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一話 かまってくれない恋人

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 釣った魚にエサをやらない恋人は困りものだが、
 そこで無理やり一緒の時間を増やしたとしても、
 相手の無関心を増長する手助けにしかならないものである。


 伊藤邦史郎いとうくにしろうはバイだ。
 今は男の恋人の梅代京馬うめしろけいまと同棲している。

 住んでいるアパートは、12畳のワンルーム。
 もともと京馬のアパートに邦史郎が転がり込む形で住み始めた。
 二人で住むにはちと小さいが、互いの勤務時間がまるっきし違うので、
 二人が同時に部屋を使うのは週末だけだ。

 ちょっと変わってるかもしれないが、これはこれでいいと邦史郎は思っている。
 男には自分の時間が必要なのだ、と。
 これくらいの距離感が丁度いい。

 いいのだが……

「せっかくの休日なのに!」

 邦史郎は、もう堪忍袋の尾が切れたという調子でそう言った。

「なにが?」ーーと、

 恋人の京馬は、大きなソファに寝転んで、それを隅々まで大胆に活用している。
 一方、邦史郎といったらそれとは正反対。
 地べたに敷いた薄っぺらいカーペットの隅で、膝を立ててちょこんと腰を下ろしていた。

 格差と言うべきか。
 二人の距離は、部屋の隅と隅ほど離れていて、見ているだけで痛々しい光景だった。 

「仕方ねーだろ。夏なんだから」

 と京馬はぶっきら棒に応える。
 そのあっけからんとした態度に、邦史郎の頭は火を噴いた。

「その無駄にでかいテレビの熱のせいだろう!」

 邦史郎が指摘した通り、京馬が独占しているテレビ画面のサイズといったらーー確かに大きい。
 一軒家に住むファミリーが居間に置いていてもおかしくない大きさだ。
 しかも社会人なりたての頃に買ったため、8年は使っているらしい。
 熱いはずだ。

 しかし男は、それをああだこうだ指摘されたところで、痛くもかゆくもないらしい。
 むしろ、それがどうしたという開き直った風な口調で、

「俺はテレビっ子世代なので、テレビ付けてないと生きていけないから」

 と言い張った。

「知るか!同棲してんだから、相手に合わせろよ!」

「だから、無理。生活必需品だから」

「だったらもう少し熱を発しない新しいやつを……」

「あ、大変だ。負けそう。クニ、ちょっと黙って」

 最中、男はゲームの中に逃亡する。
 格闘ゲームに苦戦しているらしく、完全に邦史郎をシャットアウトした。

(はあ?!ふざけんじゃあねーぞ!)

 邦史郎は心の中で怒鳴った。
 ただでさえ、カリカリするこの暑さだ。
 好きな事を自由にやれている男と、それに追いやられている男の苛立ちの差は、時間と共に膨大なものとなっていく。

 邦史郎は呪った。
 理不尽すぎるこの状況を。
 そして、なんとか打開出来ないかと考えていた。
 自由に動けないからというよりは、
 つまりーー寂しかったのだ。

 夏以外はまだ構ってくれる。
 まだ。

 しかし、夏はその百倍くらい雑な扱いを受ける。
 自分をいじめる熱原体とみなして、邦史郎を蹴り飛ばす。
 そして邦史郎は隅に追いやられてしまう。

 暑さで人は変わるのだ。

 邦史郎はしょぼくれて、いじりたくもないスマホをポツポツいじり始めた。
 けれどそれもすぐに飽きる。

「ケイマ~」
「なんだよ」
「どうしたら構ってくれる~」

 万策尽きたという様子で邦史郎は言った。今までの強気な口調は消え、精一杯甘えるように。
 しかし京馬はこちらをチラリとも見ず、

「お前が熱を発しなければ構ってやる」

 冷たくそう言い切った。


(こいつは本当に…。)



 
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