眠れない夜を数えて

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26. Never Let You Go

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 唇が重なりあう。
暁は繰り返し角度を変えながら坂下の唇を啄み、貪っていく。
歯列をなぞられ、坂下はひゅっと息を吸い込んで口を開いた。
舌が獰猛に侵入し、坂下の口腔をくまなく犯した。
どちらのものともつかない唾液が唇からあふれ、濡れた音が部屋に響く。
坂下は息が上がり、呼吸に合わせて胸が上下するのを感じた。
鼻にかかったような軽いうめき声が口から洩れるのを止めることができない。

舌を絡め、坂下の息を吸い上げながら、暁は囁いた。
「好きだ。」
同じ言葉を返したいのに、坂下の口からはくぐもった甘い吐息が漏れるだけだ。
「もう二度と離さない。」
坂下は答える代わりに暁の背に回した腕に力をこめ、自らの舌を暁のそれに絡めた。
布越しに暁の欲望を感じた。
自分のもまた兆し始めていた。
とその時、電子音が鳴り響いた。
暁はその音を無視してそのまま坂下の唇をしばらく貪っていたが、次第に大きくなる電子音に根負けしたかのように、唇を放して身を起こした。

舌打ちしながらスマートフォンを取り上げ、音を止めると布団に軽く投げ捨てる。
「出なくていいの?」
坂下は濡れそぼった唇を手の甲で拭いながら訪ねた。
「目覚まし。支度して仕事に行かなきゃ。」
いつの間にかカーテンから覗く空が明るくなっていた。
坂下は暁がすでに新しい生活に踏み出したことを今更ながらに思い出した。

「そうだ、就職したんだったね。おめでとう…っていうのかな。」
「まだ研修だから。正式には四月からな。」
暁は立ち上がり、身支度を始める。
「スーツじゃないんだ。」
「そういう仕事じゃないし。向こうで作業着に着替える。」

暁は先ほどまでの甘い空気を断ち切るように、坂下に背を向けると、台所で洗顔と歯磨きを済ませた。
「これ、鍵な。コンビニとか出かけるときはかけて。家にいる間も、一応内側からかけとけよ。」
坂下はまだキスの余韻が冷めやらぬまま、のそのそと起きだした。
「ユニットバスはあそこな。タオルとか着替えは押し入れにあるの適当に使って。あと、俺のケータイ番号。メモっといたから、昼に電話して。お前の連絡先知りたいから。」

矢継ぎ早に言われ、返事もまともに返せぬまま坂下は暁を見上げた。
暁はちょっと口の端を持ち上げてニヤッと笑うと、坂下の耳に口を寄せた。
「できるだけ早く帰ってくるから、そしたらさっきの続きな。絶対いなくなったりするなよ。」
息を吹き込むように囁きかけ、耳たぶを甘噛みすると、スマホとバックパックを手に部屋を飛びだしていった。

部屋に一人取り残され、坂下はテーブルの上に置かれた鍵を見つめた。
甘噛みされた耳たぶから、じわじわと熱が広がるのを感じた。
自らの唇に触れてみる。
熱く濡れた粘膜、絡めあった舌の感触が生々しくよみがえった。
(さっきの続きって…)
胸が早鐘を打ち、体が火照るような感覚に襲われる。
体を震わせ、坂下は立ち上がるとユニットバスに向かった。
蛇口をひねり頭からシャワーを浴びると、頭の中が晴れてきて、これが夢ではないことを実感する。
全身を洗い流し、排水溝へ流れていくボディソープの泡を見ながら、昔の自分も垢のように洗い流せたら、と坂下は思った。

暁がしていたのをまねて、頭をタオルで拭きながら浴室から出ると、坂下は裸のまま布団に倒れこんだ。
枕から暁の匂いがした。
自分の体からも、暁と同じ匂いがふわりと立ち上る。
坂下は手のひらをゆっくりと肩から胸、肋骨の浮いた脇腹へ、さらに下半身へと滑らせた。
暁に愛撫されているような錯覚。
坂下はすでに熱を持ち始めた性器に手を伸ばした。
「…っ、はぁっ、あ、あぁ…」
声を殺し、それでもため息のような喘ぎが漏れる。
これが暁の手だったら。
少し汗ばんだ大きな手や、やや厚めの唇を思い出す。
『二度と離さない』
耳にかかる吐息の熱さ、かすれた声。
「んっ、あ、暁……、あぁ、うっ……」
性器をこすり上げる手が加速し、やがて坂下は絶頂を迎えた。

白濁の飛び散った手のひらを見つめる。
(こんなことするの、何カ月ぶりだろう)
けだるい体を起こし、坂下はティッシュに手を伸ばした。
熱が冷めれば、今度はやましい気持ちがこみ上げた。
(暁は仕事に出かけたってのに、こんな欲情に流されて…)
怠い体を起こし、押し入れを探った。
ひとまわり大きい、暁のトランクスとTシャツを身につけ、時計を見上げる。
まだ8時だ。暁が帰ってくるまでどう過ごすべきか考えこむ。
と、その時坂下のスマートフォンから着信音が鳴った。
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