退る。
「……ども。 ぉ久しぶりッス……」
諒は頬をひきつらせながら軽く会釈した。
すみれは美人で愛嬌もあって男女問わず人気もある。
悪い人ではないのだが。……苦手だった。
「それ今夜の組員名簿、見せて! ……あ~ん、残念~。城内担当だけど諒くんと同じ組じゃないじゃないの~!んもうっ」
すみれはブツブツ文句を言いながら名簿を見終えると諒に向いて尋ねた。
「ね、今日嵯牙隊長が二年ぶりに会議に出たんですってね。しかもその後皆を引き連れてお宅で宴会したそうじゃない。うちの隊長ったら久しぶりに黎紫と呑めたってご機嫌で帰ってきて、もうびっくりよ」
「……はあ、そうらしいっすね」
「あの嵯牙を動かしたのは一体何なのかって、もう凄い噂よ。……ねぇ、諒くん。本当のところどうなのよ」
「は? 何がです?」
「だから、珍~しくお外へ出た理由よ。あのぐ~たらクンが」
「知りませんよ。変なもんでも食ったんじゃないっすか」
諒の言葉にすみれは声をあげて笑った。
「まさかぁ。専属賄いが入ってそれはないでしょ。───あ、その子のことも聞きたいのよねぇ」
「は……?」
「文仙の総務の友達がさ、広報班でね、。嵯牙班のいろいろを情報収集してる子がいるのよ」
「なんすか、それ。聞くなら俺より瀬戸さん辺りに聞いてくださいよ」
「え~、いいじゃなぁい。あたしは~、諒くんがい・い・の!」
すみれはグイグイと諒に迫った。
「どわっ⁉ ちょっと!柊さッ……」
(勘弁してくれ!)
迫力満点なすみれの胸が諒の目の前に迫った。
「こら、すみれ! 怯えているだろ、そのくらいにしておきなさい」
グッドなタイミングでかけられたその声に、諒はホッとして振り向いた。
視線の先には、苦笑いで二人を見る秀麗な一人の男。
紅緒 尚久が立っていた。
年の頃は五十代半ばだと諒は聞いている。
自分の親より歳上なのだが、まだまだ充分に若々しさを残している。
(そういえば……玲亜さん言ってたな)
『寡黙な雰囲気の渋いおじさま』だったか。
独身で落ち着いたオトナの魅力に隠れファンが多いとも聞く。
「んもうっ、隊長ったら!いいところだったのにぃ」
「何がいいところ、だ。公衆の面前で。すみれ、おまえはもっと慎みを持った方がいいぞ」
「えぇ~!隊長ぉ~、護闘士が慎みですか?そんなの持ってたら闘えませんよ。───あ、隊長ってば、もしかして妬いてます?」
「……なんの話だ?」
「私が諒くんに迫ったりしてるから~!」
「私はべつに」
熱い眼差しを送るすみれから、紅緒は少し動揺しているような、困った様子で視線を彷徨わせた。
「うふっ。も~、やだぁ。隊長こそ公衆の面前なのにぃ。心配してくれちゃうなんてッ。も~、どうしたんですか? すみれはとても嬉しいですけど。……まだ酔いが抜けてない、とか? 今日は昼から飲み過ぎたみたいですものねぇ」
「そうでもないさ、だいぶ抜けたよ。それより諒、黎紫はどうだ? 」
「え……」
紅緒とすみれの二人だけの世界……!な雰囲気を作っておいて、いきなり自分へと向いた紅緒の視線に諒は慌てた。
「あいつこそ酔いが回って早々に寝入ってしまったのではないか?」
「それが……。隊長は夕刻前にちょっと出かけると言ったまま、夕飯過ぎても帰って来なくて。心配するなとは言っていたらしいんですけど」
「……そうか。相変わらず掴めない奴だな。───あぁ、すみれ。おまえの組は揃ったようだぞ。そろそろ持ち場へ行きなさい」
「はあい。それじゃあまたねッ、諒くん!」
ひらひらと手を振って、すみれは諒に背を向けた。
「さて、相楽福之助は遅いな。昼間も宴会の面子にいたんだが」
「炊事場で手伝いをしていたと聞いてます」
「彼は新米護闘士でね。もう少し待ってみようか」
警備の開始時刻が迫る中、いつもより混雑している詰め所内で、諒と紅緒は部屋の隅に移動して相楽を待った。
……ちりん。
……ち り …りり ん……。
鈴の響きに似た音を感じて諒は視線を動かした。
「鈴、か?」
隣に立つ紅緒にも聞こえたようだ。
「───ですよね。でもなんでこんなところで鈴の音なんて」
それはずっと鳴り続けているわけではなく、時折微かに聞こえるものだった。
「いつもより多くの人員が集まってるんだ。鈴飾りを着けている者がいるんだろう。なにやら城下ではそれらしき飾り物が流行っていると聞いてるぞ」
「ああ、そういえば学校でも女子たちが話題に……」
小さな飾り物を見せ合ったりしていて。
(でもあれは……)
近くでよく見たわけではないが。
(学校であのとき、音なんてしていたか?)
もう一度聞こえないかと耳を澄ましてみたが、あれきり何も聞こえることはなかった。
「それにしても、遅すぎるな」
気付けばあれほど混雑していた詰め所から人の数がどんどん減って諒と紅緒の二人だけになってしまった。
「これ以上は待てぬな」
「いったいどうしたんでしょう。急な欠席だとしても六班隊から代理が出て連絡もあるはずですよね」
「うむ。仕方ない、諒はあと十分ここで相楽を待ち、それから持ち場に入れ。私は先に行きがてら六班の屋敷に顔を出してみるよ。あそこは持ち場からも近いしな。後で合流しよう、二の門辺りで」
「はい」
紅緒は今夜の持ち場である〈晶連城内、西地区〉へ向かった。
開けられたままの出入口から紅緒を見送り、しばらく宵闇の向こうを見つめていると、急に風が強くなった。
吹き込んだ冷たい風に髪を撫でられ、諒は一瞬ぶるっと身を縮ませるのだった。
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