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第一章 移住編
7. 私にできること
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月明かりの中、私たちを乗せた馬車が走っていく。
だけど夜中過ぎに雲で月が隠れてしまい、いったん馬車を止めて休むことになった。真っ暗闇の中、慣れない道を走るのは危険だし、馬もそろそろ休ませた方が良いと護衛騎士のロベール様が仰ったのだ。
「二人とも疲れているだろう。馬車の中で休んでいてくれ。俺は外にいる」
「ありがたい。んじゃ、そうさせてもらうよ」
お師匠様は横になると、すぐにすやすやと寝息をたてはじめた。私も横になって眠ろうとしたが、寝付けない。
周りはとても静かで、聞こえるのは木々の揺れる音だけだ。そこに時々混じるヒソヒソとした声は、精霊たちのささやきだろうか。
私は馬車の外に出てみた。
さらさらという水音が聞こえる。馬車の中にいたので気づかなかったが、道に沿って川が流れていたのだ。川のそばで、フェリクス殿下とパトリック様、ロベール様がたき火を囲んでいた。
「どうした、アニエス殿。眠れないのか?」
「はい。少し風に当たりたくて」
「慣れない馬車の中じゃあ、寝られないのも仕方ないでしょ。良かったらこちらへどうぞ」
パトリック様が席を空けて下さったので、私はフェリクス殿下の横に失礼します、と腰を下ろす。
「アニエス殿。貴方には申し訳なく思っている。我々の都合で、生まれ育った国から離すことになってしまった」
「いえ、そんな。こんなに良くして頂いて、殿下には大変感謝しています」
「そうか……」
殿下は少し言い淀んだ後、口を開いた。
「だが貴方はその、何か憂慮を抱えているように見える。突然このような状況に放り込まれて、不安なのではと思ったのだが」
その声色には、私を心配するような響きがあった。お優しい方だな、と思う。
それにしても、内心をそんなに表へ出してしまっていたのだろうか。我ながら不甲斐ない。
「祖国を離れることの感傷はあります。ですがそれよりも……、私がここにいていいのかという思いの方が強いです」
二人が黙って聞いているので、私はそのまましゃべり続けた。
「そもそも、追われる原因を作ったのは私です。マティアス殿下の不興を被ったのだから。でも、ラングラルの皆さんが必要とされているのはお師匠様でしょう。私はそのおまけ。それなのに、こんなに手間をお掛けしてしまっているのが申し訳なくて」
「何だ。そんなことを気にしていたのか」
フェリクス殿下にあっさりと『そんなこと』と言われてしまった。ショックで口ごもる私の目をまっすぐに見て、殿下が続ける。
「確かに、俺は父のためにシャンタル殿を連れて帰りたい。しかし、貴方たちの移住を受け入れたのは、他にも理由がある。貴方の事情は聞いた。マティアス王子のしたことは、男として、また同じ王子として許し難い。だから、シャンタル殿もそうだが、あなたも我が国で保護すると決めたのだ」
「そうそう、だからお姫様は安心して俺たちに護られて下さいな」
「パトリック、茶化すな。……アニエス殿」
「はい」
「あなたはいずれ、精霊士となられるのだろう?それなら、貴方が我が国へ移住されることは、我々にとっても益のあること。もし俺たちに恩義を感じているのなら、この先、貴方のできることで返してくれたら良い」
「私の、できること……」
水の精霊たちが川面にふよふよと浮かんでいる。先ほどのヒソヒソ声は彼らのものだろう。
精霊たちを見つめながら、私は考え込む。
ラングラル国のため、フェリクス殿下たちのために、私は何が出来るだろう。
だけど夜中過ぎに雲で月が隠れてしまい、いったん馬車を止めて休むことになった。真っ暗闇の中、慣れない道を走るのは危険だし、馬もそろそろ休ませた方が良いと護衛騎士のロベール様が仰ったのだ。
「二人とも疲れているだろう。馬車の中で休んでいてくれ。俺は外にいる」
「ありがたい。んじゃ、そうさせてもらうよ」
お師匠様は横になると、すぐにすやすやと寝息をたてはじめた。私も横になって眠ろうとしたが、寝付けない。
周りはとても静かで、聞こえるのは木々の揺れる音だけだ。そこに時々混じるヒソヒソとした声は、精霊たちのささやきだろうか。
私は馬車の外に出てみた。
さらさらという水音が聞こえる。馬車の中にいたので気づかなかったが、道に沿って川が流れていたのだ。川のそばで、フェリクス殿下とパトリック様、ロベール様がたき火を囲んでいた。
「どうした、アニエス殿。眠れないのか?」
「はい。少し風に当たりたくて」
「慣れない馬車の中じゃあ、寝られないのも仕方ないでしょ。良かったらこちらへどうぞ」
パトリック様が席を空けて下さったので、私はフェリクス殿下の横に失礼します、と腰を下ろす。
「アニエス殿。貴方には申し訳なく思っている。我々の都合で、生まれ育った国から離すことになってしまった」
「いえ、そんな。こんなに良くして頂いて、殿下には大変感謝しています」
「そうか……」
殿下は少し言い淀んだ後、口を開いた。
「だが貴方はその、何か憂慮を抱えているように見える。突然このような状況に放り込まれて、不安なのではと思ったのだが」
その声色には、私を心配するような響きがあった。お優しい方だな、と思う。
それにしても、内心をそんなに表へ出してしまっていたのだろうか。我ながら不甲斐ない。
「祖国を離れることの感傷はあります。ですがそれよりも……、私がここにいていいのかという思いの方が強いです」
二人が黙って聞いているので、私はそのまましゃべり続けた。
「そもそも、追われる原因を作ったのは私です。マティアス殿下の不興を被ったのだから。でも、ラングラルの皆さんが必要とされているのはお師匠様でしょう。私はそのおまけ。それなのに、こんなに手間をお掛けしてしまっているのが申し訳なくて」
「何だ。そんなことを気にしていたのか」
フェリクス殿下にあっさりと『そんなこと』と言われてしまった。ショックで口ごもる私の目をまっすぐに見て、殿下が続ける。
「確かに、俺は父のためにシャンタル殿を連れて帰りたい。しかし、貴方たちの移住を受け入れたのは、他にも理由がある。貴方の事情は聞いた。マティアス王子のしたことは、男として、また同じ王子として許し難い。だから、シャンタル殿もそうだが、あなたも我が国で保護すると決めたのだ」
「そうそう、だからお姫様は安心して俺たちに護られて下さいな」
「パトリック、茶化すな。……アニエス殿」
「はい」
「あなたはいずれ、精霊士となられるのだろう?それなら、貴方が我が国へ移住されることは、我々にとっても益のあること。もし俺たちに恩義を感じているのなら、この先、貴方のできることで返してくれたら良い」
「私の、できること……」
水の精霊たちが川面にふよふよと浮かんでいる。先ほどのヒソヒソ声は彼らのものだろう。
精霊たちを見つめながら、私は考え込む。
ラングラル国のため、フェリクス殿下たちのために、私は何が出来るだろう。
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