Fragments

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1.Smoke Gets in MY Eyes ①

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 身体の相性は最高だった。  
あまり日に焼けていない、滑らかな肌。  
細い腰、締まった腹筋。  
きれいに整えられた顎の髭を指先で撫でると、子供が『いやいや』とでも言うように、顔をくしゃくしゃにして首を振る。  
自分の中性的な雰囲気を気にしているのかもしれない。  
上品なとがった顎を隠すように生やした髭や、おそらくジムにでも通っているのだろう、全身にバランスよくついた筋肉が、取ってつけたように見える。  

長いまつげが揺れる。  
可愛いなあ、と思いながら松木は身体を解いた。  
くちゅ、といやらしい音を立てて松木のペニスが抜け落ちる。  
相手は一瞬顔をしかめ、小さく息を吐いた。  

「はい、ティッシュ」  
装着したゴムの処理を後に回し、相手の腹に散った劣情を優しくふき取る。  
「うーん、ちょっとベタベタするな。シャワー浴びたほうがいいかも。ね、飯島さん…」  
それとももう一回する?  
そう問いかけようとした途端、飯島はガバリと身を起こした。  
セックスの余韻を凍りつかせるような一瞥。  
「タバコ。」  
「へ?」  
「煙草。一本くれ。」  
そう言い放つと、飯島はサイドボードからマッチの入った灰皿を引き寄せた。  
「……。」  
「ねぇのかよ。」  
飯島は無言のまま固まっている松木を不機嫌そうにちらりと見やると、ちっと舌打ちをした。  

「すみません、俺、吸わないから……」  
弁解のようにもごもごと言い募る松木に背をむけ、飯島は服を身につけ始める。
さっきまで熱い抱擁を交わしていた肌が、今は冷たい大理石のようだ。
シャツを羽織り、スラックスを上げる。
衣擦れの音が白々と部屋に響く。
「じゃな。」  
部屋を出ようとする飯島を、松木は慌てて捕まえた。  

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」  
「何?」  
腕を掴み、噛み付かんばかりの松木の勢いに、飯島の瞳は一瞬怯えたように揺らいだ。  
「あ、ああ、すみません……。」  
松木は慌てて手を放した。  
ふと我に返れば、寝乱れた髪や気だるげな雰囲気に、幽かに情事の残り香を漂わせながらも、一応身なりを整えた飯島に対して、自分は全裸である。  
「その、こんなカッコでなんですが、また会える?」  
「い、いつも会社で……」  
「そうじゃなくて、二人っきりで、こんな風にまた誘ってもいいですか?」  
飯島は一瞬固まって小さく頷くと、そのまま踵を返し去っていった。 

松木はしばらく鼻先で閉じたドアを見つめていた。  
『もっと、もっと……、ああ、まつき、あぁ、あ…もう、もたない……』  
声にならない、かすれた啼き声。  
張りつめた自身にためらいがちに導く細い指。  
潤んだ瞳。  
熱く絡みつく粘膜。  
そして——終わった途端まるで別人のような態度。  
あれは、夢だったのだろうか?  
盛大にため息をついてうなだれた松木の視線のその先には、しわくちゃになったゴムをまとった、萎れたペニス。  
外して安っぽい照明にかざし、溜まった精液を思わず眺める。  
「夢のわけないよなあ、見事な証拠。」  
松木はゴムの口を縛るとゴミ箱に投げ捨てた。  


「ま、アレだ。」  
冷たくあしらわれた日から1週間ほど経つ頃には、松木は気を取り直していた。  
飯島の職場での態度は以前と変わらない。  
関係を持つ前と同じくらいよそよそしいと言えばそれまでだが、自分を避けているわけではなさそうだ。  
もともと、誰に対しても無愛想で口が悪い男なのだ。  
嫌われたわけではない。  
考えあぐねるうちに、松木は自分に都合よく解釈することにした。  
エッチが下手で不機嫌になったのではない、おそらく煙草が切れていたのが原因だ。  

「困った人だよな、そんなことでまったく。子供じゃあるまいし。」  
「お前、なに自販機の前で独り言いってんの?」  
「うわっ、飯島さんっ!」  
「なに、その反応。人のこと化け物みたいに……。」  
「いや、その、帰るんですか?」  
「悪いか?」  
「いや、そんな、勤務時間とっくに過ぎてますからね。俺も帰ります、一緒に帰りましょう、飯でも食っていきませんか?」  
「おごり?」  
「何言ってるんですか、勘弁してくださいよ、もう。俺よりずっと給料もらってるくせに。」  
「じゃな。お先。」  
「ああ、待ってくださいよ、いいですよ、おごりますよ、中華でいいですか?」  
「聘珍樓?」  
「またそんな…。肉まん一個いくらすると思ってるんですか?駅前通りの揚子江飯店に決まってるでしょ。」  
「しかたねえな。早くしろよ。先に行ってる。」  

松木はダッシュでコートとカバンを取りに行くと、スキップせんばかりの軽やかな足取りで飯島のあとを追った。  
「いらっしゃいませー。お一人さまですか?」  
「いや、すぐにもうひ…」  
「二名です。」  
息を切らしながら、松木は飯島の背後霊のように現れた。  
「お煙草はお吸いになられますか?」  
「はいっ!」  
案内されたテーブル席に灰皿が置かれる。  
「どうぞ。」  
松木は先ほど自販機で買った煙草を一本取り出すと、マッチをすった。  
「吸わないんじゃなかったの?」  
「俺のじゃないっすよ、はい、どうぞ。」  
火の点いた煙草を飯島に差し出す。  
飯島は怪訝そうな顔をしただけだった。  

「銘柄、分からなかったから適当なの買ってきちゃったんだけど。」  
「つーか、俺もともと吸わねえって。」  
「えええっ、だってこの前煙草煙草って騒いでたじゃないですか?」  
「いつ?」  
「エッチのあと、それで機嫌悪くなったんじゃ……」  
「バカ、なにお前でかい声で」  
「そのせいじゃないんすか……」  
「やめようぜ、そんな話。それより食おう。俺、レバニラ。お前は?」  

松木は受け取ってもらえなかった煙草をやけくそで吸い始めた。  
煙たい。もともと煙草は好きではないのだ。  
苦い。口が痺れる。喉がひりつく。  
「ほら、さっさと決めろよ。」  
飯島がメニューを突きつけてくるが、文字がよく読めない。  
煙で視界が曇っているのか。煙で涙がにじむのか。  
見えないのはメニューではない。  
煙の向こう、綺麗な肉体の奥深くに隠された飯島の本心が松木は知りたいのだった。


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