聖女様が嫌いな私の話

マツリカ

文字の大きさ
上 下
1 / 7

一話

しおりを挟む

パシン!

 目の前にある扉の奥から鋭い音が聞こえた。使用人に連れられて追い出された部屋からは二人分の高い声。優雅なお母様とのお茶会に現れたのは、最近家族になったリリスだった。リリスは元平民で、聖女候補に選ばれるほど強い光の魔力を持つため、私の家に養子として入ってきたのだ。その件がお父様の独断だったものだから、最近屋敷の中はひどく荒れている。

 彼女がいるとお母様の機嫌は急降下してとても手につけられない。なにか悪いものが取り憑いたかのようにリリスと口論するのだ。せっかく、久しぶりに穏やかだったのに。
 ため息をついた私に使用人が声をかけた。

「ミラ様。そろそろお稽古の時間でございます」
「知っているわ。……自分で行くから先に行って」
「かしこまりました」

 ぼうっと扉の前に立ち尽くす。見えていないのに、私は鮮明に向こうの光景を思い浮かべることが出来た。

「このっ……!汚らわしい、豚の娘め!」
「っ!……ねぇ、お義母様。私を叩いて満足するのならそれで良い。でも、私のお母さんを侮辱するのだけはやめてください。お母さんは、とても立派な人だった!」

 可憐な、しかし意志の強さを感じる声だ。きっと頬を叩かれても、泣き出しもせずに見つめ返しているのだろう。暴力に訴えず、言葉だけで相手に寄り添おうとする。あぁ、それは、

 ――なんて、生意気な。

 腹の内から炎のように狂い出す熱が、全身を焦がしていく。歪んだ顔はきっと他人に見せられるものではなかった。
 常に淑女であれ。常に落ち着いて、仕草は優美に、感情は穏やかに。それが学園で習う淑女の鉄則ではあるけれど。このままじゃ淑女とは口が裂けても言えない。

「汚らわしい、汚らわしい、汚らわしい!何もかも奪っておいてっ……何でわたくしがお前など!」
「ッ……ひ、ぐぅッ!」

 部屋の中で物凄い音を立てて、何かが倒れた。先程まで使っていたカップはもう割れているだろう。お母様のお気に入りだったから、きっと不機嫌になる。

「ほら、ほら、立ちなさい!あの女みたいに立ち上がりなさいよ!」
「…………」
「ふ、ふふふ、無様だわ。貴女、なんにも出来ないんだもの。魔法も、礼儀作法も、流行も知らないんだもの。わたくしのミラに敵うはずないものねぇ?」

 お母様の言っていることは的外れだ。彼女はつい最近貴族としての教育を受けることになったのだから、何も知らなくて当たり前。でも、宝石や流行で自分の権威を高めることしか出来ないお母様からしたらそれは格好の弱点でしかない。


 そろそろ落ち着いてきたかしら。部屋の中は静かになって、時折お母様の声が聞こえるくらいだ。それなら、大丈夫。私はそう思って扉の前から立ち去った。
 彼女が言った言葉も知らずに。


「お義母様……貴女は、哀れですね」


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

お幸せに、婚約者様。私も私で、幸せになりますので。

ごろごろみかん。
恋愛
仕事と私、どっちが大切なの? ……なんて、本気で思う日が来るとは思わなかった。 彼は、王族に仕える近衛騎士だ。そして、婚約者の私より護衛対象である王女を優先する。彼は、「王女殿下とは何も無い」と言うけれど、彼女の方はそうでもないみたいですよ? 婚約を解消しろ、と王女殿下にあまりに迫られるので──全て、手放すことにしました。 お幸せに、婚約者様。 私も私で、幸せになりますので。

婚約破棄? いいですよ。黒薔薇姫は魔王様が大好きですから!

にのまえ
恋愛
婚約破棄? いいですよ。 タイトルを変えて、手直ししました。

外れギフト魔石抜き取りの奇跡!〜スライムからの黄金ルート!婚約破棄されましたのでもうお貴族様は嫌です〜

KeyBow
ファンタジー
 この世界では、数千年前に突如現れた魔物が人々の生活に脅威をもたらしている。中世を舞台にした典型的なファンタジー世界で、冒険者たちは剣と魔法を駆使してこれらの魔物と戦い、生計を立てている。  人々は15歳の誕生日に神々から加護を授かり、特別なギフトを受け取る。しかし、主人公ロイは【魔石操作】という、死んだ魔物から魔石を抜き取るという外れギフトを授かる。このギフトのために、彼は婚約者に見放され、父親に家を追放される。  運命に翻弄されながらも、ロイは冒険者ギルドの解体所部門で働き始める。そこで彼は、生きている魔物から魔石を抜き取る能力を発見し、これまでの外れギフトが実は隠された力を秘めていたことを知る。  ロイはこの新たな力を使い、自分の運命を切り開くことができるのか?外れギフトを当りギフトに変え、チートスキルを手に入れた彼の物語が始まる。

真実の愛に目覚めた伯爵令嬢と公爵子息

藤森フクロウ
恋愛
 女伯爵であった母のエチェカリーナが亡くなり、父は愛人を本宅に呼んで異母姉妹が中心となっていく。  どんどん居場所がなくなり落ち込むベアトリーゼはその日、運命の人に出会った。  内気な少女が、好きな人に出会って成長し強くなっていく話。  シリアスは添え物で、初恋にパワフルに突き進むとある令嬢の話。女子力(物理)。  サクッと呼んで、息抜きにすかっとしたい人向け。  純愛のつもりですが、何故か電車やバスなどの公共施設や職場では読まないことをお薦めしますというお言葉を頂きました。  転生要素は薄味で、ヒロインは尽くす系の一途です。  一日一話ずつ更新で、主人公視点が終わった後で別視点が入る予定です。  そっちはクロードの婚約裏話ルートです。

従姉妹に婚約者を奪われました。どうやら玉の輿婚がゆるせないようです

hikari
恋愛
公爵ご令息アルフレッドに婚約破棄を言い渡された男爵令嬢カトリーヌ。なんと、アルフレッドは従姉のルイーズと婚約していたのだ。 ルイーズは伯爵家。 「お前に侯爵夫人なんて分不相応だわ。お前なんか平民と結婚すればいいんだ!」 と言われてしまう。 その出来事に学園時代の同級生でラーマ王国の第五王子オスカルが心を痛める。 そしてオスカルはカトリーヌに惚れていく。

妹に婚約者を寝取られた令嬢、猫カフェで癒しのもふもふを満喫中! ~猫カフェに王子と宮廷魔法使いがいて溺愛はじまりました!

朱音ゆうひ
恋愛
男爵令嬢シャルロットは、妹に婚約者を寝取られた。妹は「妊娠した」と主張しているが、シャルロットは魔眼持ちなので、妹のぽってりお腹が脂肪だと見抜いている。 別サイトにも投稿してます(https://ncode.syosetu.com/n0955ip/)

妹の身代わりとされた姉は向かった先で大切にされる

桜月雪兎
恋愛
アイリスとアイリーンは人族であるナーシェル子爵家の姉妹として産まれた。 だが、妹のアイリーンは両親や屋敷の者に愛され、可愛がられて育った。 姉のアイリスは両親や屋敷の者から疎まれ、召し使いのように扱われた。 そんなある日、アイリスはアイリーンの身代わりとしてある場所に送られた。 それは獣人族であるヴァルファス公爵家で、アイリーンが令息である狼のカイルに怪我を負わせてしまったからだ。 身代わりとしてやった来たアイリスは何故か大切にされる厚待遇を受ける。 これは身代わりとしてやって来たアイリスに会ってすぐに『生涯の番』とわかったカイルを始めとしたヴァルファス家の人たちがアイリスを大切にする話。

婚約破棄されて異世界トリップしたけど猫に囲まれてスローライフ満喫しています

葉柚
ファンタジー
婚約者の二股により婚約破棄をされた33才の真由は、突如異世界に飛ばされた。 そこはど田舎だった。 住む家と土地と可愛い3匹の猫をもらった真由は、猫たちに囲まれてストレスフリーなスローライフ生活を送る日常を送ることになった。 レコンティーニ王国は猫に優しい国です。 小説家になろう様にも掲載してます。

処理中です...