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第二章 試験編
82. 悪意の理由 ◇
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「おかげで体調が良くなりましたわ」
「さすがは大精霊士のお弟子様だ。本当に感謝しますぞ、アニエス殿」
翌日、私は自作のお守りをゼナイド様にお渡しした。お守りには精霊石のかけらを使った結界術がかけてある。
それを常に枕元に置くこと、あとは部屋に日光を入れて、時々換気するようにとお伝えした。
あの人形は、魔石の袋を抜いた上で縫い直してお返ししてある。魔石が無くなったのでもう大丈夫とは思うけれど、魔霊の残滓が残っていることを考えてお守りを渡したのだ。あとはお日様の光と新鮮な空気があれば、部屋の淀みは浄化されるだろう。
よく眠れるようになったと仰るゼナイド様の顔色は、だいぶ良くなっていた。怖がらせるといけないから魔石のことはまだお話していない。
それを仕込んだ者も、その意図も分からない以上、無闇なことは言えないもの。でも……何とかしないと。私がいなくなった後に、また同じような罠を仕込まれるかもしれない。
「ふう……」
そんなことをつらつらと考えながら、自分の部屋に入った途端。
あの悪寒がした。
背筋がぞわぞわとするこの感覚、間違いない。
どういうこと!?あの魔石は壊したはず……。
机の上に、見慣れぬ人形が置いてあることに気が付いた。朝にはこんなもの、無かったはず。
メイドさんに聞いてみたところ「先ほど、イザベル奥様が持って来られたものです。ゼナイド奥様に贈った人形をアニエス様がお気に入られたと聞かれたようで、『嬉しい、よろしければ同じものを贈りたい』と仰って」と答えた。
ゼナイド様の部屋にあったのものとよく似た、女の子を模した人形だ。スカートをめくってみたが中に縫い目はない。ひっくり返して矯めつ眇めつ調べる。ぐにぐにと押してみると、人形の頭のところに違和感があった。巧妙に中へ仕込んであるのだ。おそらく、同じものが。
彼女ではないかと疑う思いはあった。もう、間違いない。
「イザベル様、お話があります」
私はニコルさんを伴ってイザベル様の部屋を訪れた。内密の話だからと、侍女さんには退室して貰う。
「あらまあアニエス様。何かご不便なことでもございましたか?」
「いえ、大変良くしていただいて感謝しております。……イザベル様。これに見覚えがありませんか?」
そう言いながら、私は魔石の入った二つの袋をテーブルに置いた。
イザベル様は首を傾げて不思議そうな顔をする。
「イザベル様がお作りになった人形に、入っていたものです」
「私には何のことだか……」
「そうですか。この袋のせいで、ゼナイド様がお身体を壊されたかもしれないのです」
「えっ、そうなの?まさか……。毒でも入っていたのかしら?」
イザベル様は眉一つ動かさず答えた。張り付いたような笑顔で、その目はどろっと濁っている。その反応の無さが、逆に答えを雄弁に語っているように思えた。
「イザベル様に覚えがないのであれば、シニャック公爵にご相談するしかないですね。公爵家に害をなそうとする者が、家の中にいるかもしれないのですから」
「そのような事でアニエス様のお手を煩わせるわけには参りませんわ。家を預かっているのは私とゼナイダ様ですもの。私たちで調べてみますわ」と袋を手に取ろうとするイザベル様の手を、ニコルさんが止める。
「ご無礼申し訳ございません。しかしこの袋の一つは、アニエス様の客室にあったものです。陛下からアニエス様の身をお預かりしている者として、この件を見過ごすことはできません。シニャック公爵に抗議させて頂かねば」
イザベル様の顔が青くなった。
ニコルさんがここぞとばかりに彼女を問いつめる。あれこれと言い訳していたイザベル様だが、ようやく自分が入れたものだと認めた。
「なぜこのような事を?」
「分かり切ったことを聞くのね。……憎いからよ、あの女が」
「さすがは大精霊士のお弟子様だ。本当に感謝しますぞ、アニエス殿」
翌日、私は自作のお守りをゼナイド様にお渡しした。お守りには精霊石のかけらを使った結界術がかけてある。
それを常に枕元に置くこと、あとは部屋に日光を入れて、時々換気するようにとお伝えした。
あの人形は、魔石の袋を抜いた上で縫い直してお返ししてある。魔石が無くなったのでもう大丈夫とは思うけれど、魔霊の残滓が残っていることを考えてお守りを渡したのだ。あとはお日様の光と新鮮な空気があれば、部屋の淀みは浄化されるだろう。
よく眠れるようになったと仰るゼナイド様の顔色は、だいぶ良くなっていた。怖がらせるといけないから魔石のことはまだお話していない。
それを仕込んだ者も、その意図も分からない以上、無闇なことは言えないもの。でも……何とかしないと。私がいなくなった後に、また同じような罠を仕込まれるかもしれない。
「ふう……」
そんなことをつらつらと考えながら、自分の部屋に入った途端。
あの悪寒がした。
背筋がぞわぞわとするこの感覚、間違いない。
どういうこと!?あの魔石は壊したはず……。
机の上に、見慣れぬ人形が置いてあることに気が付いた。朝にはこんなもの、無かったはず。
メイドさんに聞いてみたところ「先ほど、イザベル奥様が持って来られたものです。ゼナイド奥様に贈った人形をアニエス様がお気に入られたと聞かれたようで、『嬉しい、よろしければ同じものを贈りたい』と仰って」と答えた。
ゼナイド様の部屋にあったのものとよく似た、女の子を模した人形だ。スカートをめくってみたが中に縫い目はない。ひっくり返して矯めつ眇めつ調べる。ぐにぐにと押してみると、人形の頭のところに違和感があった。巧妙に中へ仕込んであるのだ。おそらく、同じものが。
彼女ではないかと疑う思いはあった。もう、間違いない。
「イザベル様、お話があります」
私はニコルさんを伴ってイザベル様の部屋を訪れた。内密の話だからと、侍女さんには退室して貰う。
「あらまあアニエス様。何かご不便なことでもございましたか?」
「いえ、大変良くしていただいて感謝しております。……イザベル様。これに見覚えがありませんか?」
そう言いながら、私は魔石の入った二つの袋をテーブルに置いた。
イザベル様は首を傾げて不思議そうな顔をする。
「イザベル様がお作りになった人形に、入っていたものです」
「私には何のことだか……」
「そうですか。この袋のせいで、ゼナイド様がお身体を壊されたかもしれないのです」
「えっ、そうなの?まさか……。毒でも入っていたのかしら?」
イザベル様は眉一つ動かさず答えた。張り付いたような笑顔で、その目はどろっと濁っている。その反応の無さが、逆に答えを雄弁に語っているように思えた。
「イザベル様に覚えがないのであれば、シニャック公爵にご相談するしかないですね。公爵家に害をなそうとする者が、家の中にいるかもしれないのですから」
「そのような事でアニエス様のお手を煩わせるわけには参りませんわ。家を預かっているのは私とゼナイダ様ですもの。私たちで調べてみますわ」と袋を手に取ろうとするイザベル様の手を、ニコルさんが止める。
「ご無礼申し訳ございません。しかしこの袋の一つは、アニエス様の客室にあったものです。陛下からアニエス様の身をお預かりしている者として、この件を見過ごすことはできません。シニャック公爵に抗議させて頂かねば」
イザベル様の顔が青くなった。
ニコルさんがここぞとばかりに彼女を問いつめる。あれこれと言い訳していたイザベル様だが、ようやく自分が入れたものだと認めた。
「なぜこのような事を?」
「分かり切ったことを聞くのね。……憎いからよ、あの女が」
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