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8月11日(水)【19】踏み入れてはいけない場所

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「おふっ!」
 エリカさんだ。よかった、いた。

 ラジオ体操が終わりスタンプの列に並ぶ。

「エリカさんスタンプいくつですか?」
「わたしはねえ。7つ」
 一人で体操にいかなかったみたいだ。胸にあたたかいものがにじむ。

「じゃああと3つですね。ぼくは10個たまったのでお菓子をもらってきます」

 「えーいいな」と小学生のようにうらやましがっているエリカさんを待たせて、お菓子交換の列に並んだ。
 おばさんが今日まで参加した印を数えて赤ボールペンでなぞる。赤線と交換で、おじさんからお菓子袋を1つ受け取る。

「じゃじゃーん」
「えー。いいないいな」

「じゃあエリカさんにも一つあげます。どれがいいですか?」
「やったあ」

 エリカさんは小袋に入った、たけのこ型のチョコ菓子を指さす。

「あきふみくん。これ......いい?」
 プロの技だ。ぼくが子供じゃなかったら袋ごと全部渡していただろう。

「いいですよ」
「やったあ」

 そのやりとりを横で見ていたゆきこにも、1つあげた。すでにゆきこは1週間前にもらっていて、今はスタンプ20個で交換できる文房具セットを目指しているらしい。

 帰り道。

「あの、エリカさん」
「ん?」
 彼女はチョコをつまんでいる。

「昨日、エリカさんのお店に行ったんですけど」
 チョコを噛んでいたあごが止まる。

「エリカさん、もうあのお店で働いてないんですね――」
「――なんか聞いた?」

 大人の声に変わる。

「い、いえ。2年前にやめたってことだけ」

 彼女の踏み入れてはいけない場所に、踏み入れてしまったのだろうか。不安がふくらむ。

「そう――」
 7歩ぶんの沈黙。

「もう、そういうのはやめてね」
 斜め上から、女の声が語りかける。

「――はい。ごめんなさい」

 まだ聞きたいことがあった。でも、ぼくの好奇心が、彼女のなにかに近づきすぎてしまった。触れたあとで気付いた自分が、とても恥ずかしかった。

「あの......」
「なに」
 エリカさんの声は変わらない。

「ぼくもう、今日でラジオ体操は終わりにするので。お菓子もらいましたし」
「そう......」
「――はい。ごめんなさい」

 アパートの敷地に入ると、それ以上何も話さず、部屋に入った。水やりは明日しようと思った。

 夜になるまで、部屋で宿題をした。
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