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〈18〉後宮の最下位妃、愛されて華輝く
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「苺凛様、お疲れじゃありませんか?」
後ろを歩く春霞が気遣うように尋ねた。
「平気よ。もう少し歩きたいくらい」
「そうですか。でもそろそろ宮殿に戻りましょう。今日の昼は洙仙様が来るそうですから」
「そうね」
拉致事件があってから四日が経った。
霊仙花は咲いていたが、嗅がされた薬のせいか、しばらくは身体の痺れと喉の痛みに悩まされた。
けれどそれも次第によくなり、今日は久しぶりに外へ散歩に出たのだ。
采雅国の間者に手を貸した李雪は、人質になっていた弟を助けたい一心で、仕方なく行動したことは事実だった。
その後、弟は無事に見つかり李雪と対面した。
けれど捕らえた間者は取り調べの最中、隠し持っていた毒を飲み死んだという話だった。
自害させてしまったことを、洙仙は悔しがっていたようだった。
李雪は職場が変わり、今は後宮とはあまり関係のない部署で働くことになったようだ。
刑罰も受けたが軽いものだと聞いている。
「遅い。どこまで行っていたんだ。まだ身体が本調子じゃないだろ」
宮殿に着くと予定の時刻より早く来ていた洙仙に怒られた。
「洙仙様。本調子でないから、そんなに早く歩けないのですよ。怒ってはいけません」
春霞に注意されると、洙仙は気まずそうに顔を顰めた。
「春霞。しばらく洙仙と二人だけで話がしたいの」
「かしこまりました」
春霞は頷き、その場を後にした。
♢♢♢
「洙仙。聞いておきたいことがあるわ。あなた、本当に私を正妃にするつもり?」
「嫌なのか?」
「私は……最下位ではあったけど、瑤華国王の妻だったのよ」
「だからなんだ」
「家柄も身分も低いわ。新しい王に相応しくない」
「そんなことは関係ない。傍にいてほしいんだ、苺凛。……俺は心から、おまえを求めている。人の心を失いたくないんだ。苺凛、俺はおまえを……おまえだけを、人の心で愛したいんだ」
「洙仙……」
「瑤華王のことをまだ忘れられないのならそれでもいい。愛してると言うならそれでも……」
「違うわ。愛はなかった。瑤華王がどんな顔をしていたのかさえ、今はもう思い出せないくらいよ。王と宮殿で夜を過ごしたことも、朝まで一緒に寝所にいたこともないわ」
「それはつまり、俺以外には誰も?おまえと一緒の寝台で眠ったのは俺だけだと言うんだな?」
頷いた苺凛を、洙仙はふわりと抱き上げた。
「───なっ、なによいきなり!」
「ならばもうおまえは俺のものだ。おまえ以外の妻を娶るつもりはないからな」
「えっ。……だって、地上に花が咲いたら自由にしてくれるって言ったくせに」
「嫌だ。そんなものは所詮、口約束だ。契約書も何もない。俺が取り消すと言ったらそれで決まりだ」
いつもの、傲慢で強引で意地悪な微笑みが苺凛を真っ直ぐに捉えていた。
ほんっとに!自分勝手なんだからっ。
けれどもう嫌いになれない───悔しいことに。
洙仙がとても嬉しそうに微笑んでいるから。
そしてなんだかとても温かな感情が伝わってくるから。
「甘い薬を俺は気に入っている。手放すつもりはないぞ。あの味はきっと甘露より甘いはずだからな」
「本当かしら。───だったら、甘露を降らせてみせてよね」
甘露は天からの賜りもの。
天地陰陽の調和を保つ証。
洙仙には仁政を施す王になってほしい。
「ああ、必ず降らせてやろう。おまえが望むのなら」
「……約束よ」
あなたのために。
そしてあなたの傍で私の花が咲き続けるための、これは甘く幸せな誓い。
後宮の最下位妃は半龍王の腕の中で微笑んだ。
その微笑みは花を彩る。
美しく透明に、それはいつまでも輝き続けた。
〈終〉
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