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第3章 塩漬系主人公

頭を割るのは主人公じゃない

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「おかえりなさい。神とは会え…誰?」

俺が扉をノックすると時間を空けてルベルが出迎えてくれた。結局ワンをそのまま連れてきてしまった。この面倒臭さは、レイと初めて会ったときの自己紹介の時と同じ。ワンが何なのか本人にも俺たちにもわからないことが原因。

「初めまして、ワンという。」

記憶喪失って言語とかに支障は出ないのだろうか。いや、実際なんか微妙な言い回しではあるか。都合のいい記憶喪失だ、とレイは終始疑っている。まあそんなレイがいるからこそ俺は特に疑いもせずに信じてしまっていたりする。

「親は?」

ここに来るまでに何かしらの話を作ろうかとも考えたが、ワンの存在をごまかす理由は、先ほど挙げた説明が面倒以外がなかった。セカンドの記憶を持っているなら話がこじれるので理由になるが、それこそ都合よく忘れてくれている。

「自分は記憶を失っている。」

だから俺が面倒を見る理由もないので話の邪魔をしないよう、墓地で拾った、先に入っていると残しその場を後にする。

「え、死刑囚君の墓の近くの墓から?じゃあ君が愚者か。」

「は?」

ルベルの誤解を招く言い回しに、苛立ちを隠さないワン。レイは自分は関係ないとケタケタ笑っている。あれ、そういえばなんでワンにはレイが知覚できるんだ?というか、できないルベルにレイのことを話したら面倒ではないか?

「いや、そんな喧嘩腰になるなよ。もし君が愚者の死体の集合体なら、私は君の一部を持っているんだよ。」

思わず足が止まる。レイはお構いなしに俺の近くをふわふわ浮いている。なんか改めて考えると俺の使い魔というか、召喚獣みたいだな。

「しかも脳みその一部。もしかしたらそれが足りないから記憶がないんじゃないかな?」

待った、そんなことよりルベルがとんでもないことを言い出し始めた。仮にこれで記憶が戻ったとしたら、俺はまた殺されるのではないだろうか?

「申し訳ない、頭のおかしい集団に拾われたのだと頭を抱えていたから。無礼を見逃してほしい。」

ルベルはワンの発言に対し軽く俯くと、中に入ってきた。しかし、俺がまだいることに気が付かなかったのか、少し驚いたように立ち止まった後、俺たちに笑いかけながら通り過ぎた。

「…じゃあさっそく頭割って中身弄るから中に入って四つん這いになってもらえる?」

ここで不自然に静かになり俺の背中に隠れるレイ。さすがにまずい流れだよな?そう思った俺の考えを裏切るようにレイは口を押えて笑いをこらえていた。

「それが最善なら従おう。」

頭を軽く下げていたワンは頭を割るという単語をスルーし、某立ちしている俺の横を通り過ぎる。本当に記憶を取り戻せそうな雰囲気だ。ルベルはいつの間にか薪割り用の斧を持ってくると、椅子に腰を掛ける。

どうやら斧で頭を割るつもりのようだ。沈黙の中、数回ワンの頭に斧の刃先を軽く当て、しばらく四つん這いになっているワンを眺める。と、突然立ち上がり、勢いよく斧を振り下げる。

軽く斧が床に刺さる音が響いた。

どうやら失敗したようだ。斧は頭をとらえることなくワンの耳をかすめて床に突き刺さる。斧を床から引く抜く音とともにルベルがゆっくり口を開く。

「ま、脳みそなんて持ってないんだけど。」

レイが俺の頭をバシバシ叩き笑い出す。こんなところで物理判定を出さないでほしい。ていうかやりすぎでは?笑えない。

俺は墓を作ることに手いっぱいで気づかなかっただけかと思っていたが、レイはその様子をしっかり見ていた。そんな素振りしていなかったことなど知っているに決まっている。

ワンは四つん這いのままぴくっと動いた後、大きく息を吸うとギロッと俺とレイを睨みつけてきた。

「レイ…。」

俺はレイ以外に聞こえないぐらいの大きさで笑い続けるレイをとがめる。話はそれるが、ワンが俺の渡したシャツを着ないで腰に巻いてくれて助かった。酷い絵面になるところだった。

「いやだって、頭割って脳みそ入れても記憶戻るわけないでしょ。」

確かに、騙される方もどうかと思う。あれ、俺途中まで…。そんな中、片時もワンから目をそらさず笑顔で斧を肩に担いでいるルベルが口を開く。

「いや、すまない。軽い冗談だ。面白かっただろう?」

レイが知覚できないルベルからしたら誰一人声を出さない、地獄みたいな空気になっているはずなんだがこいつはどんなメンタルをしているのだろうか。俺はレイの存在の偉大さを若干感じつつ、続くルベルの話に耳を傾ける。

「いや、『記憶喪失だー!墓から出てきたー!』なんて冗談の方が面白かったか?」

ルベルはレイのように笑いの沸点が低いわけではないが、いつも笑顔を絶やさない。たちの悪い冗談を平気で言うこともあり、道化なイメージというか、へらへらした感じがどうしても離れないが、まじめな話をするときや、威圧的な発言のこの空気はギャップ故だろう。

「頭のおかしい集団だなんて心外だよね?頭のおかしい君の価値観でものを語らないでくれ。」

敵意しかない棘だらけの言葉に、こちらを睨んでいたワンが視線を落とす。どちらも正当な考えの上の行動。俺はどちらにつくでもなく、ただ見ていることしかできない。

「童貞って言われたときあんなだったよ。」

レイが空気に耐えきれなかったのか俺の耳もとで囁いてきた。余分な…余分なことを…。ワンが自分の姿のように思えて、見ていることすらできなくなる。

「いや冗談だって、顔をあげてくれよ!」

冗談でも童貞を弄らな…いや、俺の話ではなかった。何が冗談なのやらわからなかったが、ワンも同じようで俺たちとルベルの間で視線を行き来させている。

「もし君の話に嘘があったならば、私が頭を割ろうとしたとき君は動いただろう?」

そういいながら立ち上がらせて、敵意がないことを証明するかのように若干汚れたワンの膝をはたく。

「つまり今動かなかった君の行動が、真実の裏付けだ。試すような真似をしてすまない。頭がおかしいからこうでもしないと信じられないんだ。」

ルベルが冗談を混ぜながら謝罪すら茶化す中、ワンは特に反応を見せることなくされるがままにされている。幼稚園で着替えをさせている子供と母親のようだな。

「よく見たら土だらけだな。湯を沸かそう。死刑囚君、これで薪を割ってきてくれ。間違ってもワンの頭を割らないでくれよ?」

相変わらずの冗談を言うルベルから斧を受け取りそのまま外に向かった。途中でレイが童貞、と口走ってきたので危うくレイの頭を割りそうになったのはルベルが知る由もない話だ。
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