上 下
20 / 41
第8章 梅枝七海(19歳)=黄川田肇(21歳)

§5消極的な彼

しおりを挟む
 4月になって、七海は中学生を対象にした学習塾でアルバイトを始めた。肇が2年間教えていた塾で、教職志望だという七海に講師を勧めた。最初は戸惑う事もあったが、肇のサポートもあって直ぐに慣れ、生徒からも評判が良かった。
「今日は初めてのバイト代が入ったので、食事を御馳走ごちそうさせてください。」
「駄目だよ、年下の女の子におごらせる訳にはいかないよ。」
「女子だとか後輩だとか、それって肇さんの嫌いな蔑視べっしじゃないですか?」
 私はお礼がしたくて、彼の理屈を押し退けて食事に誘った。
「肇さんは就活をしないんですか?もう決まってるとか?」
「ああ、卒業したら北海道に帰るつもりだから。親が洞爺湖とうやこでペンションをやってて、それを継ぐ事になっている。だから、大学は東京で好きにして良いと言われた。」
「へー、北海道か。行った事がないから、行ってみたいな!洞爺湖ってどの辺りですか?」と訊くと、簡単な地図を描いて詳しく教えてくれた。
「夏休みに帰る予定だから、一緒に行く?泊まる所は心配ないから。」
「ホントに?迷惑じゃないですか?行きたい!」
 彼にしては思い切った誘いで、私は何も考えずにはしゃいでいた。

 肇は学習塾を5月いっぱいで辞め、七海とその送別会の後を過ごしていた。お互いに告白し合った仲ではなく、先輩と後輩、男女の友だち関係を保っていた。
「肇さんがいなくなると、寂しいな!いつも助けられてたから。」
「七海さんは、もう誰の助けもいらないくらいだよ!塾は辞めるけど、これからもこうして会ってほしいな!」と消極的に言う彼に、私は少しイラついた。
「会ってほしいな、じゃなくて会おうでしょ!そんな遠慮をしてたら、女の子は愛想あいそを尽かして離れていきますよ!もっと積極的にならなくては…。」
 私ははっぱを掛けたつもりでいたが、彼にはその意図が通じていなかった。

 肇がゲーム好きだという事は、七海は会話をする中で自ずと知れた。その話をする時はいつになく熱く、彼女も引き込まれて興味を抱くようになった。
「わたしも、ゲームやってみたいな。誰かと対戦するんでしょ!」
「うん、そうだけど、ゲーム機がないと駄目だし、最初は難しいよ!」
「なら、教えてください!これから、肇さんの家に行くというのはどうですか?」
 私の思い付きの発言に、彼はためらっていた。
「僕の家に?女の子が?ダメだよ、何かあったら困るでしょ!」
「何かって?肇さんでも、そんな事を考えるんだ。平気ですよ、信用してるから!」
 私は二人切りになっても、何も起こらないと確信していた。何だかんだと言う彼を根気よく説き伏せ、昼間ならばという条件で行く事になった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】あなたに恋愛指南します

夏目若葉
恋愛
大手商社の受付で働く舞花(まいか)は、訪問客として週に一度必ず現れる和久井(わくい)という男性に恋心を寄せるようになった。 お近づきになりたいが、どうすればいいかわからない。 少しずつ距離が縮まっていくふたり。しかし和久井には忘れられない女性がいるような気配があって、それも気になり…… 純真女子の片想いストーリー 一途で素直な女 × 本気の恋を知らない男 ムズキュンです♪

初めての物語~First Story~

秋 夕紀
恋愛
 臆病で内気な高校2年生の女の子が、初めての交際、デート、キスそして初体験を経ていく中で、成長し大人になっていく物語です。心の結びつきを大切に思う女子と身体の結びつきを求めがちな男子。男女の恋愛観のすれ違いは、時として恋愛関係を崩壊させることになります。 ※性描写は極力抑えていますので、多くの方に読んでいただければと思います。  ただ、心の中の葛藤を表すために、裏の事情としてのR-18で【B面】を執筆中です。

【完結】失恋した者同士で傷を舐め合っていただけの筈だったのに…

ハリエニシダ・レン
恋愛
同じ日に失恋した彼と慰めあった。一人じゃ耐えられなかったから。その場限りのことだと思っていたのに、関係は続いてーー ※第一話だけふわふわしてます。 後半は溺愛ラブコメ。 ◻︎◼︎◻︎◼︎◻︎ ホット入りしたのが嬉しかったので、オマケに狭山くんの話を追加しました。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

天使が私に落ちてくる

高遠 加奈
恋愛
幼なじみの2人がドタバタの末、お付き合いをするお話です。

【完結】maybe 恋の予感~イジワル上司の甘いご褒美~

蓮美ちま
恋愛
会社のなんでも屋さん。それが私の仕事。 なのに突然、企画部エースの補佐につくことになって……?! アイドル顔負けのルックス 庶務課 蜂谷あすか(24) × 社内人気NO.1のイケメンエリート 企画部エース 天野翔(31) 「会社のなんでも屋さんから、天野さん専属のなんでも屋さんってこと…?」 女子社員から妬まれるのは面倒。 イケメンには関わりたくないのに。 「お前は俺専属のなんでも屋だろ?」 イジワルで横柄な天野さんだけど、仕事は抜群に出来て人望もあって 人を思いやれる優しい人。 そんな彼に認められたいと思う反面、なかなか素直になれなくて…。 「私、…役に立ちました?」 それなら…もっと……。 「褒めて下さい」 もっともっと、彼に認められたい。 「もっと、褒めて下さ…っん!」 首の後ろを掬いあげられるように掴まれて 重ねた唇は煙草の匂いがした。 「なぁ。褒めて欲しい?」 それは甘いキスの誘惑…。

夫の不貞現場を目撃してしまいました

秋月乃衣
恋愛
伯爵夫人ミレーユは、夫との間に子供が授からないまま、閨を共にしなくなって一年。 何故か夫から閨を拒否されてしまっているが、理由が分からない。 そんな時に夜会中の庭園で、夫と未亡人のマデリーンが、情事に耽っている場面を目撃してしまう。 なろう様でも掲載しております。

彼女がこの世界から消える日

ゆうき
恋愛
 積極的な彼女と恋愛に疎い僕との大学生活

処理中です...