ただ儚く君を想う 弐

桜樹璃音

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第3章 史実

第29話

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「……知ってますよ」

「へぇ? 璃桜ちゃん、今何歳だ? 19歳だっけ、じゃあ何、大学で歴史でも専攻してたの?」

「………そう、です」



そこまでわかってしまうんだ。
この短時間で、私が話したことなんて、そう多くはないのに。

これが、この時代を生き抜くためにこの人が身につけた、間者の、術。

命さえも危険にさらしながら、相手の懐に潜り込んで、情報を奪う術。



「佐伯又三郎の名前も、ここにきてもらった名前。璃桜ちゃんは違うんだね?」

「え、」

「それにしても、どうしてこの時代の人は、すぐに名前を変えるんだろうね? わかりにくいったらありゃしないよ」

「え、どうして、私の名が、変わっていないと……?」

「酷いなぁ、そんなのわかるに決まっているじゃない」



まぁ、それも璃桜ちゃんぽくていいけど、と笑って頭を撫でてくる。

ヒトを、殺した、その掌で。

そう思った瞬間、感情が濁流のように押し寄せて、かっと頬が熱をもつ。

ばっと、よける。
頭に乗った、その手を、払う。



「あー、そんなに嫌?」



沖田の時も、ぎくしゃくしていたもんね。

そういって腕をひっこめる佐伯に、疑問だらけの頭で、感情をぶつける。



「そういう問題、じゃなくて!!」



涙が、溢れる。
感情が決壊する。

如何して、どうして、ドウシテ。

愛次郎君を、コロしたの?



「愛次郎を殺した理由? そんなの聞いてどうするの」



モウ、モドッテナンテコナイノニ。



「っ」

「あぐりも、同じ。今更君がどうあがいても、もう戻らない」



愛次郎君は、壬生浪士組の隊士。

いろいろ裏で、あったのかもしれない。

殺されてしまう理由が、あったのかもしれない。

私が知らないだけで。

だけど、だけどね?

悔しいよ。悲しいよ。寂しいよ。

止められなくて、防げなくて。

何よりも、いなくなってしまったことが、心をかさかさに乾燥させる。



「まぁ、あぐりはかわいかったから、そのまま生かしたかったけどねぇ」



その言葉に、激昂を通り越して、唖然とする。

私が、漸く絞り出した言葉は、掠れていた。



「………あぐりちゃんも、一緒に斬る必要なんて、何処にもなかったはずでしょう…?」



嚙みついた私の言葉に、さっと。

音が聞こえるほど、いきなり佐伯の瞳の温度が下がる。



「んー、まぁね。けど、歴史ではどうなっている?」

「……え?」



歴、史?




「歴史は、歴史通り。そうじゃないと、未来が狂っちゃうから」



そう冷たい瞳のまま呟いた貴方は、唇だけで笑い。



「もうすぐ死んじゃうから、教えてあげるね」



そう、言った。




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