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本編
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アレクシス王太子殿下、お久しぶりでございますね。今でもご壮健でいらっしゃいますでしょうか。クリスティーネでございます。
最後にお会いしたのは、貴方から婚約破棄を言い渡された日ですね。
国王陛下のご生誕を祝うパーティの場で。
いえ、恨み言を申したいわけではございません。ただ少し……そう、ほんの少しお伝えしたいことがありまして、こうしてお手紙を差し上げた次第です。
最初に貴方へお会いしたのは、10歳くらいの頃でしたでしょうか。
幼い私を引っ張って、遊ぼうと言って下さったのを覚えております。あれからすぐに私たちの婚約が定められ、未来の執政者となるべく、共に教育を受けましたね。
貴方は飽きたと言っては私を連れて抜け出そうとして、よく講師の先生に怒られたものです。懐かしい思い出ですわ。
王立学園に入学してからも、良い関係を築いてきたと私は思っております。それが変わったのは、彼女が……そう、現在は貴方の妻となられたグレーテ・フュルスト男爵令嬢が現れてからでした。
人目を惹く美しい容貌に加えて巧みな話術、それに誰とでも親しげに接する彼女は、男子生徒にとても人気がおありでした。くるくると表情の変わるグレーテ様は、女性の私から見ても可愛らしい方だと思いましたわ。まともなご令息はグレーテ様の馴れ馴れしい態度に眉をひそめ、避けていたようですけれど。
貴方はすぐにグレーテ様と親しくなられましたね。そうして、常に彼女をそばへ置くようになりました。
それを遠回しに諫めた私に対して、貴方はひどく怒りましたね。
他の女性を寵愛なさるのは別に構わないのです。私、夫に側室を認めないほど狭量ではございません。
ですが、王太子殿下が婚約者でもない女性を伴い、人目もはばからず身体を寄せ合う姿を晒すのは……まともな貴族なら誰だって、お止めするべきと考えるでしょう。
私だけではなく側近たちもお諫め申し上げましたが、貴方は耳を貸すどころか彼らを解雇しましたね。
そうして、耳当たりの良いことだけを述べる令息たちを側近としてお召しになりました。グレーテ様は彼らとも仲が良かったと聞いております。噂ですから、真偽は分かりませんけれど。
そうして迎えた国王陛下の誕生パーティで、貴方は婚約者たる私ではなくグレーテ様をエスコートしながら現れました。私はといえば、エスコートもして頂けず、一人寂しく立っておりましたわ。
そんな私に貴方は突然「クリスティーネ・ローゼンハイン!お前との婚約を破棄する!」と高らかに宣言されました。
何を言われたのか分からず、しばらく呆然と致しましたわ。
百歩譲って、陛下や我が父を説得した上で婚約解消を申し出るのならまだ分かります。
ですが何の事前交渉もなく、しかもこのような公衆の面前で一方的に婚約破棄?今でもあれは本当に起こった事なのかと、記憶を疑いたくなるほどです。
「私に何の罪があるというのでしょう?」と尋ねた私に貴方はこう仰いました。
「とぼけるな!お前は、グレーテに嫉妬して嫌がらせをしていたのだろう?彼女が泣きながら訴えてきたのだ。婚約者がいる身で、彼女を愛してしまった俺にも非はあるだろう。だが、グレーテに醜く嫉妬し、非道な振る舞いをする……そんな人間を、未来の王妃とするわけにはいかない。お前には国外追放を命じる。彼女の前から消え失せろ!」
そもそも私たちの婚約は、王政派の筆頭である我がローゼンハイン侯爵家と王家の結束を高めるために結ばれたものです。
私たちの結婚が成されれば、王政に異を唱える貴族派は大人しくなったでしょう。揺らぎが見え始めた王家の基盤を固めるために、必要なことだったのです。そこに色恋の感情など必要ありません。
いえ、恋愛感情はなくとも、親愛の情はありました。幼い頃から共に学び、長い時間を過ごしてきたのですから。
さらに貴方は「心を入れ替えてグレーテの側近として仕えるなら、国外追放を取り消してやる」なんて仰いましたね。
もちろん、お断り申し上げました。
侯爵令嬢たる私が、男爵家如き生まれの、しかも側室腹の方に仕えるわけにはいきませんもの。
さすがに国王陛下はその場を取り繕おうとしたようですが、王妃様が貴方を後押ししたため、結局は貴方の望み通りとなりました。
王妃様は、昔から長男である貴方を甘やかしていましたものね。それに、彼女は以前から私がお気に召さない様子でした。王妃様の生家であるダールベルク侯爵家は、ローゼンハイン侯爵家とは犬猿の仲。その娘である私よりも、グレーテ様の方が操りやすいとお考えになったのでしょうね。
ですがグレーテ様はとても王太子妃になれるご身分ではありません。そこで貴方は、彼女の養子先をお探しになりましたね。ほとんどの高位貴族から断られたようですけど。
最終的に、貴族派の一人であるリュッケルト伯爵が養子として受け入れることになりました。
貴方は伯爵が心を入れ替えて、王家へ忠誠を示すようになったのだと鼻を膨らませて語っていたらしいですけれど……。その話を聞いたうちの両親は、笑い転げておりましたわ。
貴族派の最先鋒であるリュッケルト伯爵が、そんな簡単に鞍替えすると、本当に信じていらっしゃったのかしら。彼らの目的は、ローゼンハイン侯爵家との不和を加速させ、王家を孤立させる……そんなところでしょう。
そのために、貴方の寵愛を受けるグレーテ様を利用したのでしょうね。いえ、もしかしたら……あの娘が貴方の前に現れたのも、伯爵の策だったかもしれません。
グレーテ様は本当に、男性を魅了する手練手管にだけは長けておられましたもの。娼婦だった母親の影響でしょうか。
あら、もしかして殿下はご存じなかったのかしら。
表向き、彼女の母親は裕福な商家の出ということになっていますけれど、実は高級娼婦だったのですよ。フュルスト男爵は隠していたようですが、そんなこと、ローゼンハイン侯爵家の情報網を以てすればすぐに分かることですわ。
婚約破棄からすぐに、私はお父様から隣国のヴァルツェル辺境伯へ嫁ぐように言われました。国外追放を言い渡された娘を庇いもせず隣国へ追い出したお父様を、貴方は保身しか頭にない冷血漢と嘲笑ったそうですね。
ですがそれは浅慮というもの。お父様の真意は、今後発生するであろう騒乱に、私を巻き込まないためだったのです。
そうそう、出立の前日、グレーテ様はわざわざ私へ会いに来られましたのよ。突然の訪問に驚く私へ、彼女はこう仰いました。
「私の側近にして、こき使ってあげようと思っていたのに残念!聞いたわよ。ヴァルツェル辺境伯領って、すっごい田舎らしいじゃない。しかも辺境伯ってだいぶ年上なんでしょ?そんなおじさんに嫁がされるなんて可哀想~!」
王太子の婚約者ともあろう者が、ずいぶん粗暴な……いえ、庶民的なお言葉遣いだと思いましたわ。あれから王太子妃教育を受けられたようですから、少しは改善なさったのかしら。
噂では、教育を嫌がって逃げてばかりともお聞きしますけれど。
確かに夫となったマリウス・ヴァルツェルは私より12歳年上ですが、若々しくて年の差などは感じませんわ。それに見目麗しい上、身体も引き締まっていて……。顔合わせの日に一目惚れしてしまいました。私、どうやら逞しい殿方が好みだったようですわ。
あら、申し訳ございません。話が逸れてしまいました。
お父様は娼婦の娘へ入れ込む王太子にも、また息子の暴挙を許す国王夫妻にも愛想が尽きたようです。今後王家に何があっても関与しない、と申しております。
貴方は自らの基盤を、自らの手で壊してしまったのです。それは紛れもなく貴方の選択。
幼い頃の貴方様は、王子殿下としてそれなりの理知さをお持ちだったと思っておりますが……。恋とはそこまで人を変えてしまうものなのでしょうか。
いえ、そうまでしても貫きたいほどの愛と出会えたのですから、それはそれで幸せなことなのかもしれません。
王政派筆頭であるローゼンハイン侯爵家が離れたことで、王政派の貴族たちも次々に王家と距離を置いたようですね。
ここぞとばかりに貴族派が力をつけているとか。
残念ながら追放された私には、今そちらがどのような状況にあるか分かりません。そろそろ貴族派の過激な者たちが、実力行使に出ようとする頃ではないかしら。
もしかしたら、反乱軍がもうそこまで来ているかもしれませんね。
元婚約者として、最後にご助言申し上げますわ。
彼らに全面降伏をなさいませ。
全ての要求を受け入れ、王家の持つ財産をすべて民へ解放すれば……命くらいは助けてもらえるかもしれません。
自尊心の高い貴方に、それがお出来になるかどうかは分かりませんけれど。
それではごきげんよう、アレクシス殿下。
最後にお会いしたのは、貴方から婚約破棄を言い渡された日ですね。
国王陛下のご生誕を祝うパーティの場で。
いえ、恨み言を申したいわけではございません。ただ少し……そう、ほんの少しお伝えしたいことがありまして、こうしてお手紙を差し上げた次第です。
最初に貴方へお会いしたのは、10歳くらいの頃でしたでしょうか。
幼い私を引っ張って、遊ぼうと言って下さったのを覚えております。あれからすぐに私たちの婚約が定められ、未来の執政者となるべく、共に教育を受けましたね。
貴方は飽きたと言っては私を連れて抜け出そうとして、よく講師の先生に怒られたものです。懐かしい思い出ですわ。
王立学園に入学してからも、良い関係を築いてきたと私は思っております。それが変わったのは、彼女が……そう、現在は貴方の妻となられたグレーテ・フュルスト男爵令嬢が現れてからでした。
人目を惹く美しい容貌に加えて巧みな話術、それに誰とでも親しげに接する彼女は、男子生徒にとても人気がおありでした。くるくると表情の変わるグレーテ様は、女性の私から見ても可愛らしい方だと思いましたわ。まともなご令息はグレーテ様の馴れ馴れしい態度に眉をひそめ、避けていたようですけれど。
貴方はすぐにグレーテ様と親しくなられましたね。そうして、常に彼女をそばへ置くようになりました。
それを遠回しに諫めた私に対して、貴方はひどく怒りましたね。
他の女性を寵愛なさるのは別に構わないのです。私、夫に側室を認めないほど狭量ではございません。
ですが、王太子殿下が婚約者でもない女性を伴い、人目もはばからず身体を寄せ合う姿を晒すのは……まともな貴族なら誰だって、お止めするべきと考えるでしょう。
私だけではなく側近たちもお諫め申し上げましたが、貴方は耳を貸すどころか彼らを解雇しましたね。
そうして、耳当たりの良いことだけを述べる令息たちを側近としてお召しになりました。グレーテ様は彼らとも仲が良かったと聞いております。噂ですから、真偽は分かりませんけれど。
そうして迎えた国王陛下の誕生パーティで、貴方は婚約者たる私ではなくグレーテ様をエスコートしながら現れました。私はといえば、エスコートもして頂けず、一人寂しく立っておりましたわ。
そんな私に貴方は突然「クリスティーネ・ローゼンハイン!お前との婚約を破棄する!」と高らかに宣言されました。
何を言われたのか分からず、しばらく呆然と致しましたわ。
百歩譲って、陛下や我が父を説得した上で婚約解消を申し出るのならまだ分かります。
ですが何の事前交渉もなく、しかもこのような公衆の面前で一方的に婚約破棄?今でもあれは本当に起こった事なのかと、記憶を疑いたくなるほどです。
「私に何の罪があるというのでしょう?」と尋ねた私に貴方はこう仰いました。
「とぼけるな!お前は、グレーテに嫉妬して嫌がらせをしていたのだろう?彼女が泣きながら訴えてきたのだ。婚約者がいる身で、彼女を愛してしまった俺にも非はあるだろう。だが、グレーテに醜く嫉妬し、非道な振る舞いをする……そんな人間を、未来の王妃とするわけにはいかない。お前には国外追放を命じる。彼女の前から消え失せろ!」
そもそも私たちの婚約は、王政派の筆頭である我がローゼンハイン侯爵家と王家の結束を高めるために結ばれたものです。
私たちの結婚が成されれば、王政に異を唱える貴族派は大人しくなったでしょう。揺らぎが見え始めた王家の基盤を固めるために、必要なことだったのです。そこに色恋の感情など必要ありません。
いえ、恋愛感情はなくとも、親愛の情はありました。幼い頃から共に学び、長い時間を過ごしてきたのですから。
さらに貴方は「心を入れ替えてグレーテの側近として仕えるなら、国外追放を取り消してやる」なんて仰いましたね。
もちろん、お断り申し上げました。
侯爵令嬢たる私が、男爵家如き生まれの、しかも側室腹の方に仕えるわけにはいきませんもの。
さすがに国王陛下はその場を取り繕おうとしたようですが、王妃様が貴方を後押ししたため、結局は貴方の望み通りとなりました。
王妃様は、昔から長男である貴方を甘やかしていましたものね。それに、彼女は以前から私がお気に召さない様子でした。王妃様の生家であるダールベルク侯爵家は、ローゼンハイン侯爵家とは犬猿の仲。その娘である私よりも、グレーテ様の方が操りやすいとお考えになったのでしょうね。
ですがグレーテ様はとても王太子妃になれるご身分ではありません。そこで貴方は、彼女の養子先をお探しになりましたね。ほとんどの高位貴族から断られたようですけど。
最終的に、貴族派の一人であるリュッケルト伯爵が養子として受け入れることになりました。
貴方は伯爵が心を入れ替えて、王家へ忠誠を示すようになったのだと鼻を膨らませて語っていたらしいですけれど……。その話を聞いたうちの両親は、笑い転げておりましたわ。
貴族派の最先鋒であるリュッケルト伯爵が、そんな簡単に鞍替えすると、本当に信じていらっしゃったのかしら。彼らの目的は、ローゼンハイン侯爵家との不和を加速させ、王家を孤立させる……そんなところでしょう。
そのために、貴方の寵愛を受けるグレーテ様を利用したのでしょうね。いえ、もしかしたら……あの娘が貴方の前に現れたのも、伯爵の策だったかもしれません。
グレーテ様は本当に、男性を魅了する手練手管にだけは長けておられましたもの。娼婦だった母親の影響でしょうか。
あら、もしかして殿下はご存じなかったのかしら。
表向き、彼女の母親は裕福な商家の出ということになっていますけれど、実は高級娼婦だったのですよ。フュルスト男爵は隠していたようですが、そんなこと、ローゼンハイン侯爵家の情報網を以てすればすぐに分かることですわ。
婚約破棄からすぐに、私はお父様から隣国のヴァルツェル辺境伯へ嫁ぐように言われました。国外追放を言い渡された娘を庇いもせず隣国へ追い出したお父様を、貴方は保身しか頭にない冷血漢と嘲笑ったそうですね。
ですがそれは浅慮というもの。お父様の真意は、今後発生するであろう騒乱に、私を巻き込まないためだったのです。
そうそう、出立の前日、グレーテ様はわざわざ私へ会いに来られましたのよ。突然の訪問に驚く私へ、彼女はこう仰いました。
「私の側近にして、こき使ってあげようと思っていたのに残念!聞いたわよ。ヴァルツェル辺境伯領って、すっごい田舎らしいじゃない。しかも辺境伯ってだいぶ年上なんでしょ?そんなおじさんに嫁がされるなんて可哀想~!」
王太子の婚約者ともあろう者が、ずいぶん粗暴な……いえ、庶民的なお言葉遣いだと思いましたわ。あれから王太子妃教育を受けられたようですから、少しは改善なさったのかしら。
噂では、教育を嫌がって逃げてばかりともお聞きしますけれど。
確かに夫となったマリウス・ヴァルツェルは私より12歳年上ですが、若々しくて年の差などは感じませんわ。それに見目麗しい上、身体も引き締まっていて……。顔合わせの日に一目惚れしてしまいました。私、どうやら逞しい殿方が好みだったようですわ。
あら、申し訳ございません。話が逸れてしまいました。
お父様は娼婦の娘へ入れ込む王太子にも、また息子の暴挙を許す国王夫妻にも愛想が尽きたようです。今後王家に何があっても関与しない、と申しております。
貴方は自らの基盤を、自らの手で壊してしまったのです。それは紛れもなく貴方の選択。
幼い頃の貴方様は、王子殿下としてそれなりの理知さをお持ちだったと思っておりますが……。恋とはそこまで人を変えてしまうものなのでしょうか。
いえ、そうまでしても貫きたいほどの愛と出会えたのですから、それはそれで幸せなことなのかもしれません。
王政派筆頭であるローゼンハイン侯爵家が離れたことで、王政派の貴族たちも次々に王家と距離を置いたようですね。
ここぞとばかりに貴族派が力をつけているとか。
残念ながら追放された私には、今そちらがどのような状況にあるか分かりません。そろそろ貴族派の過激な者たちが、実力行使に出ようとする頃ではないかしら。
もしかしたら、反乱軍がもうそこまで来ているかもしれませんね。
元婚約者として、最後にご助言申し上げますわ。
彼らに全面降伏をなさいませ。
全ての要求を受け入れ、王家の持つ財産をすべて民へ解放すれば……命くらいは助けてもらえるかもしれません。
自尊心の高い貴方に、それがお出来になるかどうかは分かりませんけれど。
それではごきげんよう、アレクシス殿下。
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