紅井すぐりと桑野はぐみ

桜樹璃音

文字の大きさ
上 下
13 / 90
六月、世界との境界、選挙

第6話

しおりを挟む





 生徒会室のドアを開けば、そこには、現役員たちが明日行われる選挙の準備をしているところだった。手を繋いだまま表れた私達に、若干戸惑いの色を見せる。



「会長? これは…どういう、」



 困惑したように言葉を落とす副会長が、途中で不自然に言葉を切る。如何したのかと思ってそちらを見れば、彼の目線は私ではなく、私の斜め上に固定されていた。

 ハッとしてすぐ横にあるすぐりの顔を見上げれば、酷く冷徹な視線で役員たちを金縛りにしていた。まるで射殺せそうな冷たさが、私達とみんなとの間に落ちる。



「はぐ、こいつら、何?」

「……すぐり、こいつらとか言わないの。
 みんな生徒会役員よ」

「ふぅん」



 そう言いながらも私の手のひらを掴んだまま、ずかずかと生徒会室内に足を踏み入れる。その姿はもはや悪魔を通り越して閻魔大王の様だった。




「で? いつ出てくの」

「は? 何言って、」

「はぐと二人にしてよ」



 冷徹に微笑んだ彼に、びくりと身体を揺らした女子役員。男子役員もどうすればよいか分からない様に、ただ固まっている。



「……あー、みんな、ごめんね、あとの仕事は私がやるから、帰っていいよ」



 そう言えば、「でも、」と副会長が瞳を揺らす。それを閻魔大王が見逃すはずが無い。

 間髪入れずに、チッと舌打ちをかます。



「ねぇ、聞こえなかったの? はぐがそう言ってんだからさっさと出て行ってよ?」



 ギラリと光ったその瞳に宿るのは、もはや――……殺意。

 手が付けられなくなった獣の様に全員が部屋を出て行くまで睨み続けたすぐりは、みんなが出て行った途端、打って変わって私に天使の様な笑顔を見せた。





「はー、これではぐが俺のものだって、みんな理解したでしょ」



 そう言って満足げに微笑む悪魔は、ぺちゃんこの鞄を椅子にのせ、古い机の上に腰かける。



「……ここ、生徒会室だから、私達の部屋じゃないのよ」



 そう窘めるように言った私はパンパンの鞄を机の上に置いて、椅子に腰かけた。



「はぐは俺のものなんだから、他の男と一緒の空間に居させたくないだけなんだけど。ただでさえ、授業は我慢してやってんだからさぁ、放課後くらい、ね」



 そう言ってゆるりと腕を伸ばしてくる。ここで捕まったら資料準備を家でやる羽目になる。そう思ってするりと避けた。すると、けらけらと笑ってまた腕を伸ばしてくる。



「今日は選挙の準備するから」



 そう言って残された作成途中の資料の山を見て、思い出す。選挙の書類、出しに行かなきゃ。

 せっかくここまで来たのに、また職員室に行かなくてはならないのか、と少し憂鬱になって溜息が零れた。

 私の事をまじまじと見続けるすぐりがそれを見逃すはずもなく、「どしたの?」と尋ねてくる。正直に言わなければまためんどくさい事になるなと学習した私は、職員室に行かなくてはならない旨を伝えた。



「えー、せっかく二人きりなのに」

「一応、私生徒会長だから」

「じゃあさ、はぐ、俺に見せてよ」

「……は?」

「はぐの肌。見たい」

「……変態なの?」

「変態万歳、だけど?」



 私を思いのままに操る彼は、飄々とそう言って頬杖をついて私を見降ろす。きっとこの人は、私が嫌だと言っても無理やり望む様にするのだろう。だったら初めから従えばいいだけのこと。



「あ、優等生だから分かってると思うけど、答えは、はいかYESしかないから」

「……Ja」



 そう小さく呟けば、すぐりは、心底嬉しそうに笑う。









しおりを挟む

処理中です...