17 / 18
〈17〉後宮の最下位妃、求める想いに気付く
しおりを挟む♢♢♢
両耳上に微かな痛みを感じて苺凛は目覚めた。
薄暗い部屋の冷たい床に寝かされ、真上から見知らぬ二人の男が自分を見つめていた。
二人とも卑しさのある薄笑いを浮かべ、その手には霊仙花の花弁が握られ、床にも花びらが落ちていた。
(摘まれた⁉)
「あなた、たちは……っ、なにをッ……!」
起きあがろうとしたが身体がいうことをきかない。痺れている感覚に戸惑う。
声はなんとか出せるが、指先一つ動かせない。
「薬が効いてるな。花も摘んでしまえば香りも消える。これで時間も稼げるだろう。じゃあそろそろ始めるか」
「待ってよっ、話が違うわ!私の条件が先でしょっ」
部屋の奥で叫んだのは李雪だった。
「攫う手引きをすれば弟を返してくれる約束よ。早く教えて!弟はどこよっ」
弟……。李雪の?
男の一人が舌打ちをして李雪を睨んだ。
「おまえにはまだ仕事がある。これから起きたことをよく見ておくのだ。そしてそれを半龍王子に告げろ。この寵姫の最後も見届けてな。そしたら弟を返してやる」
「何を……するというの?」
うひひっ、と一人の男が厭らしく嗤って言った。
「なぁに、殺す前に愉しませてもらうのさ。花が咲くのは頭だけか?それともその白い肌にも咲くのかい?夜毎王子にだけ見せる花を俺たちにも見せてくれよ」
男の手が苺凛の前衣を掴んだ。
「……ぃや! ゃめてッ」
「いいか、李雪。寵姫が王以外の男たちに辱められ殺されたことをよく見て知らせろよ」
もう一人の男に両足を掴まれた。
───嫌だ!
こんな者たちに辱められるくらいなら舌を噛み切って……。
死ねるだろうか。
男たちは私を殺すと言ったけれど。
霊仙花には治癒と長寿の力がある。
でも玲珠妃は暗殺された。火を放たれ炎の中で。
私が死んだら霊仙花は……?
洙仙にとって大切な薬なのに。
あと少しで衣服がはだけてしまう。裾から入り込んだ男の手が太ももを這う。
絶望感が苺凛を襲った。
涙が溢れ出たそのとき、まるで嵐が飛び込んできたような衝撃音が辺りに響いた。
「苺凛 ‼」
扉を蹴破って入ってきたのは洙仙だった。
その声に続いて大勢の足音が近付いてくるのが聞こえた。
「───貴様らァ!」
床上の惨状を目にした洙仙は怒りの形相となり、その声は雷のように恐ろしく響き渡った。
「俺の花を攫い散らした罪は死に値する!」
洙仙は怒鳴りながら剣を振った。風のような素早さだった。
苺凛の着衣に手をかけていた男は胸を突き抜かれ床に転がり、そのまま動くことはなかった。
そして剣の刃は瞬く速さで苺凛の足元から逃げ出そうとしていた男の喉元に迫る。
「───洙仙っ、ダメ!もう誰も殺さないで‼」
苺凛は叫んでいた。
「李雪の弟が囚われてるの!そのせいで李雪は……殺してしまったら行方がわからなくなる!」
「そんなことはどうでもいい!こいつを殺して李雪も殺す。弟がどうなろうと知るか!俺はおまえに危害を加えた奴を許すつもりはない!」
「洙仙、私は大丈夫。怪我してない。花は摘まれちゃったけど……ごめん。でもまた咲かせるから」
「花なんかどうでもいい!おまえに何かあったら俺はッ……」
洙仙の声が震えてる───?
私には治癒の霊力がある。だから大丈夫なのに。
「……洙仙、人は命を奪われたらそれで終わりなのよ」
「黙れ!」
洙仙の怒りが暴走しかけていると感じた。
苺凛はお腹にぐっと力を入れて身体を起こし、そして叫んだ。
「洙仙!『人』の話を聞いて!『人の心』で判断して!───お願い、洙仙。李雪の弟の手がかり、をっ、うぅ……ッ」
身体が痺れているせいなのか呼吸が辛かった。
───でも、
暴走しそうな心と戦っている洙仙はもっと苦しいはずだから……。
洙仙は苦渋の色を浮かべたまま大きく息を吐いた。
それからゆっくりと剣を鞘へ戻すと後ろに控える兵士に言った。
「この男と李雪を生かしたまま城へ連行しろ。牢で調べを行う」
男は縛られ李雪と共に外へ連れ出された。
「苺凛、怪我はないか」
洙仙は苺凛の前に跪いた。
「大丈夫。……平気よ。ここはどこなのかしら。きっと城の外よね。宮殿で花の実験の準備をしていたところまでは覚えているけど……」
「おまえに薬を嗅がせ、気を失ってから城外へ運んだのだろう。後宮から霊仙花の香りが消えて、おまえがいなくなったと知った。だが俺には僅かでも霊仙花の香りがわかる。その匂いを頼りにここまで来ることができた。だがな───」
いつも眩しく思っていた琥珀色の瞳に、今は翳りがみえた。
「……すまない苺凛。俺はおまえを利用したんだ」
「え……?」
「本国の政敵に送り込まれた間者が城内に潜んでいることを知り、奴らを突き止めるために策を進めていた」
政敵、とは故国の兄太子のことだろうか。
「策って?」
「俺にとって特別な存在を囮にする。そうすればきっと奴らはそれに近付いて傷付けようとするだろう。案の定、奴らはおまえを拉致した」
「………そうだったの……」
洙仙にとって特別な花を咲かせられるのは私だけだから。
「もう少しで私、裸にされるところだった」
「捕えた男の腕を切り落としてやる」
「夫じゃない者に、見られたくも触られたくもないのに」
「俺はいいのだな、夫なのだから」
「は? そんなことまだ正式に決まってないでしょッ」
「裸はこの前、おまえが風呂場でのぼせたときに見てしまったが」
───ううっ。こんなときに!
思い出させるなんて!
悪びれもせず言うところが憎らしい。
「苺凛、怖い思いをさせて本当に悪かった」
それはとても辛そうな表情で。
苺凛は洙仙が心から謝っているのだと感じた。
「……私、あなたの役に立った?」
「ああ。だがもう二度とこんなことはさせない。おまえを失いたくないんだ」
たとえそれが薬のためだとしても。糧のためだとしても。
危険な策に利用されても。
……それでもいい。
だって私は求めてしまうから。
男たちに殺されるかもしれないと思ったとき、このまま洙仙に会えずに死ぬのは嫌だと思った。
愛されない妃でも、そばにいたいと想っていた。
洙仙が私にとって特別な人だと気付いてしまったから。
もう逆らえないのだ、この気持ちには。
「洙仙。私、今ものすごくあなたのこと抱きしめたいのに、力が入らないわ」
「無理するな」
代わりに洙仙が優しく抱きしめてくれた。
苺凛は頷き、その身を洙仙の腕の中へ預けた。
「城へ帰るぞ」
苺凛を腕の中にしっかりと抱いて立ち上がり、洙仙は外に向かった。
8
お気に入りに追加
95
あなたにおすすめの小説
幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。
秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚
13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。
歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。
そしてエリーゼは大人へと成長していく。
※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。
小説家になろう様にも掲載しています。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
【完結】引きこもり魔公爵は、召喚おひとり娘を手放せない!
文野さと@ぷんにゃご
恋愛
身寄りがなく、高卒で苦労しながらヘルパーをしていた美玲(みれい)は、ある日、倉庫の整理をしていたところ、誰かに呼ばれて異世界へ召喚されてしまった。
目が覚めた時に見たものは、絶世の美男、リュストレー。しかし、彼は偏屈、生活能力皆無、人間嫌いの引きこもり。
苦労人ゆえに、現実主義者の美玲は、元王太子のリュストレーに前向きになって、自分を現代日本へ返してもらおうとするが、彼には何か隠し事があるようで・・・。
正反対の二人。微妙に噛み合わない関わりの中から生まれるものは?
全39話。
【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~
降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
皇帝陛下は身ごもった寵姫を再愛する
真木
恋愛
燐砂宮が雪景色に覆われる頃、佳南は紫貴帝の御子を身ごもった。子の未来に不安を抱く佳南だったが、皇帝の溺愛は日に日に増して……。※「燐砂宮の秘めごと」のエピローグですが、単体でも読めます。
拾った仔猫の中身は、私に嘘の婚約破棄を言い渡した王太子さまでした。面倒なので放置したいのですが、仔猫が気になるので救出作戦を実行します。
石河 翠
恋愛
婚約者に婚約破棄をつきつけられた公爵令嬢のマーシャ。おバカな王子の相手をせずに済むと喜んだ彼女は、家に帰る途中なんとも不細工な猫を拾う。
助けを求めてくる猫を見捨てられず、家に連れて帰ることに。まるで言葉がわかるかのように賢い猫の相手をしていると、なんと猫の中身はあの王太子だと判明する。猫と王子の入れ替わりにびっくりする主人公。
バカは傀儡にされるくらいでちょうどいいが、可愛い猫が周囲に無理難題を言われるなんてあんまりだという理由で救出作戦を実行することになるが……。
もふもふを愛するヒロインと、かまってもらえないせいでいじけ気味の面倒くさいヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
扉絵は写真ACより pp7さまの作品をお借りしております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる