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「マルレーネ。離縁して欲しい」
「……理由をお伺いしても?」
「ああ。ついに、あの女性ひとが見つかったんだ!」

 きらきらと目を輝かせてそう語る旦那様に、私は「はあ」という気の抜けた返事をするしかありませんでした。


*******

 
 私ことマルレーネがテオバルト・クランベック伯爵と結婚したのは、三年と少し前のこと。
 
 当時伯爵位を次いだばかりのテオバルト様は、社交界でかなりの有名人でした。すらりとした長身に切れ長の瞳。艶やかな銀髪をさらりと流し、立ち居振る舞いはあくまで上品。よく通る低めの声が、外見によく似合っています。

 夜会に出ようものなら、煌びやかに着飾った麗しい令嬢たちが、花に群がるミツバチの如く彼の周りへ集ったものです。彼女たちはみな、テオバルト様へ熱の籠もった視線を向けていました。
 
 由緒あるクランベック家の若き当主で、あれだけの美形。そりゃあご令嬢たちの眼の色も変わると言うものですわ。

 だけどテオバルト様はいつも鬱陶しそうな顔をして、彼女たちを適当にあしらっていました。その白銀のように輝く銀髪と言い寄る女性たちを歯牙にも掛けない様子から、"氷冷の貴公子”なんて呼ばれていたとか。

 いつも思うんですが、この手の呼び名って誰が名付けるんでしょうね?言われた当人は恥ずかしくないのかしら。

 それはさておき。
 
 私はといえば、隅っこでデザートをもぐもぐしながらそれを眺めていました。不細工とまでは言わないけれど、私は平凡な容姿。実家のケステン子爵家だって、お金があるわけでも権力があるわけでもありません。ちんまりとした領地からの収入で、何とか体裁を整えている……要は普通の下位貴族です。

 私には縁の無い相手ですわ。
 そう考えていましたから、興味なんか持ちませんでした。だからクランベック家から縁談が持ち込まれたときは、本当に驚いたものです。
 
 何で私?

 テオバルト・クランベック伯爵が26才になっても結婚どころか、婚約すらしていないという話は有名でした。あれだけご婦人に人気がおありなのだから選り好みしているのだろうとか、実は第三王女殿下と密やかな恋を育んでいるとか、そんな噂がまことしやかに囁かれていました。
 
 顔合わせの時も、彼は私に対して興味がないという態度を隠しもしませんでした。もちろん、会話が弾むわけもなく。
 こりゃ駄目ですわねと思っていたら、その後正式に婚約を申し込まれました。

 何で私!?
 
 両親も戸惑っていましたが、しがない子爵家が伯爵家からの縁談を断れるはずもありません。訳の分からないうちにあれよあれよと話が進んで、あっという間に結婚式が終わり、初夜を迎え。

「俺は、君を愛せないと思う」

 メイドに磨き上げられ、肌が見えそうなほど薄手の夜着を身に纏って緊張しながら待っていた私に向けられた第一声がそれでした。
 
 驚きのあまり固まってしまった私。
 今なら「ふざけないで下さる!?」と言い返すでしょうけれど、当時の私はまだ初心うぶな新妻でした。

「俺には、忘れられない人がいるんだ」

 避暑地を訪れた幼いテオバルト様は、一人の少女に出会いました。ふわふわの金髪にぱっちりとしたおめめの、人形のように可愛らしい少女。
 歳の近い二人はすぐに仲良くなり、ひと夏を共に過ごしたそうです。

 夏が終わり王都へ戻ったテオバルト様は、彼女の事が頭から離れなくなりました。ですが、分かっているのは彼女が名乗った「オティーリエ」という名前のみ。両親に頼んで方々の知り合いに当たってみましたが、見つからなかったそうです。

 そこまでならまあ、よくある初恋の美しい思い出でしょう。

 ですがテオバルト様は今でも彼女を忘れることができず、想い続けているのです。だから婚約者を作らなかったのだと彼は語りました。

「つまり、白い結婚をなさりたいということでしょうか?」
「いや、それは……」

 先ほどまで高らかに初恋の少女について語っていた彼が、一転してもごもごと口が重くなりました。

 何とか聞き出した言い分はこうです。
 この年まで結婚しないと周りが煩い。それに、伯爵家当主として後継ぎを設ける必要もある。
 
「だから、離縁などされては困る」

 白い結婚だと、三年後に妻から離縁を申し立てられる恐れもある。そこからまた新しい相手を捜すのも面倒だ。

 ちなみに私を選んだのは、テオバルト様に対して興味が無さそうだったから。他の縁談相手は彼の煌々しいご面相にのぼせ上がり、目を潤ませながらずいずいと寄ってくる女性ばかりだったそうです。

 つまりは夫からの愛や気遣いは期待するな。でも伯爵夫人としての責務はしっかりこなせ。
 そういうことです。

 なんと勝手な言い分でしょう。
 私は怒りを通り越して、もはや呆れるしかありませんでした。
 
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