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第13話 明日は明日の風が吹く
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清清しい青空の下、今度は博多へと向かう隆之を見送ると、俺は元気良く出社した。
この前までのどんよりとした気持ちが嘘のようだ。
まだ早い時刻なのに、既に俺よりも早く来て仕事を始めている人影を見つける。
真壁さんだ。
「おはようございます!」
なんとなく気まずい気持ちもあったが、俺は思いきって声を掛けた。
「先日は本当に失礼なことをしましたっ。」
俺は深々と頭を下げた。
真壁さんは左目の周りが漫画のようにまるく痣になっている。
裕樹の右ストレートは、かなり強力だったようだ。
「いや、スケベ心を出した俺が悪かったんだ。それにしても君とユウちゃんが兄弟だったとはね。」
真壁さんが、歯の折れた口でスカスカする口調で話すのを聞いて、俺は一層申し訳ない気持ちが募る。
「本当にすみません。愚弟の乱暴もそもそもは俺が原因です。どうお詫びすればよいか…」
「もういいって。それより、俺のシュミのこと、会社に黙っててもらえるかな。」
「そりゃもちろん。」
真壁さんは俺の顔をしばらく見つめた後、破顔した。
「なんかスッキリした顏してるね。ユウちゃんと仲直りできたんだ。」
「ええ、まあ。」
スッキリしているのは、昨夜一晩かけて恋人にたっぷり抜いてもらったからです、とは言えない。
「おはようございま~す。あ、真壁さん、どうしたんですか、その顔!」
出社した江口が、驚いて声をあげる。
「いや、階段から転がり落ちちゃってね…。」
「あははは、だっさ~い。気をつけなきゃダメですよ。頭でも打ったら大変じゃないですか。」
あっけらかんとした口調で言うと、肩で風を切り、大股で歩いていく。
今日も彼女は絶好調だ。
書類も左遷の件も、問題は山積みだが、ようやく平穏を取り戻しつつある日常に俺はホッと安堵した。
と思ったら、昼休み会社にやってきたのは、嵐を呼ぶ(モト)男、裕樹その人であった。
真壁さんと江口と3人で外に昼飯に出かけ、帰ってくるとオフィスは入り口に人だかりができていた。
「なんの騒ぎよ?」
江口の声に振り向いた事務の女の子が、隣に居た俺の姿を見つけると駆け寄ってくる。
なんか嫌な予感。
「ねえねえ、後藤さん、あの人、知り合い?」
人ごみを押し分けてオフィスを覗き込むと、金色のくりくりした頭にピンヒールを履いた、ミニのワンピース姿の女(外見だけ)が部長に詰め寄っていた。
「と言うわけで、私は間違いなく後藤洋介の弟であり、今回の兄に対する不当な処分は取り消しにしていただきたいのです。」
裕樹は水戸黄門の印篭のごとく運転免許証を提示しながら、部長に迫っていた。
バービー人形のような可愛らしい顔で『弟です』とぶちまかされ、部長は目を白黒させている。
「まあ、そういうことなら…とりあえず、人事部と相談をしてしかるべき対処をしたいと…。」
しどろもどろした部長の口調に、裕樹はふん、と鼻を鳴らす。
「そもそも婚約を破棄したのは向こうの方ですからね。今後は公私混同した対応は遠慮していただきたいです。それに、職権を乱用してよりを戻させようとかも考えないでください。もう兄には新しい恋人がいるんですから。」
おい、裕樹、何を言い出す気だ?
「ただし、男ですけどね。」
ギャラリーの視線が一斉に俺に集まる。
部長は豆鉄砲でも喰らったような顏つきをしていた。
「ゆうき~」
俺はオフィスの入り口で呻いた。
「あ、洋介、いたの。」
いたの、じゃねえよ。
「どういうことかね、後藤君、弁解したまえ!!」
部長がヒステリックに叫び出す。
自分の姪が騒ぎ立てた時には、弁解の余地も与えてくれなかった癖に……。
裕樹は俺を挑戦的な面持ちで視線を寄越している。
『理不尽な会社に尻尾を振る犬のくせに!』
裕樹の詰る声が耳に甦る。
俺は深く息を吸った。
「弁解することはありません。突然の愚弟の非礼をお許しください。しかし、彼の言ったことは本当です、否定しません。やましい気持ちもありません。もしそのことについて非難されたり不当な差別を受けるのであれば…」
俺は言葉を切り、ちらっと裕樹を見やる。
必死で俺を守ろうとしてくれた弟、そして深い愛情で俺を支えてくれた隆之。
「俺は理不尽なことには絶対に負けません。徹底的に戦います。」
一瞬、しんと空気が凍りつく。
やっぱり俺、クビになるかも。
しかし次の瞬間、俺が耳にしたのは非難の怒号ではなく、拍手だった。
「いいぞっ、後藤!絶対負けるな!部長、そのような理由で彼に不適切な対応を取るならば、私、江口以下コンプライアンス委員会が黙っていません!断乎抗議します!!」
江口が手をたたきながら声援を飛ばす。
そりゃーまあ、力強いお言葉で。
つーか、これで俺はこの会社にいる限り完全に彼女に頭が上がらなくなるんだろうな。
「そうだー!!」
更に二の手が上がる。
「会社は個人のプライバシーに口を出すなー!!男を好きになろうが仕事には関係ないぞー!!」
真壁さん、今の言葉、ホントは自分のために言ったでしょ?
でも、ま、いいや。
次第にギャラリーからの拍手が大きくなる。
つい勢いで言ったものの、なんか収集がつかなくなってしまった。
俺の明日はどうなるのだろう?
やはりウラジオストク行きだろうか?
益々分からなくなってしまったけど、考えたってしょうがない。
どこへ飛ばされようが、隆之は俺を待っていてくれる。
やるだけのことを精一杯やれば、いつか江口が出世した時に俺を呼び戻してくれるだろう。
俺の未来は安泰じゃないか。
来週になればまた隆之が帰ってくる。
そして次の日曜日には、裕樹と墓参りに行くのだ。
順風満帆、吹き付ける風は少しくらい強い方がいいのだ。
fin
この前までのどんよりとした気持ちが嘘のようだ。
まだ早い時刻なのに、既に俺よりも早く来て仕事を始めている人影を見つける。
真壁さんだ。
「おはようございます!」
なんとなく気まずい気持ちもあったが、俺は思いきって声を掛けた。
「先日は本当に失礼なことをしましたっ。」
俺は深々と頭を下げた。
真壁さんは左目の周りが漫画のようにまるく痣になっている。
裕樹の右ストレートは、かなり強力だったようだ。
「いや、スケベ心を出した俺が悪かったんだ。それにしても君とユウちゃんが兄弟だったとはね。」
真壁さんが、歯の折れた口でスカスカする口調で話すのを聞いて、俺は一層申し訳ない気持ちが募る。
「本当にすみません。愚弟の乱暴もそもそもは俺が原因です。どうお詫びすればよいか…」
「もういいって。それより、俺のシュミのこと、会社に黙っててもらえるかな。」
「そりゃもちろん。」
真壁さんは俺の顔をしばらく見つめた後、破顔した。
「なんかスッキリした顏してるね。ユウちゃんと仲直りできたんだ。」
「ええ、まあ。」
スッキリしているのは、昨夜一晩かけて恋人にたっぷり抜いてもらったからです、とは言えない。
「おはようございま~す。あ、真壁さん、どうしたんですか、その顔!」
出社した江口が、驚いて声をあげる。
「いや、階段から転がり落ちちゃってね…。」
「あははは、だっさ~い。気をつけなきゃダメですよ。頭でも打ったら大変じゃないですか。」
あっけらかんとした口調で言うと、肩で風を切り、大股で歩いていく。
今日も彼女は絶好調だ。
書類も左遷の件も、問題は山積みだが、ようやく平穏を取り戻しつつある日常に俺はホッと安堵した。
と思ったら、昼休み会社にやってきたのは、嵐を呼ぶ(モト)男、裕樹その人であった。
真壁さんと江口と3人で外に昼飯に出かけ、帰ってくるとオフィスは入り口に人だかりができていた。
「なんの騒ぎよ?」
江口の声に振り向いた事務の女の子が、隣に居た俺の姿を見つけると駆け寄ってくる。
なんか嫌な予感。
「ねえねえ、後藤さん、あの人、知り合い?」
人ごみを押し分けてオフィスを覗き込むと、金色のくりくりした頭にピンヒールを履いた、ミニのワンピース姿の女(外見だけ)が部長に詰め寄っていた。
「と言うわけで、私は間違いなく後藤洋介の弟であり、今回の兄に対する不当な処分は取り消しにしていただきたいのです。」
裕樹は水戸黄門の印篭のごとく運転免許証を提示しながら、部長に迫っていた。
バービー人形のような可愛らしい顔で『弟です』とぶちまかされ、部長は目を白黒させている。
「まあ、そういうことなら…とりあえず、人事部と相談をしてしかるべき対処をしたいと…。」
しどろもどろした部長の口調に、裕樹はふん、と鼻を鳴らす。
「そもそも婚約を破棄したのは向こうの方ですからね。今後は公私混同した対応は遠慮していただきたいです。それに、職権を乱用してよりを戻させようとかも考えないでください。もう兄には新しい恋人がいるんですから。」
おい、裕樹、何を言い出す気だ?
「ただし、男ですけどね。」
ギャラリーの視線が一斉に俺に集まる。
部長は豆鉄砲でも喰らったような顏つきをしていた。
「ゆうき~」
俺はオフィスの入り口で呻いた。
「あ、洋介、いたの。」
いたの、じゃねえよ。
「どういうことかね、後藤君、弁解したまえ!!」
部長がヒステリックに叫び出す。
自分の姪が騒ぎ立てた時には、弁解の余地も与えてくれなかった癖に……。
裕樹は俺を挑戦的な面持ちで視線を寄越している。
『理不尽な会社に尻尾を振る犬のくせに!』
裕樹の詰る声が耳に甦る。
俺は深く息を吸った。
「弁解することはありません。突然の愚弟の非礼をお許しください。しかし、彼の言ったことは本当です、否定しません。やましい気持ちもありません。もしそのことについて非難されたり不当な差別を受けるのであれば…」
俺は言葉を切り、ちらっと裕樹を見やる。
必死で俺を守ろうとしてくれた弟、そして深い愛情で俺を支えてくれた隆之。
「俺は理不尽なことには絶対に負けません。徹底的に戦います。」
一瞬、しんと空気が凍りつく。
やっぱり俺、クビになるかも。
しかし次の瞬間、俺が耳にしたのは非難の怒号ではなく、拍手だった。
「いいぞっ、後藤!絶対負けるな!部長、そのような理由で彼に不適切な対応を取るならば、私、江口以下コンプライアンス委員会が黙っていません!断乎抗議します!!」
江口が手をたたきながら声援を飛ばす。
そりゃーまあ、力強いお言葉で。
つーか、これで俺はこの会社にいる限り完全に彼女に頭が上がらなくなるんだろうな。
「そうだー!!」
更に二の手が上がる。
「会社は個人のプライバシーに口を出すなー!!男を好きになろうが仕事には関係ないぞー!!」
真壁さん、今の言葉、ホントは自分のために言ったでしょ?
でも、ま、いいや。
次第にギャラリーからの拍手が大きくなる。
つい勢いで言ったものの、なんか収集がつかなくなってしまった。
俺の明日はどうなるのだろう?
やはりウラジオストク行きだろうか?
益々分からなくなってしまったけど、考えたってしょうがない。
どこへ飛ばされようが、隆之は俺を待っていてくれる。
やるだけのことを精一杯やれば、いつか江口が出世した時に俺を呼び戻してくれるだろう。
俺の未来は安泰じゃないか。
来週になればまた隆之が帰ってくる。
そして次の日曜日には、裕樹と墓参りに行くのだ。
順風満帆、吹き付ける風は少しくらい強い方がいいのだ。
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