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ぷれぜんと
しおりを挟むあの日以来、わたしは外にも出る気分が出なくて、ずっと家の中で過ごすようになっていた。
まるで本当にひきこもりになってしまったみたいだった。
家族の前ではいつものように明るく振舞っているけど、心の中では沈んでいた。
パソコンを見ると何度か来ている杉山さんからメールを見ても、どうしても返事を送る気分にはなれなかった。
あの川での杉山さんのことが、わたしの頭の中でグルグルと回っている。
杉山さんに昔彼女がいた、そんなことは当たり前のことだってわかっている。
でも、杉山さんはまだその彼女のことを想い続けている。
しかも、病気で亡くなってこの世にいない彼女を杉山さんは忘れられないでいる。
杉山さんにとってあの封筒は彼女自身なんだ。
きっと杉山さんの歌は、ファンのわたしたちのためもあるけど、ずっと見守っている彼女のことを思って歌っているんだと思った。
そんな杉山さんの想いに、わたしには悔しいけど入っていけないと感じた。
(ある意味 これでよかったのかもしれないね? 杉山さんにはわたしなんかよりいい人見つけて これからもいい歌を歌ってもらわないとね)
部屋のドアに飾ってあるプリズナーズのポスターを見つめながらわたしは心の中で言っていた。
これでまたわたしは普通の杉山さんのファンに戻ったんだ・・・。
これからはまたファンとしてライブやイベントで杉山さんを見ていよう・・・。
それからどれくらいか経ったある日のこと、珍しく両親が揃って外出でわたしは留守番をしていた。
わたしは特にすることもなく、縁側に座り外をボ~っと見ていた。
しばらくすると、家の門のところで誰がいるのを見えた。
そこで、その人は何度も表札と家のほうを見返している。
(ん? いったい何なの? あの人は)
わたしは、その人の怪しい動きに不安になりながら隅に隠れて様子を見ていた。
見た目は、どう見てもこんな田舎町にいそうもない人だった。
しばらく見ていると、その人はこちらを見てわたしと目が合った。
そして、その人はわたしに向かって笑顔で大きく手を振ってきた。
わたしはその行動にきょとんとしてしまった。
でも、その人は笑顔のままわたしのほうへ歩み寄っていた。
わたしは少し戸惑いながら、もう1度しっかりとその人を見ていた。
少し背の低くて、金髪のその人は薄い色のサングラスをかけていた。
「いやぁ よかった やっぱりここだったんだね もうね 違ってたらどうしようかと思っちゃったよ」
明るく話しかけてくるその人に、わたしは黙ったまま見ていた。
だけど、その声には聞き覚えがあってわたしは一生懸命に思い出そうとした。
そんなわたしに気づいたのか、その人は笑顔のままかけていたサングラスをはずした。
改めてその人の顔を見た瞬間、わたしはようやく誰だかわかった。
「ええ!? もしかして 武本さん?」
「そうだよ! ホント久しぶりだねぇ」
満面な笑顔で言ってくるその人は、まさに武本さんだった。
「お お久しぶりです・・・っていうか どうして? 今って ツアー中 じゃなかったっけ?」
「移動日なのだ ほかのメンバーはもう向かっているんだけど オレはちょっと別行動でここに来たんだ」
「そうなんだ でも よくここが わかりましたね?」
「うん たっちゃんに教えてもらったんだ ほら この前ここに来たんでしょ?」
「う うん」
わたしはその名前を聞いたときドキッとした。
たぶんその時のわたしにとって1番聞きたくなかった名前かもしれない。
でも、なぜか武本さんの後ろが気になってチラッと見てしまう。
「あ~ 今日はオレだけなんだ ごめんね?」
「え? ぁ いえいえ 別に 謝らないで ください・・・・ははは」
突然謝る武本さんに、わたしは苦笑いをした。
まるで武本さんはわたしの心の中を気づいているみたいだった。
「それにしても あやのちゃん 元気にしてた?」
「え あ うん .元気だよ」
わたしは思い切り満面な笑顔でそう言ってみた。
「うん その笑顔を見て安心したよ いやぁ たっちゃんのことで落ち込んでるんじゃないかなって思ってたんだ」
武本さんのその言葉に、わたしはまたドキッとして黙り込んでしまった。
そんなわたしに武本さんは、一瞬驚いていたけど「やっぱりね」っていった顔で何度もうなずいていた。
「はぁ どうやらオレの予想は当たっちゃったみたいだね」
武本さんはため息をつきながらそう言って、後ろを振り向き周りを見回していた。
わたしは、武本さんの言葉に何も言い返すことができなかった。
少しの沈黙のあと、武本さんが外に目を向けたままゆっくり口が開いた。
「たっちゃんね あやのちゃんからのメールが来ないから だいぶん落ち込んでるんだよ?」
「え? そうなの?」
武本さんからの意外の言葉に、わたしは驚いていた。
「それに その原因があの封筒だってわかってて だからあやのちゃんを傷つけてしまったって」
「それは 杉山さんが まだ亡くなった 彼女を 想いつづけてる からでしょ?」
「確かに 今までたっちゃんは彼女が忘れることができなくて あの封筒をお守りのように持っていた でもね・・・」
武本さんの話の途中で、わたしは思わず消すように話した。
「・・・やっぱり そうなんだ なんか うらやましいな」
「え? どうして?」
「だって 杉山さんは そこまでまだ その彼女が 好きってことだし・・・だから 亡くなっても ひとりの人を ずっと 想ってるわけだし」
わたしは、苦しい心の中をごまかすようにわざと明るく言った。
すると、武本さんは静かにわたしのほうを向きなおして膝を曲げて目線を合わしてきた。
「それでいいの?」
「な 何が?」
「何がってあやのちゃん ホントはたっちゃんのこと好きなんだよね? でも このまま自分の想い伝えなくていいの?」
「・・・」
わたしが黙っていると、武本さんは小さく微笑んで話を続けた。
「それに これは少し言っちゃうけど 実はもうたっちゃんも同じ気持ちなんだよね あやのちゃんとね?」
「わたしと 同じ 気持ち?」
「うん」
笑顔でうなずく武本さんに、わたしはその顔をジーっと見ながら考えた。
そして、その答えがわかった瞬間。わたしの心の中が熱くなった気がした。
「ぇ?・・・まさか?」
そんなわたしを見て、武本さんは笑顔のままこくりとうなずいた。
わたしは、どうしようもなくただボ-然とするしかなかった。
だけど、わたしの中でそんな簡単に杉山さんに対する想いは変わるはずもなかった
そこまで、どうしようもなくわたしは杉山さんのことが好きになっていたんだ。
それに加えて、武本さんから聞いた杉山さんの想いにも、わたしはまだ半信半疑の気分だった。
わたしは改めて、杉山さんに会いたくてしょうがない気持ちになった。
杉山さんに直接会って、杉山さんの声で想いを聞きたかった。
そして、わたしも想いを伝えたいと強く思った。
普通の人・・・健常者ならそんな時どんなことがあっても会いに行くことができる。
でもどんなに車椅子に乗っていようが、中にはがんばって1人でどこへでも行くことはできる。
だけど、わたしは障がいが重いから1人で行動することができない。
そんなわたしに、また悔しい気持ちでいっぱいだった。
「・・・会いたい 杉山さんに 会いたいよ」
わたしが小声でぼそっと言うと、武本さんは静かにゆっくり立ち上がった。
そして、着ていたベストのポケットから1枚の封筒を取り出してわたしに「はい」と言って渡してくれた。
「あ あの これは?」
「うん たッちゃんには内緒だけど オレたちプリズナーズからの特別プレゼント」
「特別 プレゼント?」
「ほら 中を見てみて?」
「あ うん」
武本さんに勧められて、わたしはゆっくり封筒を開けて中身を出してみた。
「う うそ?? これって?」
わたしは、その中身にその日何回目かの驚きだった。
その中身とは、1週間後に地元の地方都市であるプリゾナーズのライブのチケットが2枚入っていた。
この日にライブがあることはもちろん知っていた。
でも、あのことがあって行くのを諦めようと思いチケットを買ってなかった。
「これをもらうのに大変だったんだよ? それに席の番号のとこをよ~く見て?」
そう言われて、わたしはチケットを見てまたまたビックリしてしまう。
「こ これって 1番前の ほうじゃない? ほ ホントに いいの?」
「あはは 別にいいんだよ? それに真ん中あたりだから オレはもちろんだけど たっちゃんの姿もよく見えるだろ?」
少し興奮しながら聞くわたしに 武本さんは笑いながら答えた。
「あ ありがとう・・・あ でも わたし 車椅子だから」
笑顔でお礼を言った束の間、わたしはあることを思い出した。
そう、いくらチケットの席はよくても車椅子席として通路側だったり後ろのほうまで移動される。
そんなわたしの心配に、武本さんは同様することもなくニカっとはにかんでいた。
「席のことなら大丈夫だよ? 実はもうオレからスタッフに言ってあるからさ」
「え? そうなの?」
「だから 安心してもいいんだよ?」
「うん!」
武本さんの言葉に、わたしは本当に安心することができ満面な笑顔でうなずいた。
「あと このことは当日までたっちゃんには ヒミツだからね?」
「え? じゃあ 当日まで 杉山さんに メールしない ってこと?」
「そういうこと!」
「うん わかった」
「いやぁ たっちゃんの反応が楽しみだなぁ」
「・・・ふふ」
武本さんはまるでいたずらっ子みたいに、うきうきしながら言ってきた。
それを見たわたしは、武本さんに気づかれないように小さく笑った。
「さてと あやのちゃんにちゃんとチケットを渡せたし 話もできたし オレはそろそろほかのみんなと合流するかなぁ」
「え? そうなんだ」
「そいじゃあ オレはこれで」
「あ 武本さん?」
「ん?」
手を小さく振ってゆっくり後ろに歩こうとする武本さんをわたしは呼び止めた。
「今日は ありがとう」
「どういたしまして オレもあやのちゃんに久しぶりに会えてうれしかったよ」
「ツアー がんばってね?」
「うん! あやのちゃんも会場で会おうね?・・・あ でも当日の目的は オレよりたっちゃんかな?」
「あはは 大丈夫ですよ 武本さんも ちゃんと 見ますよ?」
「おっ マジで? それはうれしいなぁ あはは」
わたしが笑いながらそう言うと、武本さんも釣られて笑って言った。
「それじゃあね バイバイ!」
武本さんはそう言いながら今度は大きくわたしに手を振ってから、くるっと背を向けてゆっくり歩いていった。
そんな武本さんの姿を、わたしも笑顔で見送った。
武本さんが行ってしまった後も、わたしはひとりチケットを見つめていた。
わたしは改めてプリズナーズに対して心の中で感謝をしたとともに、ますますファンになっていったことは言うまでもなかった。
自分の部屋に戻り、わたしはこのライブを誰と行こうか考えた。
あれこれ考えて、やっぱり今回のことで1番事情をわかっている優希ちゃんを誘うことにした。
翌日、わたしの家に遊びに来た優希ちゃんに武本さんのこと、チケットのことを話し、ライブに誘った。
この誘いに優希ちゃんもはじめは驚いていた様子だったけどよろこんでOKをしてくれた。
こうして、わたしは優希ちゃんとライブに行くことになった。
そして、とうとうこの日がやってきた・・・。
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