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番外編~ side. クリスティーナ
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クリスティーナにとって、この世界は常に優しいものであった。
愛らしい容姿と素直な性格を持つ彼女は、いつも周囲から愛される。ちょっとくらいの我が儘なら許されたし、泣けば誰かが慰めてくれた。
幼いころ、友人を突き飛ばして怪我をさせてしまったことがある。クリスティーナに悪気はなかった。本当になんとなく、そうしてみたかっただけなのだ。
友人とその両親に向かって、母親は「ごめんなさいね、子供のした事ですから」と謝っているようで誤っていない態度だったし、クリスティーナは横でニコニコしてるだけだった。表向きは謝罪を受け入れた友人一家だが、裏で散々ファレル子爵親子に対する愚痴をばら撒いたのは言うまでもない。
貴族令嬢として当然の如く、クリスティーナには家庭教師が付けられた。だが彼女はすぐに飽きてしまうため、授業は遅々として進まなかった。なんとか最低限の教養は身についたが、それも教師が苦心惨憺した結果である。
家庭教師の彼女に対する評価は「物覚えは大変よろしいのですが、勉学に対する意欲が全く見受けられません」だった。それを聞いた両親はやる気になれば出来るのだなとポジティブに解釈し、流石は我が娘だと喜んだ。親バカもここまで来ると哀れですらある。
アデラインとクリスティーナは仲が悪かったわけではない。そもそもほとんど別邸にいる姉とクリスティーナが顔を合わせるのは希だったし、ハッキリ言えば興味のない存在だった。
アデラインは学院での成績が大層良いと聞いても、別段どうとも思わなかった。両親の愛情は自分へ向いていたし、そもそも勉強なんかよりお洒落や観劇の方がよっぽど面白いのだから。
ルーファスに対しても同じだ。当初は何とも思っていなかった。
彼は初対面の頃からクリスティーナへの恋慕を隠そうともしなかったけれど、殿方からの熱視線など彼女にとって当たり前のものであったからだ。
だがアシュバートン侯爵がルーファスとアデラインの婚約を決めたと聞いた時は、少しだけ心がざわついた。嫉妬したわけではない。ただ姉の方が優遇されたという事実が気に喰わなかった。
「ルーファス様は本当にクリスティーナ様がお気に入りなのね。アシュバートン侯爵家といえば、オールディス侯爵家と並ぶ名家ですもの。そのご子息に気に入られるなんて、さすがクリスティーナ様ですわ」
「そうかしら?」
「ええ、本当に羨ましいですわ。それに、ルーファス様はあの通り容姿も優れておられますから、美しいクリスティーナ様とお似合いだと思います」
夜会へ出席すると、ルーファスは婚約者そっちのけでクリスティーナへ付き纏う。それを目の当たりにした令嬢たちは、口々に彼女を褒めそやした。
(悪い気はしないわね)
ふわふわとそんな風に思っているうちに、クリスティーナとルーファスの距離はどんどん縮まった。
実のところ、令嬢たちは婚約者のいる身で別の女性を口説こうとするルーファスの言動に、眉を顰めていたのだ。彼女たちの言葉の意味は『頭の軽い貴方には、尻軽男がお似合いね』だったが、クリスティーナはそれに気付かなかった。令嬢たちのことは友人だと思っていたし、言葉の裏に悪意が潜んでいる事など思いも寄らなかったのである。
◆ ◆
アシュバートン侯爵が復帰し、侯爵家から追い出されたクリスティーナは実家へと戻った。ただ元の生活に戻るだけだと彼女は思う。両親はひどく困ったような顔をしていたが、良く分からない。
(ルーファス様との結婚は駄目になったけど、他の方を捜せばいいわ。私を気に入ってくれる殿方はたくさんいるもの)
クリスティーナはいつも通りに、ふわふわとそう考える。
すでに社交界中にアシュバートン侯爵家の醜聞が広まっており、彼女を妻に迎えようとする貴族など誰もいないことなど、今の彼女は知る由もなかった。
愛らしい容姿と素直な性格を持つ彼女は、いつも周囲から愛される。ちょっとくらいの我が儘なら許されたし、泣けば誰かが慰めてくれた。
幼いころ、友人を突き飛ばして怪我をさせてしまったことがある。クリスティーナに悪気はなかった。本当になんとなく、そうしてみたかっただけなのだ。
友人とその両親に向かって、母親は「ごめんなさいね、子供のした事ですから」と謝っているようで誤っていない態度だったし、クリスティーナは横でニコニコしてるだけだった。表向きは謝罪を受け入れた友人一家だが、裏で散々ファレル子爵親子に対する愚痴をばら撒いたのは言うまでもない。
貴族令嬢として当然の如く、クリスティーナには家庭教師が付けられた。だが彼女はすぐに飽きてしまうため、授業は遅々として進まなかった。なんとか最低限の教養は身についたが、それも教師が苦心惨憺した結果である。
家庭教師の彼女に対する評価は「物覚えは大変よろしいのですが、勉学に対する意欲が全く見受けられません」だった。それを聞いた両親はやる気になれば出来るのだなとポジティブに解釈し、流石は我が娘だと喜んだ。親バカもここまで来ると哀れですらある。
アデラインとクリスティーナは仲が悪かったわけではない。そもそもほとんど別邸にいる姉とクリスティーナが顔を合わせるのは希だったし、ハッキリ言えば興味のない存在だった。
アデラインは学院での成績が大層良いと聞いても、別段どうとも思わなかった。両親の愛情は自分へ向いていたし、そもそも勉強なんかよりお洒落や観劇の方がよっぽど面白いのだから。
ルーファスに対しても同じだ。当初は何とも思っていなかった。
彼は初対面の頃からクリスティーナへの恋慕を隠そうともしなかったけれど、殿方からの熱視線など彼女にとって当たり前のものであったからだ。
だがアシュバートン侯爵がルーファスとアデラインの婚約を決めたと聞いた時は、少しだけ心がざわついた。嫉妬したわけではない。ただ姉の方が優遇されたという事実が気に喰わなかった。
「ルーファス様は本当にクリスティーナ様がお気に入りなのね。アシュバートン侯爵家といえば、オールディス侯爵家と並ぶ名家ですもの。そのご子息に気に入られるなんて、さすがクリスティーナ様ですわ」
「そうかしら?」
「ええ、本当に羨ましいですわ。それに、ルーファス様はあの通り容姿も優れておられますから、美しいクリスティーナ様とお似合いだと思います」
夜会へ出席すると、ルーファスは婚約者そっちのけでクリスティーナへ付き纏う。それを目の当たりにした令嬢たちは、口々に彼女を褒めそやした。
(悪い気はしないわね)
ふわふわとそんな風に思っているうちに、クリスティーナとルーファスの距離はどんどん縮まった。
実のところ、令嬢たちは婚約者のいる身で別の女性を口説こうとするルーファスの言動に、眉を顰めていたのだ。彼女たちの言葉の意味は『頭の軽い貴方には、尻軽男がお似合いね』だったが、クリスティーナはそれに気付かなかった。令嬢たちのことは友人だと思っていたし、言葉の裏に悪意が潜んでいる事など思いも寄らなかったのである。
◆ ◆
アシュバートン侯爵が復帰し、侯爵家から追い出されたクリスティーナは実家へと戻った。ただ元の生活に戻るだけだと彼女は思う。両親はひどく困ったような顔をしていたが、良く分からない。
(ルーファス様との結婚は駄目になったけど、他の方を捜せばいいわ。私を気に入ってくれる殿方はたくさんいるもの)
クリスティーナはいつも通りに、ふわふわとそう考える。
すでに社交界中にアシュバートン侯爵家の醜聞が広まっており、彼女を妻に迎えようとする貴族など誰もいないことなど、今の彼女は知る由もなかった。
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