ただ儚く君を想う 壱

桜樹璃音

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第6章 泡沫

第14話

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「………はぁ」


知らず知らずのうちに、溜息が零れる。
このまま布団でジッとしていても、眠れない気がする。


「…………」


そう思って、そっと音をたてないように布団から出た。

眠ることが出来ないのなら、稽古でもしようと思い、歳三を起こさないように注意しながら、袴を身に着けて道場へ足を向ける。

夜の縁側は、昼のように穏やかな空気ではなく、しんと静まり返っていて、何処か恐ろしささえも醸し出す。
少しだけ恐怖を感じながらも、今は男装しているし大丈夫、そう思いながら静かに足を進めた。

夜だというのにもかかわらず開かれている道場をそっとのぞけば、暗闇が私のことを迎える。
これこそ一寸先は闇。


「………こわ」


幕末に来たばかりの時よりは、随分と夜目がきくようになったとは思うが、この時代の人に比べたら、たぶんまだまだ。

この中で稽古を振るうのは、多分恐怖で直ぐに諦めてしまうと思ったから、入ってすぐの所にある木刀を二本手に取り、道場を後にした。


どこで、やろうか。
そう思い、縁側を自分の部屋の方向に進みながら庭を見やった。

刹那、きらきらと満天の星空が瞳に映って。


「……う、わぁ」


初めて見る星空の煌々とした輝きに、目を奪われた。

思わず木刀を携えたまま、裸足で中庭に降り立つ。
そうすれば、星々が私に覆いかぶさってくるような、そんな感じがした。

それほどまでに、星が自分を主張していて。
ここに来てから、しっかりと星を見たことはなかった。

いつもなら、夜になると出歩けないし、自然と眠くなって布団に入ってしまうから。

けれど、こんなに綺麗なものなら。
もっと、早くから知っていたかったと思う。


「……こんなに、綺麗なんだ」


平成では、夜になっても光が邪魔して、星なんて全くと言っていいほど見えなかった。

避暑地のような、高原とかなら別だけれど。
それよりも、沢山の星々が目の前に輝いている状況で。

文明の発達によって、奪われたものってたくさんあるんだな、なんて壮大なことを考えてしまう。

この時代では、勿論夜になれば光なんてない。
それが、今までは不便だなぁと思っていたけれど。

こんなにもきれいな景色を、毎日生活している場所でも見ることが出来るのなら、それでも構わないなんて、思ってしまう自分がいた。


「……ふふ」


そんな自分に、何様だ、なんて思って笑いが零れた。

刹那。


「………お前も、俺のことを笑うのか」

「……………っ?!」


背後から、低く地面を這うような声がした。

己の吐息が、ひゅっと鳴る。
ばくばくとなる心臓を左手で押さえながら、振り向けば、そこには。

夜も更けて、丑三つ時だというのにも関わらず、私と同様に袴を身に着けている人影。



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