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第三話 亡国の兵士たち
1.
しおりを挟む「いやぁ、塩湖が注目されて、おら嬉しいね」
ライル塩湖の湖畔で、村人の一人が視察にきたキバたちに言った。
アルザス軍を率いるキバと、ウェエックスから派遣されているルイーズがライル塩湖を訪れていた。
ドラゴニア軍三万を退けたあと、早速塩湖での塩の採集が本格化された。
ライル塩湖の塩は、それまで輸出ルートがなく、国内のわずかな人間で消費するだけだったが、今やラセックスの全土へ配給するために、国内の労働力をフル稼働している。
当然、現状では人手が足らないので、今はラセックスの兵士たちが汗水を垂らして、採掘に励んでいる状態だ。
「労働力の確保は大きな課題ですね」
キバがルイーズに言った。
もともとアルザスは大きな国ではない。それゆえ、一国の塩の配給をまかなえるほどの労働力がなかった。
今はラセックスの軍隊に頼っているが、それでも足りない。
「問題は、他にもあるぞ」
ルイーズがキバに言う。
「問題?」
「ラセックスとアルザスをつなぐ最短ルートは、リード森林を抜けて行く必要がある。だが、この森は今危険地域と化している。山賊が出るんだ」
「山賊?」
「ああ。それも四千人規模の、元兵士たちだ」
リード森林は、ラセックスの領土の中にある。アルザスに繋がる道であるが、アルザス自体がそれまで見向きもされなかった辺境の地だったので、そこに至るリード森林が、戦略上重量だと認識されたことは今までなかった。
それゆえ、様々な情報を知っているキバも、森の現状については知らなかった。
だが、そのあとのルイーズの説明を聞いて納得する。
「あそこにはシフ国の残党が流れ込んでるんだよ」
「なるほど……シフか」
シフは1年前に、ノーザンアングルによって滅ぼされた中規模の国だった。
七王国に比べればその勢力は小さかったが、民は武力に優れ、存在感のある国だった。
大国ノーザンアングルは長年にわたって戦争をしかけたが、勇猛なシフ人の前になんども失敗を繰り返してきた。大規模な遠征は10年で7回にも及んだが、そのことごとくに失敗。
だが、去年、ノーザンアングルの総力を挙げた遠征で、かつてないほど大きな損害を被りながら、なんとか併合に成功したのだった。
シフの王族は皆処刑され、民の多くは奴隷として売られたり、ノーザンアングルの領地で過酷な強制労働に付いている。
そんな中、シフ軍の一部の残党は、周辺諸国の辺境に逃げ伸びた者たちがいると聞いていた。その中の一部が、リード森林に逃げ込んだのだろう。
「リード森林に逃げ込んだのは、かつてのシフの主力部隊の一つ、将軍ベッテルハイムの軍団」
ベッテルハイムは名将だと聞く。キバは直接会ったり戦ったりしたことはないが、その活躍はよく耳にしていた。この10年、七王国の侵略をはねのけて、シフの独立を守ってきたのだ。
「先日、アルザスへ向かう行商人の一団が、彼らに襲われた」
「亡国の兵士たちが、山賊となっているわけか」
「奴らがいる限り、軍隊なしではラセックスとアルザスを行き来することはできない。まさか大量の塩を運ぶのに、いちいち数千以上の軍隊をつけるわけにはいかないからな」
なるほど、それは大きな問題だ。
このままではアルザスから塩をラセックスに配給する計画が頓挫してしまう。そうなれば、損得に厳しいラセックス王はアルザスから軍隊を引き上げてしまうだろう。
ルイーズは、さらに悪い情報を付け加えた。
「申し訳ないが、ラセックスにはこれ以上の軍隊を出す余力がない。今塩湖にいる三万が、アルザスに割ける最大の勢力だ。もちろん、この軍隊はドラゴニアたちの侵略から塩湖を守るためにアルザスを離れられない」
そうなると、アルザスは自国の兵力でことをなんとかする必要があった。
しかし、千人しかいないアルザス軍では、ベッテルハイムの四千の軍団を倒すことはできないだろうな」
ルイーズは難しい顔で聞いてくる。
「どうする、キバ。奴らを討ちにいくか?」
その問いかけに、キバは首を横に振った。
「――和平交渉しに行こう」
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