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新しい世界

73 七色の湖 ジュード

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 71からのジュード視点


 段々と空が明るくなって、部屋に光が入って来る。
 俺の腕の中でぐっすり眠る慎翔の寝顔をじっくりと眺める。

 いい夢を見ているのか口をムニュムニュしながらニンマリしている。どんな顔をしていても、慎翔は可愛い。見ているだけで癒やされる。

 可愛い慎翔を、守ってやろうと思っていたが、自分をしっかり持った慎翔には驚かされるばかりだ。
 マジックバッグもそうだが、あの時の市場の二人を、いつの間にか仕事仲間に引き入れてしまっていた。
 
 俺に

「こうしたいけどどう思う?」

と相談はするが、

「いいんじゃないか?」

って答えると

「うん。ありがとう。」

と、自信を持って話を進めてしまう。
 俺などいなくても大丈夫なんじゃないか?と、なんだかこちらの自信が無くなっていくようで、苦笑いしてしまう。
 それでもそんな慎翔も愛おしい。


「んう。」

 すっかり明るくなりきった頃に、慎翔の瞼がふるりと震え、ゆっくり開いた。金に近い茶色の瞳とバチッと目が合う。
 俺はずっと言おうと決めていた台詞を言う。

「誕生日おめでとう。」

「あ、あ、ありがと。」

 慎翔は目をぱちくりとしながら、ハッとして、どんどん顔を赤くしながらお礼を言う。

 本当にどんな顔をしても可愛くて癒やされる。

 俺は上半身を軽く起こし、横になったままの慎翔の顔をじっと見ながら、頬を優しくなでる。
 慎翔はその手にそっと手を重ねてくれる。

 お互いに瞳を閉じて、チュッと唇が触れた。
 目を開くと、琥珀色の瞳とバチッと見つめ合う。勝手に言葉がこぼれ落ちる。

「おめでとう。」

「ふふ。ありがとう。恥ずかしいけど、嬉しいね。」

 慎翔照れくさそうに笑いながら、もう一度お礼を言う。ふわっと満面の笑顔でおでこをこつんとぶつけて来る。そのままくっつけて笑う。

 一瞬こめかみ辺りの瘤に触れたかと、ヒヤリとした。見た感じ大丈夫だったみたいだ。

 朝食後に俺は、前々から決めていた、湖に慎翔を連れて行くことにした。

 突然の誘いにも、目をキラキラさせて行きたいと言う。

 以前は風魔法で飛んで行っていたが、慎翔の転移のおかげで、楽に行けるようになった。


 俺が初めてこの島に来たのは十四歳の時、十二で孤児院を出てギルドに冒険者として登録した。ランクも順調に上がっていた。
 基本的にソロで行動していたので、ふらりと一人で長期で出かけることもしばしばあった。
 認識阻害を自分にかけて空高く翔べば、誰にも気付かれる事は無かった。空高く風魔法で舞い上がり、翼を広げてどこまでも飛んだ。

 ギルドの部屋を借りていたので、いなくなると、ウルススやディネルースに心配された。
 しかし、思春期だったのか、自分の感情や力のコントロールが上手くいかない時があった。
 ウワーッと大声で叫び出したい気持ちになり、全て壊したいという、激しい破壊衝動にかられた。
 そういう時は空を全速力で飛んで、力の発散をしていた。
 こうして世界中を空から旅していたのだ。

 そんな時に見つけたのが、この絶海の孤島だった。


 何日も飛んでもずっと海しかない状態で、疲れてしまった俺は、ほぼ無意識に羽を動かして飛んでいた。
 ふと白い物がふわっと通り過ぎたような気がして、意識がはっきりした。
 進むのを止めて、ホバリングする。
 ほんのりと赤だったり金だったり、色んな色の玉がふわふわと俺の周りを飛んでいた。

「なんだ?これ。」

 すると光る玉は俺を導くように前を飛んで行く。時々近付いてきて、ちょいちょいとこっちだよと引っ張られた。

 疲れ果てて、それでも導かれて見えたのが、あの島だ。

 たどり着いて、あの七色に光る湖を見た時は言葉を失った。
 湖からほわほわと光る玉が出てきてる。
 暖かかったり、冷たかったり、ビリッとしたり、玉によって色も印象も違った。

「もしかして精霊?」

 俺のつぶやきに、周りの玉が金色に光る。喜んでるみたいだ。

 きっとここは世界の始まりの場所なんだろう。

 命の生まれる場所。

 俺は湖のほとりでごろりと寝転ぶと、そのまま泥のように眠った。

 人の生きる世界からは拒絶され、正体を隠して生きて行かなければならない。
 世話を焼いてくるウルススにディネ、俺を隠しながらも育ててくれた老神父。
 大事にしてくれた人がいたから、異形でも生きていけた。

 だからといって苦しくなかったわけでは無い。

 小さい頃孤児院で、一度だけ姿を見られた事があった。
 十五歳くらいの少年と連れ立った子どもたち。初めて会った孤児院の他の子どもたちは、黒く角の生えた俺の姿に、恐怖で泣き叫んだ。

「大変だ、バケモノ。バケモノが出た。早く誰か。」

 石が飛んできて、俺は慌てて逃げ出した。老神父の部屋の隠し戸棚の中に隠れて、声も出さずじっとしていた。

 俺は「外に出てはいけない。」と何度も言った老神父の言葉がやっと理解できた。

 その時の出来事は老神父がみんなの記憶を消してくれたので、事なきを得たが、俺は変身魔法が使えるようになるまで、その部屋から決して一歩足りとも外に出なかった。

 老神父は俺の頭を撫でて、

「ジュード。お前は良い子だ。今は辛くても、いつか幸せになれるよ。」

と、いつも言っていた。
 隠居した大神官だったと知ったのは、老神父が天に召されてからだった。


 俺はぐっすりと休んで目を覚ますと、島の上空に飛んだ。
 ナイフで腕を深めに斬りつける。

ボタボタと血が落ちるのをそのままに、島の周りをゆっくりと飛んで、自分の血を落としていった。

 俺はこの島を誰にも渡したく無かった。
 もしかしたら魔力の高い人間が空を飛んでやってくるかもしれないし、泳ぎの得意な海の獣人が来るかもしれない。
 
 一周したところで、両手をパンっと合わせて一気に魔法を流し、島全体を覆う結界を作った。
 そして認識できないように隠したのだ。

 完全に結界が完成し、俺はそこで変身魔法を解いて、生まれたままの姿になった。
 この閉じた島の中なら、どれだけ魔力を放出しても、誰にも迷惑はかからない。目一杯魔力を放出して、肉体と精神のバランスをとることができた。

 今まで何度も気分転換に来ていたが、慎翔と出会ってからは、誕生日に連れてくるための視察に一回来ただけだ。
 慎翔のおかげで後ろ向きに落ち込むことも少なくなった。


 そして、今、俺の隣に慎翔が座っている。小さな敷物に身を寄せ合いながら、湖面の七色を楽しんでいる。
 慎翔はこの景色を気に入ってくれたようだ。

 ここに誰かを連れてくることが初めてであることを伝えると、また、とろけるような笑顔で喜んだ。
 色々な事が初めての慎翔は、それらを一緒にすると、とても喜ぶ。
 俺も知らないことだったりするから、お互いに初めてを楽しんでいる。今まであまり人と触れ合うことのなかった俺が、街の人間と気安く話すようになった。

 全て慎翔のおかげだ。

 精霊たちも歓迎してくれているようで、慎翔の周りをふわふわと飛んでいるが、俺の時より断然に数が多い。
 そのことにもふっと笑いが漏れる。

 穏やかな時間が流れる。
 俺はこの場所の、静かな時間がとても好きだ。
 そして慎翔がいる。とても幸せを感じた。
 
 誕生日プレゼントを渡すなら、今だ。と、慎翔に向かい指輪の入った箱をそっと渡した。

 これはヒノトとミコトが教えてくれた、あちらの世界での習わしだと。

「結婚する相手に渡すのが基本なんだけど、そこにどれほどの想いを込めるのかは、その人次第だよ。」

 そうして作ってもらったのは金のリング。
 俺の込めた想いはさぞかし重かろうと自嘲した。

 渡す手は震えていないだろうか?
 慎翔のイメージするカッコイイ俺で居られているだろうか。

 俺は余裕のあるフリをして、慎翔に箱を開けさせた。


 

 

 

 

 
 

 

 

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