上 下
18 / 18

〈18〉後宮の最下位妃、愛されて華輝く

しおりを挟む

 ♢♢♢


「苺凛様、お疲れじゃありませんか?」


 後ろを歩く春霞が気遣うように尋ねた。


「平気よ。もう少し歩きたいくらい」


「そうですか。でもそろそろ宮殿に戻りましょう。今日の昼は洙仙様が来るそうですから」


「そうね」


 拉致事件があってから四日が経った。

 霊仙花は咲いていたが、嗅がされた薬のせいか、しばらくは身体の痺れと喉の痛みに悩まされた。

 けれどそれも次第によくなり、今日は久しぶりに外へ散歩に出たのだ。


 采雅国の間者に手を貸した李雪は、人質になっていた弟を助けたい一心で、仕方なく行動したことは事実だった。

 その後、弟は無事に見つかり李雪と対面した。

 けれど捕らえた間者は取り調べの最中、隠し持っていた毒を飲み死んだという話だった。

 自害させてしまったことを、洙仙は悔しがっていたようだった。

 李雪は職場が変わり、今は後宮とはあまり関係のない部署で働くことになったようだ。

 刑罰も受けたが軽いものだと聞いている。



「遅い。どこまで行っていたんだ。まだ身体が本調子じゃないだろ」


 宮殿に着くと予定の時刻より早く来ていた洙仙に怒られた。


「洙仙様。本調子でないから、そんなに早く歩けないのですよ。怒ってはいけません」


 春霞に注意されると、洙仙は気まずそうに顔を顰めた。


「春霞。しばらく洙仙と二人だけで話がしたいの」


「かしこまりました」


 春霞は頷き、その場を後にした。


 ♢♢♢



「洙仙。聞いておきたいことがあるわ。あなた、本当に私を正妃にするつもり?」


「嫌なのか?」


「私は……最下位ではあったけど、瑤華国王の妻だったのよ」


「だからなんだ」


「家柄も身分も低いわ。新しい王に相応しくない」


「そんなことは関係ない。傍にいてほしいんだ、苺凛。……俺は心から、おまえを求めている。人の心を失いたくないんだ。苺凛、俺はおまえを……おまえだけを、人の心で愛したいんだ」


「洙仙……」


「瑤華王のことをまだ忘れられないのならそれでもいい。愛してると言うならそれでも……」


「違うわ。愛はなかった。瑤華王がどんな顔をしていたのかさえ、今はもう思い出せないくらいよ。王と宮殿で夜を過ごしたことも、朝まで一緒に寝所にいたこともないわ」


「それはつまり、俺以外には誰も?おまえと一緒の寝台で眠ったのは俺だけだと言うんだな?」


 頷いた苺凛を、洙仙はふわりと抱き上げた。


「───なっ、なによいきなり!」


「ならばもうおまえは俺のものだ。おまえ以外の妻を娶るつもりはないからな」


「えっ。……だって、地上に花が咲いたら自由にしてくれるって言ったくせに」


「嫌だ。そんなものは所詮、口約束だ。契約書も何もない。俺が取り消すと言ったらそれで決まりだ」


 いつもの、傲慢で強引で意地悪な微笑みが苺凛を真っ直ぐに捉えていた。


 ほんっとに!自分勝手なんだからっ。


 けれどもう嫌いになれない───悔しいことに。


 洙仙がとても嬉しそうに微笑んでいるから。

 そしてなんだかとても温かな感情が伝わってくるから。


「甘い薬を俺は気に入っている。手放すつもりはないぞ。あの味はきっと甘露より甘いはずだからな」


「本当かしら。───だったら、甘露を降らせてみせてよね」


 甘露は天からの賜りもの。

 天地陰陽の調和を保つ証。

 洙仙には仁政を施す王になってほしい。


「ああ、必ず降らせてやろう。おまえが望むのなら」


「……約束よ」


 あなたのために。

 そしてあなたの傍で私の花が咲き続けるための、これは甘く幸せな誓い。


 後宮の最下位妃は半龍王の腕の中で微笑んだ。


 その微笑みは花を彩る。


 美しく透明に、それはいつまでも輝き続けた。



〈終〉



しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】引きこもり魔公爵は、召喚おひとり娘を手放せない!

文野さと@ぷんにゃご
恋愛
身寄りがなく、高卒で苦労しながらヘルパーをしていた美玲(みれい)は、ある日、倉庫の整理をしていたところ、誰かに呼ばれて異世界へ召喚されてしまった。 目が覚めた時に見たものは、絶世の美男、リュストレー。しかし、彼は偏屈、生活能力皆無、人間嫌いの引きこもり。 苦労人ゆえに、現実主義者の美玲は、元王太子のリュストレーに前向きになって、自分を現代日本へ返してもらおうとするが、彼には何か隠し事があるようで・・・。 正反対の二人。微妙に噛み合わない関わりの中から生まれるものは? 全39話。

【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~

降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

皇帝陛下は身ごもった寵姫を再愛する

真木
恋愛
燐砂宮が雪景色に覆われる頃、佳南は紫貴帝の御子を身ごもった。子の未来に不安を抱く佳南だったが、皇帝の溺愛は日に日に増して……。※「燐砂宮の秘めごと」のエピローグですが、単体でも読めます。

拾った仔猫の中身は、私に嘘の婚約破棄を言い渡した王太子さまでした。面倒なので放置したいのですが、仔猫が気になるので救出作戦を実行します。

石河 翠
恋愛
婚約者に婚約破棄をつきつけられた公爵令嬢のマーシャ。おバカな王子の相手をせずに済むと喜んだ彼女は、家に帰る途中なんとも不細工な猫を拾う。 助けを求めてくる猫を見捨てられず、家に連れて帰ることに。まるで言葉がわかるかのように賢い猫の相手をしていると、なんと猫の中身はあの王太子だと判明する。猫と王子の入れ替わりにびっくりする主人公。 バカは傀儡にされるくらいでちょうどいいが、可愛い猫が周囲に無理難題を言われるなんてあんまりだという理由で救出作戦を実行することになるが……。 もふもふを愛するヒロインと、かまってもらえないせいでいじけ気味の面倒くさいヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 扉絵は写真ACより pp7さまの作品をお借りしております。

処理中です...