真実の愛も悪くない

藍田ひびき

文字の大きさ
上 下
2 / 5

2. 三度目の正直

しおりを挟む
 時戻りを行った私は14歳に戻っていた。クライドと婚約する前だ。

 一度目と同じようにロートン伯爵家から婚約が持ち込まれたが、断固拒否。
 「あの方とは気が合いませんの。結婚しても不幸になるだけだと思いますわ」と言い張る私に、両親はそこまで相性が悪いのなら……と諦めた。

 その後クライドはとある伯爵家の令嬢と婚約。彼女とは学院で顔見知りだったから、私は時期を見計らってクライドの浮気を教えてあげたわ。伯爵令嬢は怒り心頭で、婚約は速攻で破棄された。伯爵家同士だから婚約解消をごり押しすることも出来なかったみたい。
 さらに元婚約者の父親に圧力を掛けられた貴族や商会から次々と取引を打ち切られ、事業が傾いて青息吐息だそう。いい気味だわ~。

 私はといえば、別の相手――エドガー・ライルズ伯爵令息と婚約した。
 父に頼んで念入りに身辺調査をして貰ったが、問題なし。女性関係についても綺麗なものだ。

「エドガー様には親しい女性はいらっしゃらないですか?」
「そんな人はいないよ」
「馴れ馴れしい幼馴染とか、病弱な従妹がいたりしません?」
「いないよ。ああ、浮気を心配してるのかい?婚約もしていない相手とみだりに親しくするなんて、貴族としてあり得ないだろう」

 エドガーはとても優しかった。頻繁に会いに来てくれるし、贈り物も欠かさない。
 
 前回の婚約者クライドと上手く行かなかったのは、私の方から歩み寄らなかったせいもあるかもしれない。勿論、浮気する奴が悪いのは大前提だけどね。
 だから私は積極的にエドガーと交流を試み、ほんのりとだが彼を慕うようになった。きっと彼も同じように想ってくれているに違いない。今度こそ、幸せな結婚が出来る。そう思っていたのに。


「俺には真実の愛で結ばれた相手がいるんだ。君にはお飾りの妻でいてもらう」
 
 今回の『真実の愛』のお相手はメイドだった。身分違いであることは互いに重々承知していたが、それはむしろ恋を燃え上がらせる材料になったらしい。
 「俺たちの強い愛の前には、身分など些細な問題だ」と恍惚としながら話すエドガーには、怒りを通り越して寒気を覚えたわ。
 
 婚約話が持ち上がったことを知り「私のことなんて忘れて、子爵家のご令嬢と幸せになって下さいませ」と泣きながら訴える彼女に、エドガーは心を打たれたという。

「彼女は慎ましくてか弱い女性だ。俺は生涯、彼女を守ると決めた」

 ばっっかじゃねえの。慎ましい女が勤め先の令息と恋仲になるわけないじゃない。
 そんな分かりやすい演技に騙されるなんて。男って、どうしてこうポンコツばかりなのかしら。

 身辺調査をしても出てこなかったわけだ。二人は家の中でこっそり逢瀬を繰り返していたのだから。
 
「彼女が嫌がるから、お前とは床を共にしない」
「そんな……跡取りはどうするのです?」
「彼女に産んでもらうさ。届け出はお前の子供として出す。次期当主の母親として遇されるんだから、それでいいだろう?」
 
 つまり、夫が愛人といちゃいちゃするのを眺めながら産んでもいない子供を育てろと?
 
「酷すぎます!お義父様に全部お話しします。離縁させてもらうわ!」
「父上も母上も、承知の上だ」

 そもそも、私との婚約を進めたのは義父のライルズ伯爵だった。義父はメイドを愛人として囲うことを認める代わりに、エドガーに私との婚約を吞ませたのだ。
 婚約期間中にエドガーや義両親が優しかったのは、私を逃がさないため。格下の子爵家の娘なら言いなりに出来ると思ったらしい。
 
 このまま一生、お飾りの妻として生きていくのか。私を家族としてすら扱う気のない夫や義両親と共に?
 ……冗談じゃない。そんなお先真っ暗の人生は御免だ。
 
 私はまた、時戻りの時計を使うことを決意した。

 

 そして三度目の14歳。今回の婚約相手であるマーヴィン・ファインズ子爵令息は少し気が弱いし、見た目も地味だが優しい人だ。今度は家中まできっちり調べ上げ、女性関係が全く無いことも確認した。

 ああ、勿論エドガーとクライドは前回同様、婚約者に浮気相手の存在を教えて差し上げたわよ。
 クライドは二度目と同じく、婚約破棄された。
 エドガーの方は結婚したけれど、妻は愛人を認める代わりにライルズ伯爵家の実権を手中に収めたらしい。義両親は領地に追いやり、愛人とクライドは別邸に放り込んだ。本邸には妻の実家の者が入り込み、好き放題やっているとか。したたかな女性だわね。
 二人の女性が不幸になるところを防げたのだから、良いことをしたと思うわ!

 
「今まで、女性に接する機会があまり無くて……。不作法もあるかと思うが許して欲しい」
「経験がないのは私も同じですわ。互いに、気に入らないところは話し合って改善していきましょう」

 私たちはゆっくりと距離を縮め、成人後に無事結婚した。たまに喧嘩することもあるが政略結婚にしては仲の良い方だと思う。ほどなく長男が生まれ、アーサーと名付けた。

「お父さま~、このご本を読んでください」
「駄目よ、アーサー。お父様はお仕事中よ」
「構わないよ、そろそろ休憩しようと思っていたから。おいで、アーサー」

 息子はマーヴィンの膝に飛び乗り、絵本の朗読を嬉しそうに聞いている。
 なんて微笑ましくて幸せな光景だろう。それを眺める私や使用人はニッコニコ、義両親であるファインズ子爵夫妻は孫の愛らしさにデレデレだ。
 
 東方の国には「三度目の正直」という格言があるらしい。
 アーサーはすくすくと育っているし、夫婦仲は良好。義両親とも使用人ともうまくやっている。
 格言の通りだ。私は三度目で、ようやく幸せな結婚を掴めたのよ。
 
 ――そう思っていたのは、私だけだったらしい。
 
「ビアンカ。済まない……離縁して欲しい」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の幼馴染が毎晩のように遊びにくる

ヘロディア
恋愛
数年前、主人公は結婚した。夫とは大学時代から知り合いで、五年ほど付き合った後に結婚を決めた。 正直結構ラブラブな方だと思っている。喧嘩の一つや二つはあるけれど、仲直りも早いし、お互いの嫌なところも受け入れられるくらいには愛しているつもりだ。 そう、あの女が私の前に立ちはだかるまでは…

【完結】潔く私を忘れてください旦那様

なか
恋愛
「子を産めないなんて思っていなかった        君を選んだ事が間違いだ」 子を産めない お医者様に診断され、嘆き泣いていた私に彼がかけた最初の言葉を今でも忘れない 私を「愛している」と言った口で 別れを告げた 私を抱きしめた両手で 突き放した彼を忘れるはずがない…… 1年の月日が経ち ローズベル子爵家の屋敷で過ごしていた私の元へとやって来た来客 私と離縁したベンジャミン公爵が訪れ、開口一番に言ったのは 謝罪の言葉でも、後悔の言葉でもなかった。 「君ともう一度、復縁をしたいと思っている…引き受けてくれるよね?」 そんな事を言われて……私は思う 貴方に返す返事はただ一つだと。

信用してほしければそれ相応の態度を取ってください

haru.
恋愛
突然、婚約者の側に見知らぬ令嬢が居るようになった。両者共に恋愛感情はない、そのような関係ではないと言う。 「訳があって一緒に居るだけなんだ。どうか信じてほしい」 「ではその事情をお聞かせください」 「それは……ちょっと言えないんだ」 信じてと言うだけで何も話してくれない婚約者。信じたいけど、何をどう信じたらいいの。 二人の行動は更にエスカレートして周囲は彼等を秘密の関係なのではと疑い、私も婚約者を信じられなくなっていく。

婚約破棄ですか???実家からちょうど帰ってこいと言われたので好都合です!!!これからは復讐をします!!!~どこにでもある普通の令嬢物語~

tartan321
恋愛
婚約破棄とはなかなか考えたものでございますね。しかしながら、私はもう帰って来いと言われてしまいました。ですから、帰ることにします。これで、あなた様の口うるさい両親や、その他の家族の皆様とも顔を合わせることがないのですね。ラッキーです!!! 壮大なストーリーで奏でる、感動的なファンタジーアドベンチャーです!!!!!最後の涙の理由とは??? 一度完結といたしました。続編は引き続き書きたいと思いますので、よろしくお願いいたします。

許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました

結城芙由奈 
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください> 私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

だからもう…

詩織
恋愛
ずっと好きだった人に告白してやっと付き合えることになったのに、彼はいつも他の人といる。

私のことが大嫌いらしい婚約者に婚約破棄を告げてみた結果。

夢風 月
恋愛
 カルディア王国公爵家令嬢シャルロットには7歳の時から婚約者がいたが、何故かその相手である第二王子から酷く嫌われていた。  顔を合わせれば睨まれ、嫌味を言われ、周囲の貴族達からは哀れみの目を向けられる日々。  我慢の限界を迎えたシャルロットは、両親と国王を脅……説得して、自分たちの婚約を解消させた。  そしてパーティーにて、いつものように冷たい態度をとる婚約者にこう言い放つ。 「私と殿下の婚約は解消されました。今までありがとうございました!」  そうして笑顔でパーティー会場を後にしたシャルロットだったが……次の日から何故か婚約を解消したはずのキースが家に押しかけてくるようになった。 「なんで今更元婚約者の私に会いに来るんですか!?」 「……好きだからだ」 「……はい?」  いろんな意味でたくましい公爵令嬢と、不器用すぎる王子との恋物語──。 ※タグをよくご確認ください※

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

処理中です...