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しおりを挟む奴隷商人の店を出て、足早にそこから離れた。
そして少し歩いたところで立ち止まり、少女の方に向き直った。
「いきなり連れ出して悪いな」
さっき「買った」ばかりの少女に俺はそう話しかけた。
少女は俺の方を、その黒い瞳でまじまじと見る。
困惑と警戒が混在しているように見える。無理もない話だ。
そう言えば、まだ名前も名乗ってないし、聞いてもいなかった。
「俺はレイっていうんだ。君は?」
聞くと、少女は答える。
「……ティオです」
おどおどと答える。
俺はちゃんと名前があったことに安心した。
「ティオか。いきなり君を買ったわけだけど、でも俺は君の主人になるつもりもないし、かと言ってすぐにその辺に捨てるつもりもないから安心して欲しい」
言葉でそう説明して、果たしてどれほどの意味があるのかわからなかったが、とりあえず敵ではないのだと、そう伝えたかった。
ティオは、俺のことをまじまじと見る。
言葉一つでいきなり打ち解けたりはしない。
出会って10分で信用してもらえるはずもない。少しずつ打ち解けていければいい。
「とりあえず、飯でも食おうか」
俺は、街の方へと向かって歩き出す。
ティオは一瞬、間(ま)をおいてから、小さな足音を出しながらついてきた。
俺は手近なところにレストランを見つけたので、中に入った。
席に座り、壁に貼られたメニューを眺める。
今日は気分的に肉料理がいいと思った。
「ティオはどうする?」
俺が聞くと、ティオはビクッと体を小さく震わせてから、こちらを見た。
「……わ、私にも買ってくださるんですか?」
「そりゃ当たり前だ。俺だけ飯食うとか、そんな性格悪いことはしないぞ」
そう答えるが、ティオはしばらく俯いて考え込んでいた。
迷っているというより、ほんとうに頼んでいいのかを考えているのだろつ。
だが、特に俺が何も言わないでいると、少ししてからメニューを見て、口を開いた。
「あの……それでは……パンケーキを」
「わかった」
俺は手をあげて店員を呼ぶ。
店員はそそくさと、こちらにやってくる。だが、反対側の椅子に座るティオを見ると、一瞬顔をしかめた。
――キメラに対する風当たりは決して弱くない。まして虫のキメラとなるとなおさらだ。
それくらいは、世間知らずの俺でもわかった。
「ステーキプレート。それにパンケーキを頼む」
俺は語気を強めて注文を言う。店員はそれでハッとして「はい、ただいま!」と厨房の方に帰っていった。
俺とティオは黙って待つ。
やがて、料理が運ばれてくる。
運ばれてきた料理からは、まだ蒸気が出ていた。
「じゃぁ食うか」
俺は早速料理に手をつける。
だが、ティオはしばらくパンケーキを眺めていた。
視線は釘付けで、少しするとごくんと唾を飲み込む音がした。
「なんで食べないんだ?」
俺が聞くと、ティオはこちらをじっと見て答える。
「……食べていいと許可をもらっていないので」
最初、言っている意味がわからなかった。
だが、少し考えて気がつく。
――奴隷は全ての行動に主人の許可が必要なのだ。
奴隷は主人の物。
だから、その一挙手一投足に主人の許可がいる。
息を止めろといわれれば、止めなければいけない。それが奴隷なのだ。
それが、彼女の生きてきた人生なのだ。
「……もうお前は奴隷じゃないんだ。だから好きに食え。もちろん食いたくなかったら食わなくてもいい」
俺がそう言うと、その言葉が意外だったのか、ティオは目を見開いて俺をまじまじと見つめる。
「別に罠とかじゃないから」
俺が言うと、またワンテンポおいてから、ティオはそのまま皿の上に乗ったパンケーキに口からかじりついた。
むしゃ、むしゃと。
一度食べ始めたら、そこからは止まらなかった。
――そして、途中で、泣き始めた。
泣きながらパンケーキにかじりつく。
きっと、今までずっとまともな食べ物はもらえなかったのだろう。
できれば、この子の欲しいと思うものはなんでも食べさせてあげたいと思った。
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