131 / 166
第二章 試験編
幕間8. 砂上で蠢くモノ
しおりを挟む
「ただいま戻りました、父上」
「うむ」
向かいに座るデルーゼ国王、つまり僕の父上が鷹揚に答えた。横に侍った女が手にしたウチワで父上を扇いでいる。
ええと……あれは第17夫人、いや第19夫人だったっけ?最近、父上がお気に入りの側室だ。
父上の好みは、目がぱっちりとしていて胸の大きい女性だ。僕の母上もそうだけど、他の側室たちも似たようなタイプなので覚えきれない。
まあ、単に僕が興味無いから覚えられないだけかもしれないけどね。
「エルヴスはどうであった。ゼナイドは大事にされておったか?」
「はい。夫のシニャック公爵とはとても仲が良い様子でした」
「それは重畳。エルヴス側は約定を守っているようだな」
デルーゼでのみ算出される油石は、火を起こす原料としてどの国も欲しがる。大国エルヴスとの取引はこちらにも利があるけれど、両国の橋渡しの証である姉上が粗略に扱われるようなら、父上は輸出停止も辞さないだろう。我がアシャール王家を低く見る者には容赦をしない人なのだ。
「お前を襲った狼藉者とその一派はすべて処刑した。怪我がなかったのは幸いだ。旅の精霊士とやらに助力を得たらしいな?」
「はい!その件をお話ししたくて」
僕はアニエスの事を話した。彼女がラングラルから来たこと、小精霊士を目指していること。
「彼女を我が国へ招いてもいいでしょう?国賓として」
「お前が恩を受けた相手だ。個人的に招くのは構わんが、それほどの扱いをする必要があるか?礼状と、何かしらの品を送っておけば良いだろう」
それじゃ駄目だ。
アニエスはラングラルの王子と婚約したと聞いた。デルーゼへ正式に招待して、僕の方が王子として上だってことを見せつけてやるんだ。その変わり者とやらの婚約者から、アニエスを救いたい。
「彼女の師匠はシャンタルっていう、大精霊士なんです。噂ではすっごい美人らしいですよ。アニエスと一緒に招待したら如何でしょう」
「ほう。その名は聞いたことがある」
父上が身を乗り出した。
「ふむ。大国といえど、大精霊士を保有している国は少ない。我が国へ招致できればかなりの利になるな」
「でしょう?」
よし、手応えありだ。
父上は美女に目がないからなあ。シャンタル大精霊士の名を出したのは正解だった。
陛下の元を辞した僕はホクホクと廊下を歩いていた。
アニエスが来たら、盛大に歓迎の宴を開くんだ。服も宝石も、美味しい食べ物もたくさん用意しよう。ラングラルなんて小国より、僕のところにいる方が豊かな暮らしができるって気付かせなきゃ!
「イヴォン様」
「ん?ああ、シビーユか」
話しかけてきたのは僕の婚約者たちだった。どれも家臣の娘で、その中でも大臣の娘であるシビーユは婚約者筆頭である。
「道中賊に襲われたと聞いて、気が気ではありませんでした。ご無事なお顔を拝見できて嬉しゅうございます」
さも心配しましたと言いたげな表情が、逆に苛つく。媚びているのが見え見えなんだよ。
「用はそれだけ?」
「よろしければ、旅の話などお聞かせ頂きたく。お茶と、殿下のお好きなお菓子も用意してございます」
「断る。お前たちに話すことなんか無いよ。僕は母上のところに行きたいんだ」
「まあ……」
シビーユとその後ろの婚約者たちが、泣きそうな顔になった。本当に鬱陶しい。いい気分だったのに、台無しじゃないか。
「イヴォン。婚約者に対してその態度はなんですか」
「母上」
騒ぎを聞きつけたのか、母上が顔を出した。「後でそちらへ行かせますからね」と婚約者たちをなだめ、僕を自室へ招き入れる。
「ねえ、イヴォン。女性にはもう少し優しく接しなければ駄目よ。陛下はどの側室にもお優しいわ。立派な殿方とはそうあるべきなのよ」
「だって、あいつらはいっつも僕につきまとってくるんだもの。他に楽しみは無いのかって思うくらい」
口を尖らせた僕に、母上は優しく話しかけた。
「彼女たちは貴方を慕っているから、寵を得ようと必死なのよ。さ、もう機嫌を直しなさいな。ちょうどマルシャンが来ているの。何でも好きなものを買ってあげるわ」
「えっ、マルシャンが来てるの!?」
マルシャンは最近王宮へ出入りするようになった商人だ。若い頃は他国を周遊していたとかで、珍しい話をたくさん知っている。持ってくる品も他の商人とは一風変わっていて、僕のお気に入りだ。
「お久しぶりでございます、イヴォン様」
「マルシャン、久しぶり!早速だけどさ、若い女の子が喜びそうな品はない?」
「婚約者様に贈り物ですかな?」
「ううん。旅先で出会った娘なんだ。ラングラルから来た精霊士でね。ちょっと変わった品の方がいいと思うんだよ」
「ほほう、ラングラルの精霊士?それは興味深い」
マルシャンの目が光った。
「聞きたい?」
「はい、殿下がお嫌でなければ是非」
興味津々のようだ。商売ネタを探してるのかもしれない。なかなかの遣り手商人だからね、こいつは。
僕は喜々として、彼へアニエスの話をしてやった。
※ 次回更新より、第三章 砂漠の花嫁編を開始します。
「うむ」
向かいに座るデルーゼ国王、つまり僕の父上が鷹揚に答えた。横に侍った女が手にしたウチワで父上を扇いでいる。
ええと……あれは第17夫人、いや第19夫人だったっけ?最近、父上がお気に入りの側室だ。
父上の好みは、目がぱっちりとしていて胸の大きい女性だ。僕の母上もそうだけど、他の側室たちも似たようなタイプなので覚えきれない。
まあ、単に僕が興味無いから覚えられないだけかもしれないけどね。
「エルヴスはどうであった。ゼナイドは大事にされておったか?」
「はい。夫のシニャック公爵とはとても仲が良い様子でした」
「それは重畳。エルヴス側は約定を守っているようだな」
デルーゼでのみ算出される油石は、火を起こす原料としてどの国も欲しがる。大国エルヴスとの取引はこちらにも利があるけれど、両国の橋渡しの証である姉上が粗略に扱われるようなら、父上は輸出停止も辞さないだろう。我がアシャール王家を低く見る者には容赦をしない人なのだ。
「お前を襲った狼藉者とその一派はすべて処刑した。怪我がなかったのは幸いだ。旅の精霊士とやらに助力を得たらしいな?」
「はい!その件をお話ししたくて」
僕はアニエスの事を話した。彼女がラングラルから来たこと、小精霊士を目指していること。
「彼女を我が国へ招いてもいいでしょう?国賓として」
「お前が恩を受けた相手だ。個人的に招くのは構わんが、それほどの扱いをする必要があるか?礼状と、何かしらの品を送っておけば良いだろう」
それじゃ駄目だ。
アニエスはラングラルの王子と婚約したと聞いた。デルーゼへ正式に招待して、僕の方が王子として上だってことを見せつけてやるんだ。その変わり者とやらの婚約者から、アニエスを救いたい。
「彼女の師匠はシャンタルっていう、大精霊士なんです。噂ではすっごい美人らしいですよ。アニエスと一緒に招待したら如何でしょう」
「ほう。その名は聞いたことがある」
父上が身を乗り出した。
「ふむ。大国といえど、大精霊士を保有している国は少ない。我が国へ招致できればかなりの利になるな」
「でしょう?」
よし、手応えありだ。
父上は美女に目がないからなあ。シャンタル大精霊士の名を出したのは正解だった。
陛下の元を辞した僕はホクホクと廊下を歩いていた。
アニエスが来たら、盛大に歓迎の宴を開くんだ。服も宝石も、美味しい食べ物もたくさん用意しよう。ラングラルなんて小国より、僕のところにいる方が豊かな暮らしができるって気付かせなきゃ!
「イヴォン様」
「ん?ああ、シビーユか」
話しかけてきたのは僕の婚約者たちだった。どれも家臣の娘で、その中でも大臣の娘であるシビーユは婚約者筆頭である。
「道中賊に襲われたと聞いて、気が気ではありませんでした。ご無事なお顔を拝見できて嬉しゅうございます」
さも心配しましたと言いたげな表情が、逆に苛つく。媚びているのが見え見えなんだよ。
「用はそれだけ?」
「よろしければ、旅の話などお聞かせ頂きたく。お茶と、殿下のお好きなお菓子も用意してございます」
「断る。お前たちに話すことなんか無いよ。僕は母上のところに行きたいんだ」
「まあ……」
シビーユとその後ろの婚約者たちが、泣きそうな顔になった。本当に鬱陶しい。いい気分だったのに、台無しじゃないか。
「イヴォン。婚約者に対してその態度はなんですか」
「母上」
騒ぎを聞きつけたのか、母上が顔を出した。「後でそちらへ行かせますからね」と婚約者たちをなだめ、僕を自室へ招き入れる。
「ねえ、イヴォン。女性にはもう少し優しく接しなければ駄目よ。陛下はどの側室にもお優しいわ。立派な殿方とはそうあるべきなのよ」
「だって、あいつらはいっつも僕につきまとってくるんだもの。他に楽しみは無いのかって思うくらい」
口を尖らせた僕に、母上は優しく話しかけた。
「彼女たちは貴方を慕っているから、寵を得ようと必死なのよ。さ、もう機嫌を直しなさいな。ちょうどマルシャンが来ているの。何でも好きなものを買ってあげるわ」
「えっ、マルシャンが来てるの!?」
マルシャンは最近王宮へ出入りするようになった商人だ。若い頃は他国を周遊していたとかで、珍しい話をたくさん知っている。持ってくる品も他の商人とは一風変わっていて、僕のお気に入りだ。
「お久しぶりでございます、イヴォン様」
「マルシャン、久しぶり!早速だけどさ、若い女の子が喜びそうな品はない?」
「婚約者様に贈り物ですかな?」
「ううん。旅先で出会った娘なんだ。ラングラルから来た精霊士でね。ちょっと変わった品の方がいいと思うんだよ」
「ほほう、ラングラルの精霊士?それは興味深い」
マルシャンの目が光った。
「聞きたい?」
「はい、殿下がお嫌でなければ是非」
興味津々のようだ。商売ネタを探してるのかもしれない。なかなかの遣り手商人だからね、こいつは。
僕は喜々として、彼へアニエスの話をしてやった。
※ 次回更新より、第三章 砂漠の花嫁編を開始します。
1
お気に入りに追加
177
あなたにおすすめの小説
【本編完結】ただの平凡令嬢なので、姉に婚約者を取られました。
138ネコ@書籍化&コミカライズしました
ファンタジー
「誰にも出来ないような事は求めないから、せめて人並みになってくれ」
お父様にそう言われ、平凡になるためにたゆまぬ努力をしたつもりです。
賢者様が使ったとされる神級魔法を会得し、復活した魔王をかつての勇者様のように倒し、領民に慕われた名領主のように領地を治めました。
誰にも出来ないような事は、私には出来ません。私に出来るのは、誰かがやれる事を平凡に努めてきただけ。
そんな平凡な私だから、非凡な姉に婚約者を奪われてしまうのは、仕方がない事なのです。
諦めきれない私は、せめて平凡なりに仕返しをしてみようと思います。
わがまま姉のせいで8歳で大聖女になってしまいました
ぺきぺき
ファンタジー
ルロワ公爵家の三女として生まれたクリスローズは聖女の素質を持ち、6歳で教会で聖女の修行を始めた。幼いながらも修行に励み、周りに応援されながら頑張っていたある日突然、大聖女をしていた10歳上の姉が『妊娠したから大聖女をやめて結婚するわ』と宣言した。
大聖女資格があったのは、その時まだ8歳だったクリスローズだけで…。
ー---
全5章、最終話まで執筆済み。
第1章 6歳の聖女
第2章 8歳の大聖女
第3章 12歳の公爵令嬢
第4章 15歳の辺境聖女
第5章 17歳の愛し子
権力のあるわがまま女に振り回されながらも健気にがんばる女の子の話を書いた…はず。
おまけの後日談投稿します(6/26)。
番外編投稿します(12/30-1/1)。
作者の別作品『人たらしヒロインは無自覚で魔法学園を改革しています』の隣の国の昔のお話です。
婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ!
タヌキ汁
ファンタジー
国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。
これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断
Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。
23歳の公爵家当主ジークヴァルト。
年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。
ただの女友達だと彼は言う。
だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。
彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。
また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。
エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。
覆す事は出来ない。
溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。
そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。
二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。
これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。
エルネスティーネは限界だった。
一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。
初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。
だから愛する男の前で死を選ぶ。
永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。
矛盾した想いを抱え彼女は今――――。
長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。
センシティブな所へ触れるかもしれません。
これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。
【完結】婚約破棄されて修道院へ送られたので、今後は自分のために頑張ります!
猫石
ファンタジー
「ミズリーシャ・ザナスリー。 公爵の家門を盾に他者を蹂躙し、悪逆非道を尽くしたお前の所業! 決して許してはおけない! よって我がの名の元にお前にはここで婚約破棄を言い渡す! 今後は修道女としてその身を神を捧げ、生涯後悔しながら生きていくがいい!」
無実の罪を着せられた私は、その瞬間に前世の記憶を取り戻した。
色々と足りない王太子殿下と婚約破棄でき、その後の自由も確約されると踏んだ私は、意気揚々と王都のはずれにある小さな修道院へ向かったのだった。
注意⚠️このお話には、妊娠出産、新生児育児のお話がバリバリ出てきます。(訳ありもあります)お嫌いな方は自衛をお願いします!
2023/10/12 作者の気持ち的に、断罪部分を最後の番外にしました。
2023/10/31第16回ファンタジー小説大賞奨励賞頂きました。応援・投票ありがとうございました!
☆このお話は完全フィクションです、創作です、妄想の作り話です。現実世界と混同せず、あぁ、ファンタジーだもんな、と、念頭に置いてお読みください。
☆作者の趣味嗜好作品です。イラッとしたり、ムカッとしたりした時には、そっと別の素敵な作家さんの作品を検索してお読みください。(自己防衛大事!)
☆誤字脱字、誤変換が多いのは、作者のせいです。頑張って音読してチェックして!頑張ってますが、ごめんなさい、許してください。
★小説家になろう様でも公開しています。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
虐げられた令嬢、ペネロペの場合
キムラましゅろう
ファンタジー
ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。
幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。
父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。
まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。
可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。
1話完結のショートショートです。
虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい……
という願望から生まれたお話です。
ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。
R15は念のため。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる