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2. 悪役令嬢は聖女と出会う
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病から回復した私は、聖女の召還が成功したと聞かされた。
この王都には現在、流行病が蔓延している。私が罹ったのもそれだ。この世界の医術や治癒魔法では追いつかず、聖女に頼ろうとしたらしい。
私が記憶を思い出したことと、彼女の召還は関連があるのかもしれないわね。
程なく聖女愛菜は貴族学院へ入学した。グラウン子爵家が彼女の身元引受人となり、貴族としての教養を学ばせることになったのだ。
ライナルトから、私は愛菜を紹介された。
召還に立ち会い、それからずっと彼女の世話を焼いていたライナルトは既に愛菜とかなり親しくなっている。
確か小説だと、カサンドラは婚約者と親しげにしている愛菜に嫉妬して暴言を吐き、ライナルトから叱責されるのよね。それをきっかけに、ライナルトの心は徐々にカサンドラから離れていってしまう。
カサンドラの怒りは当然だと思うけれど。
婚約者の腕に他の女がしがみついているのだもの。曲がりなりにも王族がむやみに女性と触れるのは駄目でしょうに。
聖女だってそう。いくら不安でも、そこまでひっつく必要ある?
私は内心で雑言をまき散らしつつ、にこやかに話しかけた。
「あなたが愛菜様?私はカサンドラ・ヴェンデル。よろしくね」
「は、はい、カサンドラ様!宜しくお願いしみゃす!痛っ」
舌を噛んでしまったらしい。
「カサンドラ様がすごく綺麗だから、緊張しちゃって」とテヘヘと笑う愛菜。ライナルトはそんな彼女を眺めて「本当にドジだね、愛菜は」なんて笑っている。
あざとい女だこと。
それに引っかかるライナルトもチョロ過ぎやしないかしら。今度からチョロ王子と呼ばせて貰うわ。
それから愛菜は、あっという間に学院へ馴染んだ。
人気者の彼女はいつも人に囲まれている。その中でも常に愛菜の傍にいるのが、王太子の一団だ。
ライナルト王太子に騎士団長の息子アレクシス、宰相の息子ハインツ、魔導師団長の息子ルドルフ。それに私の弟、ローラント。彼らは愛菜へ熱い視線を送り、彼女の側へ侍っていた。まるで聖女の守護騎士の如く。
この世界では珍しい黒髪の美少女を囲むきらきらしい一団は、いつも注目の的だ。
愛菜のような人間は、前世にもいた。
その場にいるだけで自然と人々を引きつけ、魅了してしまう存在。
私にとっては珍しくも何ともない。
芸能界とは、そういう人間がしのぎを削っている場所なのだから。
現世なら愛菜はトップアイドルになれたかもしれない。
……いいえ、そうでもないわね。彼女みたいにファンへ軽々しくスキンシップをするなんて、三流アイドルのすることよ。
「相談とは何だ、カサンドラ。俺は忙しいのだ。手短に」
私は父、ヴェンデル侯爵に相談があると伝えて時間を取って貰った。
小説のカサンドラは父親の事を嫌っていた。いや、恨んでいたと言った方が正しいかもしれない。
この男は権力と家の繁栄にしか興味がないのだ。
母亡き後、カサンドラはこの生物学上の父に優しい言葉ひとつ掛けて貰ったことはない。娘は駒の一つくらいにしか思っていないのだろう。だから主人公に敗北したカサンドラを、あっさり切り捨てるのだ。
だが今の私は、この男を嫌いではない。情に薄い徹底的なリアリスト。それは前世の私とよく似ている。
「暗部を数人、貸して欲しいのです」
「理由を」
「聖女の噂は、お父様のお耳にも届いているのではなくて?」
「ふむ……」
父は顎に手を当て、少しの間考えを巡らせていた。
暗部とは、我が家に仕える裏仕事専門の部隊。王家の保持する影と似たようなものだ。
主な仕事は諜報や監視だが、時には暗殺を手がけることもある。
聖女愛菜とランベルトの噂は、学院の生徒たちを通してその親にも伝わっている。娘を王妃にしたい父にとっては、鬱陶しい話に違いない。今は学生の間の火遊びだと思って静観しているのだろうが。
「良かろう。分かっていると思うが、尻尾を捕まれるような真似はするな」
「ほほほ、勿論ですわ」
この王都には現在、流行病が蔓延している。私が罹ったのもそれだ。この世界の医術や治癒魔法では追いつかず、聖女に頼ろうとしたらしい。
私が記憶を思い出したことと、彼女の召還は関連があるのかもしれないわね。
程なく聖女愛菜は貴族学院へ入学した。グラウン子爵家が彼女の身元引受人となり、貴族としての教養を学ばせることになったのだ。
ライナルトから、私は愛菜を紹介された。
召還に立ち会い、それからずっと彼女の世話を焼いていたライナルトは既に愛菜とかなり親しくなっている。
確か小説だと、カサンドラは婚約者と親しげにしている愛菜に嫉妬して暴言を吐き、ライナルトから叱責されるのよね。それをきっかけに、ライナルトの心は徐々にカサンドラから離れていってしまう。
カサンドラの怒りは当然だと思うけれど。
婚約者の腕に他の女がしがみついているのだもの。曲がりなりにも王族がむやみに女性と触れるのは駄目でしょうに。
聖女だってそう。いくら不安でも、そこまでひっつく必要ある?
私は内心で雑言をまき散らしつつ、にこやかに話しかけた。
「あなたが愛菜様?私はカサンドラ・ヴェンデル。よろしくね」
「は、はい、カサンドラ様!宜しくお願いしみゃす!痛っ」
舌を噛んでしまったらしい。
「カサンドラ様がすごく綺麗だから、緊張しちゃって」とテヘヘと笑う愛菜。ライナルトはそんな彼女を眺めて「本当にドジだね、愛菜は」なんて笑っている。
あざとい女だこと。
それに引っかかるライナルトもチョロ過ぎやしないかしら。今度からチョロ王子と呼ばせて貰うわ。
それから愛菜は、あっという間に学院へ馴染んだ。
人気者の彼女はいつも人に囲まれている。その中でも常に愛菜の傍にいるのが、王太子の一団だ。
ライナルト王太子に騎士団長の息子アレクシス、宰相の息子ハインツ、魔導師団長の息子ルドルフ。それに私の弟、ローラント。彼らは愛菜へ熱い視線を送り、彼女の側へ侍っていた。まるで聖女の守護騎士の如く。
この世界では珍しい黒髪の美少女を囲むきらきらしい一団は、いつも注目の的だ。
愛菜のような人間は、前世にもいた。
その場にいるだけで自然と人々を引きつけ、魅了してしまう存在。
私にとっては珍しくも何ともない。
芸能界とは、そういう人間がしのぎを削っている場所なのだから。
現世なら愛菜はトップアイドルになれたかもしれない。
……いいえ、そうでもないわね。彼女みたいにファンへ軽々しくスキンシップをするなんて、三流アイドルのすることよ。
「相談とは何だ、カサンドラ。俺は忙しいのだ。手短に」
私は父、ヴェンデル侯爵に相談があると伝えて時間を取って貰った。
小説のカサンドラは父親の事を嫌っていた。いや、恨んでいたと言った方が正しいかもしれない。
この男は権力と家の繁栄にしか興味がないのだ。
母亡き後、カサンドラはこの生物学上の父に優しい言葉ひとつ掛けて貰ったことはない。娘は駒の一つくらいにしか思っていないのだろう。だから主人公に敗北したカサンドラを、あっさり切り捨てるのだ。
だが今の私は、この男を嫌いではない。情に薄い徹底的なリアリスト。それは前世の私とよく似ている。
「暗部を数人、貸して欲しいのです」
「理由を」
「聖女の噂は、お父様のお耳にも届いているのではなくて?」
「ふむ……」
父は顎に手を当て、少しの間考えを巡らせていた。
暗部とは、我が家に仕える裏仕事専門の部隊。王家の保持する影と似たようなものだ。
主な仕事は諜報や監視だが、時には暗殺を手がけることもある。
聖女愛菜とランベルトの噂は、学院の生徒たちを通してその親にも伝わっている。娘を王妃にしたい父にとっては、鬱陶しい話に違いない。今は学生の間の火遊びだと思って静観しているのだろうが。
「良かろう。分かっていると思うが、尻尾を捕まれるような真似はするな」
「ほほほ、勿論ですわ」
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