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第二章 試験編
103. 贈り物(2)
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「あー、疲れた」
ようやくドレス選びが終わり、私たちはジェラルドの私室へ戻った。向かい合うソファに座った彼がメイドに命じてお茶を用意させる。
あの後「どうせなら他にも何着か作ったらどうだ?この先、社交に出る機会が増えるだろうからな」と言われ、結局さらに三着も選ぶ羽目になったのだ。
専門職のパメラは勿論だが、こいつも服装には一家言ある奴だったのを忘れていた。着せかえ人形のように取っ替え引っ替えドレスを着せられて、もうヘロヘロだ。
「美しく装った君を見るのが楽しみだ」
「そりゃどうも。しかし、五着なんてだいぶ散財させたんじゃないか?」
「妻を着飾らせるのは男の甲斐性というものだ。それに、このくらいじゃ足りない。俺はもっともっと君に尽くしたいんだがな」
釣った魚には潤沢に餌を与えるタイプだった。
「そんなに私を甘やかしていいのか?高価い宝石や服をねだるようになったらどうする」
「構わん。君が俺に甘えてくれるのならば、全力でそれに応えよう」
私を見つめる瞳がどこまでも優しく、どこまでも熱い。
嘘を言っている目ではない。私が欲しいと言えば何でもやってのけそうな勢いである。
そんなに甘やかされたら、駄目人間になってしまいそう。
「それと、もう一つ話があってな」
ジェラルドは座り直して、こちらを真っ直ぐに見据えた。
「近々、俺は王族から抜けて公爵位を賜ることになった」
「公爵?」
「ああ。それに加えて、アニエスの後見人となる」
私とジェラルド、つまり公爵夫妻がアニエスの後ろ盾になるということだ。相手が公爵家となれば、彼女を養女にと狙っていた二大侯爵家は引き下がるしかない。
王妃様が仰っていたのは、この事だったのか。
「異存はあるか?」
「有るわけがない」
これで、あの侯爵夫人たちの争いにアニエスを巻き込まなくて済む。
「助かるよ。お前にはまた手間をかけさせてしまうな」
「なに、元々アルフレッドの即位に合わせて臣籍に下る予定だったのだ。それが少し早まっただけのことだ。それに、アニエスは君の娘のようなものだろう?ならば、俺にとっても娘同然だ」
そんな風に思っていてくれたのか。
胸がほんのりと温かくなる。ドレスより何より、その気持ちが嬉しい。
「ありがとう、ジェラルド」
「礼なら、こっちがいいな」
彼がトントンと手でソファの座面を叩いた。隣に座れ、ということだ。
左隣に腰を下ろした私は、そのままぐいと抱き寄せられた。
「義姉上から聞いた。済まない。俺のせいで、不快な思いをさせてしまった」
ジェラルド親衛隊とやらが私に言いがかりを付けてきた件のことだ。あれからメイドたちは下働きに降格。女性職員は別部署へ左遷されたそうだ。
「彼女は優秀な部下だったが……。まさか、そのような愚行に及ぶとは思わなかった」
「優秀な職員なら、ほとぼりが冷めた頃に元へ戻せばいいんじゃないか?私は気にしないよ」
「それでは示しが付かん。何より君に対して暴言を吐いた者を、俺自身が許せない」
その目に厳しい光が宿った。
女性が相手だから多少は寛容になるかと思ったが、そうでもないらしい。
憧れの”殿下”に嫌われてしまったと聞いたら彼女たちはどんな顔をするかな。
いい気味だ。
気にしないとは言ったが、怒ってないとは言ってない。
「てっきり、お前が手を付けた女かと思ったよ」
ちょっと意地悪したくなって、そう言ってみた。
「そんなわけないだろう!俺は君一筋だといつも……」
「本当かなあ~?」
「本当だとも。ああ、もう。どう伝えれば信じてくれるんだ」
あたふたとするジェラルド。
その顔を見たら溜飲が下がった。このくらいにしておくか。
「そういう事にしといてやるよ。ま、仮に浮気が真だっだとしても、あんな小娘に負けるつもりはないけどな」
「……男前だな、我が婚約者殿は」と笑って、ジェラルドは私の額に口付けを落とした。
ようやくドレス選びが終わり、私たちはジェラルドの私室へ戻った。向かい合うソファに座った彼がメイドに命じてお茶を用意させる。
あの後「どうせなら他にも何着か作ったらどうだ?この先、社交に出る機会が増えるだろうからな」と言われ、結局さらに三着も選ぶ羽目になったのだ。
専門職のパメラは勿論だが、こいつも服装には一家言ある奴だったのを忘れていた。着せかえ人形のように取っ替え引っ替えドレスを着せられて、もうヘロヘロだ。
「美しく装った君を見るのが楽しみだ」
「そりゃどうも。しかし、五着なんてだいぶ散財させたんじゃないか?」
「妻を着飾らせるのは男の甲斐性というものだ。それに、このくらいじゃ足りない。俺はもっともっと君に尽くしたいんだがな」
釣った魚には潤沢に餌を与えるタイプだった。
「そんなに私を甘やかしていいのか?高価い宝石や服をねだるようになったらどうする」
「構わん。君が俺に甘えてくれるのならば、全力でそれに応えよう」
私を見つめる瞳がどこまでも優しく、どこまでも熱い。
嘘を言っている目ではない。私が欲しいと言えば何でもやってのけそうな勢いである。
そんなに甘やかされたら、駄目人間になってしまいそう。
「それと、もう一つ話があってな」
ジェラルドは座り直して、こちらを真っ直ぐに見据えた。
「近々、俺は王族から抜けて公爵位を賜ることになった」
「公爵?」
「ああ。それに加えて、アニエスの後見人となる」
私とジェラルド、つまり公爵夫妻がアニエスの後ろ盾になるということだ。相手が公爵家となれば、彼女を養女にと狙っていた二大侯爵家は引き下がるしかない。
王妃様が仰っていたのは、この事だったのか。
「異存はあるか?」
「有るわけがない」
これで、あの侯爵夫人たちの争いにアニエスを巻き込まなくて済む。
「助かるよ。お前にはまた手間をかけさせてしまうな」
「なに、元々アルフレッドの即位に合わせて臣籍に下る予定だったのだ。それが少し早まっただけのことだ。それに、アニエスは君の娘のようなものだろう?ならば、俺にとっても娘同然だ」
そんな風に思っていてくれたのか。
胸がほんのりと温かくなる。ドレスより何より、その気持ちが嬉しい。
「ありがとう、ジェラルド」
「礼なら、こっちがいいな」
彼がトントンと手でソファの座面を叩いた。隣に座れ、ということだ。
左隣に腰を下ろした私は、そのままぐいと抱き寄せられた。
「義姉上から聞いた。済まない。俺のせいで、不快な思いをさせてしまった」
ジェラルド親衛隊とやらが私に言いがかりを付けてきた件のことだ。あれからメイドたちは下働きに降格。女性職員は別部署へ左遷されたそうだ。
「彼女は優秀な部下だったが……。まさか、そのような愚行に及ぶとは思わなかった」
「優秀な職員なら、ほとぼりが冷めた頃に元へ戻せばいいんじゃないか?私は気にしないよ」
「それでは示しが付かん。何より君に対して暴言を吐いた者を、俺自身が許せない」
その目に厳しい光が宿った。
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いい気味だ。
気にしないとは言ったが、怒ってないとは言ってない。
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ちょっと意地悪したくなって、そう言ってみた。
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「本当かなあ~?」
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