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〈12〉後宮の最下位妃、薬になれと請われる

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 ♢♢♢

「霊仙花を食べてこなかったのですか?」


 訪客との面会を済ませ、次の会談が始まるまでの貴重な休憩中。

 いつにも増して不機嫌な洙仙の様子に、もしやと思い梠玖成は訊いた。


「食べる気が失せたのだ」


「お身体に差し支えますよ」


「あの娘のせいだ! 大人しい顔をしているかと思えばあの態度はなんだっ。あんなに気が強いやつだとは思わなかったぞ!」


「あ~。喧嘩ですか?」


「あいつが悪いのだ。いつまでたっても花の出来の悪いあいつがッ」


「それは洙仙様にも責任があると思いますがね」


 洙仙にじろりと睨まれたが、梠玖成はかまわず話を続けた。


「花を美しく咲かせるには手間もかかります。時間をかけて咲く花もありますし。最初から思い通りにいくはずありません。時間は必要ですよ。私も春霞と出逢ったばかりの頃は悩みました。ですが少しずつ距離が縮まり、想いが通じ合っていく毎日は本当に素晴らしいものです。もう思い出すだけで胸がキュンと……」


「梠玖成。話を逸らすな。おまえと春霞の思い出話など今は関係ない」


「はいはい。そうでした」

 梠玖成はえへへと笑って首をすくめた。


「霊仙花が美しく咲き続ける理由を洙仙様は知っているはず。あまり意地を張ってはいけませんよ」


「意地など」


 張ってないと言いかけた洙仙だったが。


「……梠玖成、許せ」


「何がです?」


「今日、宮殿で春霞を叱り手をあげそうになった」


「そうでしたか。妻がなにか無礼をしたのでしょう。申し訳ありません」


「いや、俺の八つ当たりだ」


「洙仙様。そういう素直なお気持ちを苺凛様にも向けるべきです。洙仙様の心に足りないものが、花には必要だったりするのですから」


「俺の心が花の栄養になるとでも?」


 梠玖成は優しく頷いた。


「やっと見つけたのでしょ。もう焦ることもないじゃないですか」


「しかしなぜあいつなんだ……」


 毒の種で死ぬことなく霊仙花の霊力が備わるとは……。

 ───あいつ、もしかしたら。


「あれは宗葵国の王族だと聞いたが本当か?」


 洙仙の質問に梠玖成は頷いた。


「母親が王族の血筋だと聞いてますが」


「だがあの栗色の髪や瞳の色は異国のものだ」


 とくにあの瞳は……。

 青みのある薄紫。

 あれは俺の母上と同じ色。


「梠玖成。分かる範囲でいいが、あいつの父親の素性を調べてみてくれ」


「はい。承知しました」


 苺凛が父親似で、その父親がもしも母である玲珠と同じ東国出身だとしたら。

 あそこには龍王家の血を濃く継ぐ〈真瑜李マユリ一族〉がいる。


(もしもあいつが真瑜李一族の血を僅かでも継いでいたとしたら……)


 毒のある霊仙花の種を摂取しても死ぬことはない。


「洙仙様。そろそろお時間ですよ」


 黙り込む洙仙に梠玖成が声をかけた。


「わかった。───行こうか」


 考えを中断し、洙仙は立ち上がった。

 そして真っ直ぐに前を向き部屋を後にするのだった。



 ♢♢♢

 日が暮れて苺凛が夕食を済ませると梠玖成が宮殿を訪れた。

「洙仙様からこれを預かりました」

 梠玖成は卓の上に運んできたものを乗せた。

 硝子の器の中に赤紫色の小さな丸いものが入っている。

「これは訪問客が持参した洙仙様への献上品です。楊梅ヤマモモといって、この地方ではあまり採れない果物だそうです。苺凛様にもぜひ召し上がっていただきたいと洙仙様が仰いましてね」

「綺麗な色ね」

「さあどうぞ」

 梠玖成に勧められ、苺凛は一粒手に取り食べてみた。

 爽やかな香りと甘酸っぱい果汁が口の中にじゅわっと広がる。

「美味しい!」

 微笑む苺凛を見て梠玖成と春霞も見つめ合って微笑する。


「でもどうしてこれを私に?」


「さ~。私は持っていけと命令されただけですから。今宵、洙仙様に理由を聞いてみるのがよろしいかと」


「きっと仲直りしたいのかも」


 春霞の言葉に梠玖成も頷く。


「そうかもしれませんね。あなたを怒らせてしまったと、とても気にしておいででしたから」


「それ本当ですか?」

「ええ。実はああ見えて洙仙様には繊細なところがあるのですよ。昼間は花を食べなかったと聞いて私も驚きました」


「すみません。今日はいつもより綺麗に咲いてないし、片方はまだ花弁も付かなくて。だから彼を怒らせてしまったんです」


「お気になさらず。きっと何か足りないものがあるのですよ」


「足りないもの?」


「花にも栄養が必要ですからね。そして栄養は薬でもある。……苺凛様、少しお話したいことがあります」


 梠玖成は真剣な眼差しで言った。


「これは洙仙様に言われたから話すのではありません。あの方はきっと自ら話すことはしないでしょう。弱音を吐くことなどしない方ですから。
 でも私たち臣下はときどき心配になるのです。洙仙様は半龍としての霊力があり強い王子です。でもその力は人智を超えた妖しき力でもあります。
 采雅国での洙仙様はその妖しさから災いの王子とも呼ばれていました。けれどもう半分は〈人〉。そこには優しさはもちろん、弱さもあります。
 半人と半龍というこの二つは常に調和していなければなりません。天地陰陽に調和が必要なように。
 私は身分の低い文官でしたが洙仙様に見出されお側で仕えることを許されました。私は少しでも洙仙様のお役に立ちたくて甘露の伝説や仙郷、龍族にまつわる事などを調べて勉強しました。
 古い伝えが多くて苦労もしましたが、貴重な伝えも学ぶことができました。私は洙仙様が半龍であっても万能ではなく、脆さもあると知りました。人としての性質と龍という人外の性質は身体と心の調和を乱しやすくやまいを招くという伝えがあるのです」


「病気? それはいったいどんな?」


「邪気が生まれる病です。やがてそれは妖気へと転じ、その力は暴走し他者をも傷付けようとする……。負の感情が目立つときなど、半龍人はそういった症状にはかなり気をつけなければならないのです」


「そんな……。だって美しい霊仙花が食べられないから、それで飢えてしまって。そのせいで冷酷になったり、横暴だったり。それって半龍の性質が暴れるのとは違うのですか?」


「その程度ではまだ暴れるとは言えません。
 本当に恐ろしいのは、人としての気持ちを忘れ、妖気に心が染まってしまうことです」


 苺凛は霊泉がある場所で襲ってきた刺客に対する洙仙の残酷な扱いを思い出した。

 あのときの洙仙は本当に人の心など忘れているみたいに見えた。

 人の心が煩わしいとも言っていた。

「洙仙はどうなってしまうの?」


「妖気に心が染まった半龍は、災いを呼び寄せ、やがて滅びると記された書物がありました。ですがそれを防ぐ手立てがただ一つあるのです。それが薬です」


「お薬?」


「苺凛様、どうか洙仙様のために薬を与えてください」


「与えるって……私がなぜ? それはどこにあってどうやって───というか、私は出来の悪い花ばかり咲かせて洙仙を怒らせてばかりだもの」


 これ以上、何ができるというのか。


「苺凛様、霊仙花は薬でもあるのです。種もそうですが、霊仙花は洙仙様にとって霊力を維持するための栄養でもあり糧でもあることはご存じですね?」

 苺凛は頷いた。

「大昔、龍が支配する仙郷という地に、天地陰陽の調和により天から甘露が降ったという伝えがあります。。霊仙花はそこから生まれました。甘露は霊薬です。そして花は人の心と龍の霊力、それらの調和を保つ薬でもあるのです。苺凛様、どうかこれからも洙仙様のために善き薬となってください」


 ───そ、そんな!

 いきなり薬になれと言われても!


「苺凛様、私からもお願いいたします」


 梠玖成の横で春霞も声をあげた。


 そして二人は苺凛に向かい胸元で両手を組むと深く頭を下げるのだった。


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