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十月、不条理、反抗
第10話
しおりを挟む言葉を吐き捨てて、立ち上がった。勢い余って、ガタン、と椅子が倒れた。
カトラリー達が擦れて甲高い音を立てた。立ち上がった拍子に歪に微笑んでいる女たちの写真が散らばって、床に舞い落ちていく。
それはまるで、俺の事を縛り付けている父親の鎖が解けて剥がれ落ちていくみたいだった。
「……俺、この中の誰とも結婚とかする気無いから」
「すぐり、待ちなさい」
父親が焦った様に何かを言っていたけれど、俺は全てを無視して広間を出た。
階段を登って自分の部屋に戻り、必要な物だけを鞄に詰め込む。
兎に角、何処かに行ってしまいたかった。「紅井」も「すぐり」も関係ない、そんな場所へ、逃げ出してしまいたかった。
玄関を通ろうとすると、どうしても家の構造上、広間を通り抜けなくてはいけない。
それは避けたかった。父親の顔は、見たくなかった。
ここは2階、ベランダから出れなくはない。そう思って、ここから降りようと、窓を大きく開いた。
秋の夜風が吹き込んで、サテンのカーテンを揺らす。その隙間に身体を滑り込ませようとした時だった。
いつもの様に、俺に声がかかる。
「すぐり様、どちらに行かれますか」
「……学校」
ああ、コイツは、俺の事などやっぱり気にもかけてないのだな、と思って、ふはっと笑いが零れた。
気にするはずもないよな、ソイツを雇っているのは、俺の父親であって、俺では無いし、例え俺であっても、観察対象なだけの「紅井すぐり」の心の事など、わざわざ考える事も無いのだろう。居場所と無事かどうかだけがわかれば構わないのだから。
俺の事をちゃんと気にかけてくれるのは、きっと、はぐみと育美だけなのだ。
だから俺は、微かにでもそれを感じられる場所に、逃げ出すのだ。
「お車の手配は」
「――……要らない」
そう言い捨てて、ベランダから身を躍らせた。ふわりと揺れたカーテンだけが、俺の事を優しく撫でて、如何してかやけに鼻の奥がツンと痛んだ。
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