シーズナルラブソング

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11.Coming of Age Love Song ⑦

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 翌朝――限りなく昼に近い時間、浩也は郡司と別れ家にたどり着いた。
無断外泊をしたことになるが、初めてなわけではないし、そもそも浩也も子供ではないのだから、どうせ両親は気にも留めないだろう。そう高をくくり、家の門 をくぐった。
腰がどうにもだるい。
郡司に全ての精力を吸い尽くされてしまったようだった。
結局、自分は完全に骨抜きにされているのだ、と浩也はつくづく思った。
郡司を抱いているつもりでも、結局は郡司の思うままに翻弄されている。
奥手で大人しいのは、見た目だけなのだ。
それどころか、根は限りなくあの姉に近いのかもしれない。
そう思い至り、浩也は愕然とする。
郡司は何かとはにかんで笑うが、本当は恥ずかしいことが大好きなのだ。
恥ずかしげに頬を染めるが、それは恥らっているからではなく、興奮して紅潮しているのだ。
潤んだ瞳は、羞恥や怯えで涙ぐんでいるのではなく、欲望に濡れて光っているだけなのだ。
そして自分は、そんな郡司に振り回されるのが大好きで、完全に調教されている。
(郡司……)
明け方近くまで繰り広げた痴態の限りを思い出し、浩也は股間に血が集まるのを感じた。
郡司との濃密な時間が、それでも楽しくて仕方ない自分は、やはりマゾなのだろうか。
そんなことを悶々と考えながら家のドアを開けた所で、浩也は父親と母親が玄関で仁王立ちしているのに気づいた。

「ああ、ただいま。どうしたんだよ、二人揃って。」
「浩也、昨夜は一体何があったんだ。父さんも母さんも心配したんだぞ。」
「ああ?今まで外泊したって心配なんかしたことねーじゃん?」
「浩也、母さんたちは一人息子をこんな不良の親不孝者に育てた覚えはないわ。」
「そもそもまともに育ててねえじゃん。つーか、なんだよ、二人して何怒ってんだよ?」
「浩也っ!!ちょっと、こっちに来なさい!!!」
怒鳴りつけられ、浩也は二人にずるずると今に引きずられていく。
「浩也、まずこれを見なさい。」
父親がテレビの電源を入れ、リモコンを手に取る。
「母さんも父さんも、目を疑ったわ。手塩にかけて育てた息子が、まさか全国のお尋ね者になるなんて!」
パッと画面に映し出される録画映像。
ちゃーらっちゃっちゃー、という軽快なBGMとともにアナウンサーが挨拶をする。
『荒れる成人式、今年も各地で逮捕者続出です。』
ふと浩也は嫌な予感に襲われた。
攫われた郡司を追いかけるのに夢中で、滅茶苦茶になった会場のことなどきれいさっぱり忘れていたのだ。

『○○県美井得市では、酔った新成人が小火を起こす騒ぎにまでなりました。』
『一歩間違えれば、とんでもない惨事になるところですよね。』
『問題の、美井得市の成人式です。映像をご覧ください。』
アナウンサーの解説とともに、画面が切り替わる。
ならず者たちがステージに駆け上がり、暴れ始めるシーン。
『謎なのは、ここですね。』
突如、舞台袖から現れ、消火器を振り回している自分の姿に、浩也は目が点になった。
『実はこの男性、市の職員や成人式のスタッフではないらしいんですよ。』
『男性は火を消し止め、一瞬お手柄と思われたのですが、突如なにやら喚きながら、会場にいたスタッフや新成人を数人、殴りつけたり突き飛ばしたりして走り去っていったのです。』
『服装からすると、新成人ではなさそうに見えますけど……。』
『この騒ぎで、市長・新成人を含む13名が軽傷だそうです。なお、ステージで暴れた若者たちは、公務執行妨害、器物破損、傷害、放火などの容疑で逮捕されました。警察では、詳しい事情を知っているものとして、火を消した男性の行方を追っています。』
『例の男性ですが、この若者たちの仲間ではないのですか?』
『その点については、まだ調べている最中のようです。』
『一方、○○県坊伊豆市では、酔った新成人たちがこのような事件を起こしまし……』
そこで再生が止められる。
水を打ったような静けさが部屋を満たした。
浩也は眩暈がした。
郡司を追いかける際、無我夢中だったため、邪魔な人間を数人なぎ倒したような気がしないでもない。
しかし、警察に指名手配されているとは思わなかった。

「浩也。お父さんたちは怒ったりしないから、正直に言いなさい。」
既に額に青筋を立てた父親が、口調だけは冷静に浩也に言う。
「母さんたちは、まだ老眼ではないわ。どんなに小さな映像だろうと、顔にモザイクがかかっていようと、わが子を間違えたりしないわ。あれはあなたね?」
母親が能面のような表情で問いただすのも、いつにない迫力がこもっている。
「いや、その、あれはその、色々とあって。誤解なんだけど、でも、俺は別に悪いことをしたわけじゃ……」
「浩也っ、正直に言いなさい!!!」
(俺、今年は厄年なんだろうか?)
浩也は頭を抱え、両親の前でひたすら小さくなった。


 数日後、浩也の寺では、住職・泉真の下、修行に勤しむ三人の若者がいた。
落ち着きなく身体をもぞもぞと動かす島本に、ぴしりと警策が飛ぶ。
「すみません、あの……」
「便所か?」
「はい……。」
「しょうがないな、行って来なさい。少し休憩にする。」
島本は座禅で痺れた足でよろけながら、浩也の父親に連れられ、母屋に向かった。
郡司と二人、本堂に残された浩也は、少しきまりが悪い。
「なんでお前まで来たわけ?」
中学生のように丸刈りにそられた頭を掻きながら、浩也は郡司を邪険にするように口を利いた。
「だって、浩也が俺以外の奴と二人っきりになるなんて……。」
拗ねたような上目遣いで、郡司が浩也を睨みつける。
「島本と二人っきりになったって、何もねえよ。何を好き好んで、自分からこんなことしに来るかなあ。」
用を済ませた島本が、本堂に戻ってくる。
島本も浩也と同じく、すっかり頭の毛がない。
根性を鍛えなおすため、と自ら剃ってきたのだった。

結局、散々説教を喰らった挙句、浩也は両親に伴われ、警察に出頭した。
会場に駆けつけた消防士が、浩也の咄嗟の消火活動によって大事に至らなかったこと、下手すればパニックになった群集で大惨事になる可能性だってあったのだ、と弁護してくれたおかげで、感謝状こそはもらえなかったものの、浩也の行為は不問に付された。
とは言え、両親は騒ぎ起こした浩也をそう簡単に許す気はなく、当分の間父親の下で修行に専念するようにと言い渡したのであった。
「うー、床は冷てーし、足は痺れるし……片桐はよく平気な顔してられるよな。」
郡司の姉によほどひどい目に遭わされたのか、島本はすっかり改心していた。
浩也が両親の怒りを買うことになったのも自分の責任である、心を入れ替えるためにも浩也と一緒に修行を受ける、と自ら申し出たのであった。

「ガキの頃から慣れてるから。親父は?」
「30分ほど休憩にするってさ。俺、煩悩だらけだって和尚さんに言われたよ。」
「俺だってさ。」
目をやると、浩也の煩悩の根源は座禅を組みながらもじもじとしている。
「郡司、トイレか?行ってこいよ。もともとお前は修行する必要ねえんだし。」
郡司は首を横に振ると、ほんのり頬を赤らめて浩也を見つめた。
「なんか、浩也のそばにいる為に、排泄欲とか性欲とかそういう一切の欲望に耐えるのって、究極の愛って感じ。」
その潤んだ瞳の奥に、どんな苦行をもってしても消し去ることのできない、溢れんばかりの煩悩が潜んでいるなど、誰が想像できるだろう。
「愛か……。愛って一体何なんだろう。指先一つで失神するのも愛……。だけど、あの人はこの汚れた世界を浄化するために君臨する女王、俺はしがない愛の奴隷……。」
島本はため息をつきながら遠い空を見上げる。
「愛……。」
浩也は郡司のから目を逸らし、座禅を組みなおして足許を見つめた。
欲望を堪えつつフェロモン全開な郡司と見詰め合っていると、煩悩に流されそうな予感がしたからだ。
(愛……まあ、これも何かの因縁と諦めて、この際愛について考えてみるか。それにしても、修行中はやはり禁欲しなきゃならねえのかよ、ああ、これが渇愛って奴か。)
浩也は下半身に血が集まるのを散らすかのように、ぐっと唇を噛みしめた。

 こうして、若者たちは三者三様、愛に翻弄されながら、大人の階段をまた一つ昇ろうとしているのであった。

Fin
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