上 下
94 / 166
第二章 試験編

82. 悪意の理由 ◇

しおりを挟む
「おかげで体調が良くなりましたわ」
「さすがは大精霊士アルカナ・マスターのお弟子様だ。本当に感謝しますぞ、アニエス殿」

 翌日、私は自作のお守りをゼナイド様にお渡しした。お守りには精霊石のかけらを使った結界術がかけてある。
 それを常に枕元に置くこと、あとは部屋に日光を入れて、時々換気するようにとお伝えした。

 あの人形は、魔石の袋を抜いた上で縫い直してお返ししてある。魔石が無くなったのでもう大丈夫とは思うけれど、魔霊の残滓が残っていることを考えてお守りを渡したのだ。あとはお日様の光と新鮮な空気があれば、部屋の淀みは浄化されるだろう。

 よく眠れるようになったと仰るゼナイド様の顔色は、だいぶ良くなっていた。怖がらせるといけないから魔石のことはまだお話していない。
 それを仕込んだ者も、その意図も分からない以上、無闇なことは言えないもの。でも……何とかしないと。私がいなくなった後に、また同じような罠を仕込まれるかもしれない。

「ふう……」

 そんなことをつらつらと考えながら、自分の部屋に入った途端。
 がした。
 背筋がぞわぞわとするこの感覚、間違いない。

 どういうこと!?あの魔石は壊したはず……。

 机の上に、見慣れぬ人形が置いてあることに気が付いた。朝にはこんなもの、無かったはず。
 メイドさんに聞いてみたところ「先ほど、イザベル奥様が持って来られたものです。ゼナイド奥様に贈った人形をアニエス様がお気に入られたと聞かれたようで、『嬉しい、よろしければ同じものを贈りたい』と仰って」と答えた。

 ゼナイド様の部屋にあったのものとよく似た、女の子を模した人形だ。スカートをめくってみたが中に縫い目はない。ひっくり返してめつすがめつ調べる。ぐにぐにと押してみると、人形の頭のところに違和感があった。巧妙に中へ仕込んであるのだ。おそらく、同じものが。

 彼女ではないかと疑う思いはあった。もう、間違いない。
 


「イザベル様、お話があります」

 私はニコルさんを伴ってイザベル様の部屋を訪れた。内密の話だからと、侍女さんには退室して貰う。

「あらまあアニエス様。何かご不便なことでもございましたか?」
「いえ、大変良くしていただいて感謝しております。……イザベル様。これに見覚えがありませんか?」

 そう言いながら、私は魔石の入った二つの袋をテーブルに置いた。
 イザベル様は首を傾げて不思議そうな顔をする。
 
「イザベル様がお作りになった人形に、入っていたものです」
「私には何のことだか……」
「そうですか。この袋のせいで、ゼナイド様がお身体を壊されたかもしれないのです」
「えっ、そうなの?まさか……。毒でも入っていたのかしら?」

 イザベル様は眉一つ動かさず答えた。張り付いたような笑顔で、その目はどろっと濁っている。その反応の無さが、逆に答えを雄弁に語っているように思えた。

「イザベル様に覚えがないのであれば、シニャック公爵にご相談するしかないですね。公爵家に害をなそうとする者が、家の中にいるかもしれないのですから」
「そのような事でアニエス様のお手を煩わせるわけには参りませんわ。家を預かっているのは私とゼナイダ様ですもの。私たちで調べてみますわ」と袋を手に取ろうとするイザベル様の手を、ニコルさんが止める。

「ご無礼申し訳ございません。しかしこの袋の一つは、アニエス様の客室にあったものです。陛下からアニエス様の身をお預かりしている者として、この件を見過ごすことはできません。シニャック公爵に抗議させて頂かねば」

 イザベル様の顔が青くなった。
 ニコルさんがここぞとばかりに彼女を問いつめる。あれこれと言い訳していたイザベル様だが、ようやく自分が入れたものだと認めた。

「なぜこのような事を?」
「分かり切ったことを聞くのね。……憎いからよ、あの女が」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【本編完結】ただの平凡令嬢なので、姉に婚約者を取られました。

138ネコ@書籍化&コミカライズしました
ファンタジー
「誰にも出来ないような事は求めないから、せめて人並みになってくれ」  お父様にそう言われ、平凡になるためにたゆまぬ努力をしたつもりです。  賢者様が使ったとされる神級魔法を会得し、復活した魔王をかつての勇者様のように倒し、領民に慕われた名領主のように領地を治めました。  誰にも出来ないような事は、私には出来ません。私に出来るのは、誰かがやれる事を平凡に努めてきただけ。  そんな平凡な私だから、非凡な姉に婚約者を奪われてしまうのは、仕方がない事なのです。  諦めきれない私は、せめて平凡なりに仕返しをしてみようと思います。

殿下から婚約破棄されたけど痛くも痒くもなかった令嬢の話

ルジェ*
ファンタジー
 婚約者である第二王子レオナルドの卒業記念パーティーで突然婚約破棄を突きつけられたレティシア・デ・シルエラ。同様に婚約破棄を告げられるレオナルドの側近達の婚約者達。皆唖然とする中、レオナルドは彼の隣に立つ平民ながらも稀有な魔法属性を持つセシリア・ビオレータにその場でプロポーズしてしまうが─── 「は?ふざけんなよ。」  これは不運な彼女達が、レオナルド達に逆転勝利するお話。 ********  「冒険がしたいので殿下とは結婚しません!」の元になった物です。メモの中で眠っていたのを見つけたのでこれも投稿します。R15は保険です。プロトタイプなので深掘りとか全くなくゆるゆる設定で雑に進んで行きます。ほぼ書きたいところだけ書いたような状態です。細かいことは気にしない方は宜しければ覗いてみてやってください! *2023/11/22 ファンタジー1位…⁉︎皆様ありがとうございます!!

わがまま姉のせいで8歳で大聖女になってしまいました

ぺきぺき
ファンタジー
ルロワ公爵家の三女として生まれたクリスローズは聖女の素質を持ち、6歳で教会で聖女の修行を始めた。幼いながらも修行に励み、周りに応援されながら頑張っていたある日突然、大聖女をしていた10歳上の姉が『妊娠したから大聖女をやめて結婚するわ』と宣言した。 大聖女資格があったのは、その時まだ8歳だったクリスローズだけで…。 ー--- 全5章、最終話まで執筆済み。 第1章 6歳の聖女 第2章 8歳の大聖女 第3章 12歳の公爵令嬢 第4章 15歳の辺境聖女 第5章 17歳の愛し子 権力のあるわがまま女に振り回されながらも健気にがんばる女の子の話を書いた…はず。 おまけの後日談投稿します(6/26)。 番外編投稿します(12/30-1/1)。 作者の別作品『人たらしヒロインは無自覚で魔法学園を改革しています』の隣の国の昔のお話です。

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ! 

タヌキ汁
ファンタジー
 国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。  これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

処理中です...