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七話
しおりを挟む「はあ、はぁっ、は、……」
息が切れる。貴族令嬢としてあり得ないほど取り乱して、聖堂に背を向けて走る。
たえられない。
無理だった。もうあの場になんていられなかった。リリスが正しいあの空間に一秒たりともいたくなかった。
だって、お母様が死んだのだ。
リリスによって殺されたのだ。
魔に憑かれていた?ずっと?
そんなこと信じられなかったし信じたくもなかった。
理性は言う。
リリスが正しいと。お母様はおかしくなっていたと。魔が払われて良かったじゃないかと。人としての尊厳は守られたのだから、リリスに感謝しなくてはいけない、と。
感情が言う。
嫌いだと。リリスなんて大嫌いだと。カイルを取ったリリスが憎いと。愛おしい、大好きなお母様を殺したあの女を許せない、と。
自分が間違っていると分かっているからこそ、辛かった。納得出来なかった。どうすれば良かったのか分からなかった。
涙が溢れて止まらなかった。誰もいないところへ行きたかった。
ひとしきり走って物陰に座り込んだ。身体中の力が入らなくて、世界は真っ暗で、全てが私の敵であるかのように感じた。
このまま死んでしまおうと、そう思った。
だから、その声が信じられなかった。
「……ミラ、」
「……なんで、カイルがここにいるの。はやく、リリスのところへいきなさいよ。聖女様の騎士よ、とっても名誉な役割だわ。貴方に勿体無いくらい」
いつものように軽口になっているだろうか。気にすることなんてないと言えているだろうか。
カイルにだけは見つけられたくなかった。でも、カイルだけには見つかる気がしていた。
涙を見せたくなくて顔を俯かせる。すると、カイルが私の側にかがみ込んだ。
「断ったよ」
「……は?」
「聖女の騎士、断ったのさ」
あまりにも軽く言うものだから、最初何を言っているか分からなかった。
「リリス穣も罪悪感を感じていたみたいだし?辞退したいと言ったら了承してくれたとも」
「……は、」
「僕にとったら君といる方が楽しいからね。あまり僕の愛を舐めないで欲しい」
「だって、でも、」
「君のその矛盾だらけで、醜くて――だからこそ人らしい心が愛しい」
「え、あ、……」
「だから……死なないでくれ」
いつも飄々として、余裕ぶっていて、胡散臭く笑うような人だ。なのに、
「君が好きなんだ」
最後の言葉はこれまで聞いたことのない必死の響きを持っていて。先ほどまでとは違う、透明な雫が流れた。
これは物語にはならない。
慈悲深い聖女の伝説の裏側、傷ついた心の話。
ハッピーエンドにはならなかったけれど、カイルに救われた私の話。
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