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十月、不条理、反抗
第8話
しおりを挟む「ほら」
「……え」
「お前の結婚相手だ。この中から好きなのを選べ」
そう言って手渡された二次元に閉じ込められた女達。その笑みが、ぐにゃりと歪んだ。
父親は運ばれてきたフィレ肉へナイフを差し込む。ぐりぐりと。心が抉られている気がした。切り取られて、口に放り込まれて、咀嚼されて、そうして、父親の血と肉になる。
きっと俺も、あの肉片と同じなのだ、と思った。父親の血と肉、もとい、富と名声。
この男を形作る為だけの存在。この女達も、俺と同様に、この男の手のひらの上で調理されるのだ。
酷く眩暈がした。じっと目を瞑る。
目を瞑ったままの俺に向かって、父親は父親らしく、声をかける。
「……どうした、この肉、上手いぞ」
「……肉は、どうでもいいんだけど、さ」
駄目だ、今ここで言い返しても何にもならない。そう思って、ぐっと、机の下でこぶしを握り締めた。歯を食いしばった。
けれど、抉られた俺の心から溢れ出す透明な感情の血は、俺の目頭を熱くして、そうして、俺の鼻の奥を痛ませる。
堪える為に、深く息を吸った。途端、出口を見出したかのように、心の破片が零れ出た。
「父さん」
ああ、久しぶりに、この言葉をこの唇から放った。じわり、と世界が歪んだ。
「何だ」
「――……俺は、父さんの、何?」
ぽつりと落とされた俺の声は、小さくて、そうして、何処か震えていた。まるで幼子が、ぬくもりを求めるかの様な、声の輪郭。
「……どうしたんだ、いきなり」
俺の言葉に微塵も表情を変えずに、父親は俺に言った。
「お前は、俺の息子だろう」
だから――……、
そう言って続いて落とされた言葉に、目を見張った。
「こんなにも手を掛けてやっている」
てを、かけて、やっている?
言葉が出て来なかった。ただ、は、という浅い呼吸音が己の口から零れた。
「お前は将来、この会社を継ぐんだ。その為に必要な事は、何でもする」
「……なん、だよ、それ……」
「何だ、何かあるのか」
俺は、お前の息子だ。これは変えようのない事実で、俺がこの会社を継ぐことだって、変えようのない未来かも、しれない。
だけど、――……だけど。
「ねぇ、父さん」
ハッ、と乾いた笑いが零れる。涙なんて、何処かに行ってしまった。この人に見せる涙なんて、一滴も無いのだろう。
「俺は、紅井和正……父さんの息子だ」
「ああ、そうだろうな。それ以外の何者でもない」
「……でも、俺は、――……すぐりだ」
肩書や頭脳や役割の俺と、心の奥で認めて欲しいと叫び続けている俺。
ふたつ合わせて、本当の俺だというのに。
如何して、誰も見つけてくれないんだ。
何故、紅井しか見てくれないんだ。
実の父親ですら、紅井の俺しか見てくれないんじゃ、誰が俺の事を見てくれる?
誰が、――……、
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