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条件付きの結婚

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 私が連れて行かれた場所は、貴族の屋敷という感じではなく、もはや城塞。小さな街も城も壁に囲まれ、灰色の家々が連なっていた。

 室内も華美なものは一切ない。それどころか戦うための弓矢や剣が廊下に置いてあり、異様な雰囲気の場所だ。

 私を助けてくれた人と客間のソファに対面で座り、しーーーんと沈黙だけが流れている。

「あのぅ………」

 私が気まずすぎて、控えめに声をかけると、冷たさを帯びた紫の目がこちらを見た。思わずゴメンナサイと意味もなく小さい声で謝る。

 相手は小さくはぁ……と溜息を吐いた。なぜ私を買ったはずの先方が気が重そうなのだろうか?

「説明する。名は?」

「ニーナと申します」

「ニーナか。オレはアデルバード=スノーデン。辺境伯の地位を与えられている者だ。おまえにオレの妻として存在してほしい」
 
「えっ?へっ?……はあ!?」
  
 思わず変な声が出た。この人、辺境伯様なの!?妻!?なんかすごいこと言い出したわ。私は頭の中で混乱しそうになるのを必死で整理していく。

「オレは生涯結婚する気はない。家庭は持たない。だが、うるさいことに王家から良い歳なのだから妻を娶れと言ってくる。だから10年ほど妻の役を演じて欲しい」

「偽装結婚ってやつですか?」

「そうだ。貴族の娘だと離縁する時に周りが、うるさいから、孤児のおまえの10年を金で買わせてくれ。10年も結婚すれば、周りも静かになるだろう。無論、金は払う」

「なぜ結婚をなされないんですか?辺境伯ともあろう方ならば、素敵な貴族のお嬢様たちがいらっしゃいますが……」

「ここは魔物から国土防衛、奪還するためのこの国の最北の地だ。危険極まりない」

 『神のいない地』と私を助けてくれた時に彼は言った。どういう意味かわからなかったけど、神様すら救えないくらい危険な場所ってことなのかしら?

 普通の神経をしたお嬢様方がここに来ることすらできないし、危険にさらすことを望まない。しかし私ならば……。

「孤児である私ならば、もし危険なことがあったとしても、誰にも心配はされませんし、万が一、死んでも誰も悲しむ人はいませんものね」
  
 私のちょっとイジケた言い方に、アデルバード様が顔を私に向けたが、無表情のままだ。感情は読めない。

「まぁ、そういうことになるな」

 売られた私は行く場所なんて他にはない。つまり選択権もない。

「お飾りの奥様ならば得意分野だけど……」

 前世もそうだった。体が弱く、ただ傍で微笑んでいるだけの私。旦那様のなんのお役にも立てず力のない私。ああ……また二度目の結婚となる今回もお飾りの妻になるのねと自分の運命を呪いたくなった。

「得意分野?まぁ、よくわからないが、理解してくれたのならばいい。おまえの10年を買わせてもらいたい」

 表情1つ変えずに淡々と言うアデルバード様。

「ここに署名しろ。今からニーナ=スノーデンだ。戸籍は適当に偽装しとく。……紙面上の夫婦だが10年、辺境伯夫人として過ごせ。不自由はさせない。欲しいものがあればなんでも言え」

 私は脳をフル回転させた。

 今更、孤児院には帰れない。丁寧に説明はしてくれてるけど、選択肢はなさそう。

 そして私は生涯ガルディン様に恋して生きていきたい独身希望女。お飾り妻としてすごし、10年後に貰ったお金で、平和な場所に小さな土地と家を買って、猫と共に平穏にのんびり暮らす。

 よし。人生設計完璧。

 コクリと私は頷いた。

「わかりました」

 サラサラ~とペンで、ニーナ=スノーデンと書く。

「文字が流麗だな……明日から貴族の娘に必要な教養の家庭教師を呼んである。どこぞの貴族の娘として振る舞え」

「かしこまりました。旦那様」
  
 私がそう言って頭を下げると抑揚のない声で、違うと言う。

「これから夫婦となる。アデルバード……アデルと呼べ。夫に頭を下げるな。演じろ」

「ええっと……かしこまりました。アデル様」
 
「ニーナ、それでいい。義務さえこなしてくれれば、後は適当に過ごしてもらって構わない」

 事務連絡の口調で、説明し終わったとばかりに部屋から出て行こうとする。私はふと、彼に尋ねたくなった。

「あなたは幸せになりたくないの?別にお金で私を買わなくても、望めばここに来てくれる女性もいるんじゃないの?」
 
 美しい容姿に辺境伯という身分。こんな契約するような関係でなく、危険であろうとも、本当に夫婦になっても良いと思う人はいると思う。

 ピタッと足を止め、鋭い目つきで振り返る。その目は絶対零度の冷たさと怒りに似たなにかがあった。

「幸せになどなりたくない」

 そう言い残して去っていく。

 怒っていたように感じた。聞いてはいけないことだった?幸せになりたくないってなぜなの?

 取り残された私は、アデル様に、踏み込むことを許してくれない壁を感じたのだった。
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