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第1章
第17話 三体の王
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ゆっくりと瞼を開き、ジンは状況を確認した。
眠らされてかなり長い夢を見せられたと思ったが、実際に経過した時間は一分程度。
リタもバーバラもまだ決闘の場に居るし、うるさく騒ぐ野次馬達は生徒会長の華麗な勝利に賛辞の言葉を送っている。
リタ本人も己の勝利を確信していた事だろう。
それをあざけるように、ジンは高らかと嗤った。
「ははははははは………!」
カレンに支えられた手を優しく解き、眼前の強者を見据える。
笑い声をあげて目覚めた不可触民に周囲は一瞬で押し黙った。
「あ、あなた、無事だったの?」
「良かったぜ兄貴……!」
黒曜石のように黒く輝く髪を風に棚引かせながらカレンが素っ頓狂な声を発し、ペドローは安堵の溜息を洩らした。
ニヤニヤと薄気味悪い笑みを浮かべながら頷く。
「無事に決まっているだろう。ただ、夢を見せられただけだ」
生徒会長のリタからも、ティターニアからも奇異の目を向けられる。
そして、改めて警戒態勢に入った彼女から疑問の言葉が投げられた。
「バーバラに悪夢を見せられて、こんなにも早く目覚めるなんて……普通なら二、三時間は目を覚まさないのだけど、どうやって夢の世界から抜け出したのかしら?」
ジンはさも当然のように答える。
「ただの夢だろ? どうして起きられない理由がある」
「夢はそんな単純なものでは無いのだけれど。誰にだって忘れてしまいたい嫌なトラウマくらいあるものだわ。人の恐怖心を呼び覚まして、精神を崩壊させてしまうのがバーバラの力だもの」
ジンはくく、と嗤う。
「何言ってるんだ? トラウマってのは自分を強くするキッカケであって、別に思い出して悪い事なんか無いだろう? それに、恐怖ってのは、楽しいって事だろう? だったら、夢なんかよりも現実の方がよっぽど怖い」
「あなたこそ何を言っているのかしら? 本来、夢を見ている時は現実との区別は出来ない。夢は確かに存在して誰でも見るのだから、それは現実と変わりないわ」
「夢は夢。現実は現実だ。そこにははっきりとした境界線がある。そして、人が生きるのは現実の世界だ。ならば、その夢から抜け出す方法なんか簡単だ。壊してしまえばいい」
生徒会長が怪訝そうに首を傾げる。
それに反して不可触民は楽しそうに嗤った。
「まともに会話にもなりませんわね……」
「それでも上映料くらいは払わないとな……俺があんたに、現実を突きつけてやろう」
「まだ私と戦う気なのかしら? あなたのレヴィアタンは眠ったままですわよ?」
すやすやと鼻提灯まで作って気持ちよさそうに眠る我が使い魔を見て、ジンは呆れの溜息を吐いた。
彼女はとても良い夢を見ているのだろう。
魔物でも眠っている時は夢を見るんだなと面白い発見も出来たし、こんなにも安らかな表情を浮かべている同胞を叩き起こすのは忍びないが、力技に徹する。
「起きろ、ヴィクトリア」
ジンが水竜の指輪に強い魔力の波を送ると、指輪がひとしきり強い光を発し、魔力が魔物に伝達される。
びくん、とレヴィアタンの巨体が大きく揺れ、ウトウトと目を開け大きな欠伸をかました。
「いつまで寝ている気だ。さっさと決着をつけるぞ?」
唐突に無理やり起こされたヴィクトリアは至極機嫌が悪そう。主人に対して抗議を訴えている。
「ふふふ……レヴィアタンが起きたのは良いけれど、その子ではバーバラに勝てない事は先程証明されたわ。私、無駄な争いは好みませんの」
余裕に笑みを浮かべるリタの背後でティターニアが不適に小さく笑う。
安い挑発に乗った水竜は、寝起きもあって怒りの咆哮をあげた。
「第二ラウンドだ。そろそろ、俺も本気を出すとしよう」
「あら、今までは本気じゃなかったのかしら?」
「ああ、そうとも」
「見栄を張らなくてよくってよ」
「本当さ。あんたには、極上の現実をプレゼントしよう」
ジンは左手を掲げた。
人差し指、中指、薬指に一つずつ、同じデザインの契約の指輪が嵌められている。
薬指の指輪はヴィクトリアの指輪。
今なお使い魔に魔力を供給し続け禍々しく淡い光を放っている。
ジンの背後で、カレンが息を飲み、体を震わした。
「サモン。出番だ、グロスター……!」
詠唱をすると人差し指の指輪から激しい光が放たれる。
と同時に魔力の渦がジンの身体を中心に湧き出た。
強大過ぎる魔力は、ここに居る者全員の肌にびりびりと刺すような刺激を与え、力の無いものから苦悶の表情を浮かべ始める。
現れた二体目の使い魔、グロスターは地響きを鳴らしながら地面に着地し、挨拶ばかりの遠吠えをすした。
「――――――――!!」
「紹介するぜ。俺の敬愛する使い魔の一体、ベヒモスのグロスターだ……!」
思いもよらない王級使い魔の登場で、広場全体はどよめいた。
今まで余裕の表情を崩さなかったリタの表情が、初めて崩れる。
「ベヒモス……王を二体も従えているの……!?」
ベヒモスから放たれるプレッシャーたるや尋常ではない。
どっしりと身動きもせずに雄々しく構えて敵に対する姿は、美しい。
一度相対したことがあるカレンだからこそ、かの大地の王の恐ろしさと強さを知っている。では、何故ジンは今までもう一体の王を召喚しなかったのか……?
「あなた、二体同時の召喚が出来るなら、どうしてグロスターを隠していたの?」
そう問われて、ジンはポリポリ頭を掻いて答える。
「ああ、ヴィクトリアはとんだじゃじゃ馬姫でね。昨日の戦いだけじゃ物足りなかったんで一人でやらせろとさ……ヴィク、良いな? お前には今度たっぷりと暴れさせてやるから、今日は勘弁してくれよ」
ヴィクトリアが悔しそうに啼いた。
それを宥めるべくグロスターが大木のように野太い腕で首を優しくなでる。
「それに、優勢だった奴に絶望を突きつける……これほど楽しいことは無い。別に初めから瞬殺も出来たが、それじゃあつまらんだろ」
ジンのあっけらかんとした言葉と笑顔にカレンは寒気が走った。
「ふふふ……まさか、レヴィアタンとベヒモス、二体の王を一度に目にすることが出来るなんて……しかし、数が増えたからと言って、私とバーバラは負けませんわよ!」
強がりを言っているようにも聞こえるが、リタのティターニアならば二体掛かりでも善戦して見せるだろう。
しかし、彼女は根本的に勘違いをしている。
「何を言っていやがる。二体だと……? 違うな、三体だ」
「え……?」
ジンは三度指輪を掲げた。
そして――
「サモン!」
再び召喚の呪文を唱える。
「さあ出て来い、エドワード!」
すると中指に嵌められた指輪が眩い光を放った。また大きな魔力が渦巻き、光の中から巨大な影が勢いよく出現する。
姿形は鳥。
超巨大な鳥の全身を黒緑色の羽毛で包み、垂れる尾羽は鮮やかなライトグリーン。鋭い嘴の内部には細かな牙が立ち並び、足先から伸びた爪は刀のように鋭くとがっている。
現れた巨鳥は巨翼を羽ばたかせ飛び上がると、ここに居る者全員をギョロリとした眼で見下ろし、凍り付くような甲高い鳴き声をあげる。
「――――――!」
耳を劈くその鳴き声は、下等なものには聞く事すら許さない。
多くの見物人が耳を抑えて、悲鳴を洩らすもその声すらかき消す。
「まさか……ジズ……!」
カレンが驚きのあまり口を開いた。
「そうだ……俺の三体目の愛する使い魔、ジズのエドワードだ!」
カレンの呟きに答え、リタに向け宣言する。
空の王〈ジズ〉
その階級は、ベヒモス、レヴィアタンと同じく王級。
雲よりも高い高度を飛びまわり、高い山の頂上付近に住まうと言われており、空気の振動や流れ、風を操り、嵐や竜巻を起こすとされる。
人の前に姿を現したことは歴史上殆ど無く、天空世界を統べる王。
「エドワード、今日も凛々しいな。久々の出番だが、戦えるか?」
ジズは空を舞いながら短く鳴いた。
愚問である事を召喚士に伝えるように。
「王級使い魔を、三体も……っ!!」
リタは表情を歪める。
王級を一体従えているだけでもとてつもなく凄い。
二体ともなればもうあり得ない。
三体は、もう意味が分からない。理解の範疇を超えている。
しかもそれの同時召喚。供給すべき魔力は膨大極まりない。とても一人で賄える量の魔力であるとは思えない。
しかし、それをジンは何の苦悶の表情を浮かべることなく、ケロリとやって見せている。
「さあ、第二ラウンドだ……!」
ジンの言葉にリタは後退った。
生徒会長である自分が、一端の不可触民に押されている事実に唇を噛む。
それでも、学園の女王たる私が敵に対し背中を見せる事など許されないと強い気概を感じる。ギッとジンと三体の王を睨み眉を吊り上げた。
主人の闘志に応えたバーバラは一歩を踏み出し、リタの前を飛び出て臨戦態勢に入った。
――生徒会長を応援する声はすっかり無くなっていた。
「はははははは………!」
ジンの笑い声に合わせてベヒモス、レヴィアタン、ジズの三体の王が雄叫びを上げた。
その衝撃で天が震え、地面が揺れる。
王の威勢に恐れをなした生徒は、腰を抜かし、逃げ去り、気絶する。
生半可な精神では本気の王の前で立ってはいられない。
「バーバラ……ミッドサマー・ナイト・ドリーム!」
リタが使い魔に技の指示を出したことで第二ラウンドの鐘が鳴った。素早く飛び上がり、こちらに猛速度で迫る。
しかし、平静と挑戦者は応対した。
「エドワード、やれ」
たったそれだけ。
腕を広げて特大の球体を作り出しジンの使い魔達を眠らせようとしたバーバラだったが、エドワードが巨翼を振るうと突風が起こった。
巻き込まれたティターニアは錐もみになり体勢を保てず、そのまま吹き飛ばされて光の球体も霧散して消え去る。
「グロスター」
次にベヒモスの名前を呼ぶと、陸の王は地面に両腕を着いた。
すると地面から山のように大きな腕の形をした岩石が地響きと共に出現し、飛ばされるティターニアをがっしりと掴む。
「ヴィクトリア」
続いてレヴィアタンは息を吸い込んだ。
肺が盛り上がり、自分の身体を砲台に見立てて構え、高水圧のブレスを発射する。水線はバーバラに命中し、轟音を立てて岩の腕を木っ端みじんに砕いた。
「バーバラ………っ!」
リタが叫ぶ。
これが階級の低い魔物であればひとたまりも無いが、王ならばまだ耐える筈だ。
ジンの予想通り妖精の女王は光の盾を展開して己の身を守っていた。
しかし、だからと云ってかなりのダメージと精神的負傷を与えることは出来た。戦況は挑戦者側に完全に傾き切っている。
「まだまだ……せいぜい頑張ってくれよ……?」
「ぐっ……!」
リタから恐怖が垣間見える。
「エドワード、叩き落とせ……ヴィクトリア、撃て……グロスター、捕まえろ」
それからは、リタ側の防戦一方。勝負にすらなっていなかった。
いつしかバーバラの発光していた体はその光を弱め、オリーブの冠は無くなり、羽は折れ曲がりボロボロ。
ティターニアだって列記とした王級の魔物だ。
しかし、三体の王に囲まれる光景は、ただの弱い者いじめにしか見えない。
「バーバラ、一度距離を取るのよ!」
リタが叫ぶと、バーバラは逃げるように高く空へと飛びあがる。
しかし、天には空の王が居なさる。
エドワードが鳴き声と共に翼を振ると、風の弾丸が射出されて女王を上から撃った。
勢いのまま落下するティターニアを海の王が長い尻尾を巻き付けキャッチすると、ポイと陸の王にパスをする。
そして、グロスターは地面を蹴り跳んでティターニアの身体を鷲掴みにすると、全体重を乗せて固い地面に打ちつけた。
地面に大きなクレーターを作り、バーバラからけたたましい悲鳴が発せられる。
「こんなの一体、どうやって勝てばいいのよ…………っ!?」
リタは膝を折った。
ここが彼女の決断の時だろう。
傷だらけになりながら、尚も妖精は立ち上がり戦う意思を見せる。しかし、これ以上は戦いにならない。
いつだって召喚士の戦いは、傷つくのも傷つけるのも使い魔だ。
「どうする……リタ・ヒプノス?」
ジンは戦うことは好きだ。
しかし意味の無い争いは嫌いだ。
リタの心は既に折ったし、これ以上は本当にただの弱いものいじめだ。
そんな事を使い魔にやらせたくはない。
「……ええ、あなたに従います……私の、負けです……っ!」
ジンに促され、リタは自分の敗北を認めた。
この時、『私の』と彼女は言った。
これはティターニアが敗北したのではなく自分が負けたのだと、そんな意味を含んでいた。
使い魔の戦いは全て召喚士の責任だ。傷を負うのは使い魔なのだから、心の傷は全て自分が背負うべき。召喚士としての責任を重んじた見事な投了だった。
主人が負けを認めるとティターニアは糸が切れたように倒れる。
地に激突する前に指輪に戻され、リタは最大の労いの言葉と謝罪の言葉をかけて愛する女王を迎えた。
「ありがとう、バーバラ。あなたの勇姿はとても素晴らしかったわ。それと勝たせてあげられなくて、本当にごめんなさい」
目を閉じて集中し指輪を包み込み、慈しむように、一音一音ゆっくりと言葉を丁寧に伝える。
そうしてやると指輪の中に居ようと使い魔と意思の疎通ができた。
「くくくくく………!」
ジンの嗤い声が、木霊する。
「俺達の勝ちだな。生徒会長さん?」
「………ええ。あなた方の勝ちです」
ジンは高らかと嗤った。
主人の勝利を祝福し、使い魔の三体は天を仰ぎ大きな鳴き声を上げる。
学園の支配体制がひっくり返り、勢力図が塗り替わる瞬間であった。
眠らされてかなり長い夢を見せられたと思ったが、実際に経過した時間は一分程度。
リタもバーバラもまだ決闘の場に居るし、うるさく騒ぐ野次馬達は生徒会長の華麗な勝利に賛辞の言葉を送っている。
リタ本人も己の勝利を確信していた事だろう。
それをあざけるように、ジンは高らかと嗤った。
「ははははははは………!」
カレンに支えられた手を優しく解き、眼前の強者を見据える。
笑い声をあげて目覚めた不可触民に周囲は一瞬で押し黙った。
「あ、あなた、無事だったの?」
「良かったぜ兄貴……!」
黒曜石のように黒く輝く髪を風に棚引かせながらカレンが素っ頓狂な声を発し、ペドローは安堵の溜息を洩らした。
ニヤニヤと薄気味悪い笑みを浮かべながら頷く。
「無事に決まっているだろう。ただ、夢を見せられただけだ」
生徒会長のリタからも、ティターニアからも奇異の目を向けられる。
そして、改めて警戒態勢に入った彼女から疑問の言葉が投げられた。
「バーバラに悪夢を見せられて、こんなにも早く目覚めるなんて……普通なら二、三時間は目を覚まさないのだけど、どうやって夢の世界から抜け出したのかしら?」
ジンはさも当然のように答える。
「ただの夢だろ? どうして起きられない理由がある」
「夢はそんな単純なものでは無いのだけれど。誰にだって忘れてしまいたい嫌なトラウマくらいあるものだわ。人の恐怖心を呼び覚まして、精神を崩壊させてしまうのがバーバラの力だもの」
ジンはくく、と嗤う。
「何言ってるんだ? トラウマってのは自分を強くするキッカケであって、別に思い出して悪い事なんか無いだろう? それに、恐怖ってのは、楽しいって事だろう? だったら、夢なんかよりも現実の方がよっぽど怖い」
「あなたこそ何を言っているのかしら? 本来、夢を見ている時は現実との区別は出来ない。夢は確かに存在して誰でも見るのだから、それは現実と変わりないわ」
「夢は夢。現実は現実だ。そこにははっきりとした境界線がある。そして、人が生きるのは現実の世界だ。ならば、その夢から抜け出す方法なんか簡単だ。壊してしまえばいい」
生徒会長が怪訝そうに首を傾げる。
それに反して不可触民は楽しそうに嗤った。
「まともに会話にもなりませんわね……」
「それでも上映料くらいは払わないとな……俺があんたに、現実を突きつけてやろう」
「まだ私と戦う気なのかしら? あなたのレヴィアタンは眠ったままですわよ?」
すやすやと鼻提灯まで作って気持ちよさそうに眠る我が使い魔を見て、ジンは呆れの溜息を吐いた。
彼女はとても良い夢を見ているのだろう。
魔物でも眠っている時は夢を見るんだなと面白い発見も出来たし、こんなにも安らかな表情を浮かべている同胞を叩き起こすのは忍びないが、力技に徹する。
「起きろ、ヴィクトリア」
ジンが水竜の指輪に強い魔力の波を送ると、指輪がひとしきり強い光を発し、魔力が魔物に伝達される。
びくん、とレヴィアタンの巨体が大きく揺れ、ウトウトと目を開け大きな欠伸をかました。
「いつまで寝ている気だ。さっさと決着をつけるぞ?」
唐突に無理やり起こされたヴィクトリアは至極機嫌が悪そう。主人に対して抗議を訴えている。
「ふふふ……レヴィアタンが起きたのは良いけれど、その子ではバーバラに勝てない事は先程証明されたわ。私、無駄な争いは好みませんの」
余裕に笑みを浮かべるリタの背後でティターニアが不適に小さく笑う。
安い挑発に乗った水竜は、寝起きもあって怒りの咆哮をあげた。
「第二ラウンドだ。そろそろ、俺も本気を出すとしよう」
「あら、今までは本気じゃなかったのかしら?」
「ああ、そうとも」
「見栄を張らなくてよくってよ」
「本当さ。あんたには、極上の現実をプレゼントしよう」
ジンは左手を掲げた。
人差し指、中指、薬指に一つずつ、同じデザインの契約の指輪が嵌められている。
薬指の指輪はヴィクトリアの指輪。
今なお使い魔に魔力を供給し続け禍々しく淡い光を放っている。
ジンの背後で、カレンが息を飲み、体を震わした。
「サモン。出番だ、グロスター……!」
詠唱をすると人差し指の指輪から激しい光が放たれる。
と同時に魔力の渦がジンの身体を中心に湧き出た。
強大過ぎる魔力は、ここに居る者全員の肌にびりびりと刺すような刺激を与え、力の無いものから苦悶の表情を浮かべ始める。
現れた二体目の使い魔、グロスターは地響きを鳴らしながら地面に着地し、挨拶ばかりの遠吠えをすした。
「――――――――!!」
「紹介するぜ。俺の敬愛する使い魔の一体、ベヒモスのグロスターだ……!」
思いもよらない王級使い魔の登場で、広場全体はどよめいた。
今まで余裕の表情を崩さなかったリタの表情が、初めて崩れる。
「ベヒモス……王を二体も従えているの……!?」
ベヒモスから放たれるプレッシャーたるや尋常ではない。
どっしりと身動きもせずに雄々しく構えて敵に対する姿は、美しい。
一度相対したことがあるカレンだからこそ、かの大地の王の恐ろしさと強さを知っている。では、何故ジンは今までもう一体の王を召喚しなかったのか……?
「あなた、二体同時の召喚が出来るなら、どうしてグロスターを隠していたの?」
そう問われて、ジンはポリポリ頭を掻いて答える。
「ああ、ヴィクトリアはとんだじゃじゃ馬姫でね。昨日の戦いだけじゃ物足りなかったんで一人でやらせろとさ……ヴィク、良いな? お前には今度たっぷりと暴れさせてやるから、今日は勘弁してくれよ」
ヴィクトリアが悔しそうに啼いた。
それを宥めるべくグロスターが大木のように野太い腕で首を優しくなでる。
「それに、優勢だった奴に絶望を突きつける……これほど楽しいことは無い。別に初めから瞬殺も出来たが、それじゃあつまらんだろ」
ジンのあっけらかんとした言葉と笑顔にカレンは寒気が走った。
「ふふふ……まさか、レヴィアタンとベヒモス、二体の王を一度に目にすることが出来るなんて……しかし、数が増えたからと言って、私とバーバラは負けませんわよ!」
強がりを言っているようにも聞こえるが、リタのティターニアならば二体掛かりでも善戦して見せるだろう。
しかし、彼女は根本的に勘違いをしている。
「何を言っていやがる。二体だと……? 違うな、三体だ」
「え……?」
ジンは三度指輪を掲げた。
そして――
「サモン!」
再び召喚の呪文を唱える。
「さあ出て来い、エドワード!」
すると中指に嵌められた指輪が眩い光を放った。また大きな魔力が渦巻き、光の中から巨大な影が勢いよく出現する。
姿形は鳥。
超巨大な鳥の全身を黒緑色の羽毛で包み、垂れる尾羽は鮮やかなライトグリーン。鋭い嘴の内部には細かな牙が立ち並び、足先から伸びた爪は刀のように鋭くとがっている。
現れた巨鳥は巨翼を羽ばたかせ飛び上がると、ここに居る者全員をギョロリとした眼で見下ろし、凍り付くような甲高い鳴き声をあげる。
「――――――!」
耳を劈くその鳴き声は、下等なものには聞く事すら許さない。
多くの見物人が耳を抑えて、悲鳴を洩らすもその声すらかき消す。
「まさか……ジズ……!」
カレンが驚きのあまり口を開いた。
「そうだ……俺の三体目の愛する使い魔、ジズのエドワードだ!」
カレンの呟きに答え、リタに向け宣言する。
空の王〈ジズ〉
その階級は、ベヒモス、レヴィアタンと同じく王級。
雲よりも高い高度を飛びまわり、高い山の頂上付近に住まうと言われており、空気の振動や流れ、風を操り、嵐や竜巻を起こすとされる。
人の前に姿を現したことは歴史上殆ど無く、天空世界を統べる王。
「エドワード、今日も凛々しいな。久々の出番だが、戦えるか?」
ジズは空を舞いながら短く鳴いた。
愚問である事を召喚士に伝えるように。
「王級使い魔を、三体も……っ!!」
リタは表情を歪める。
王級を一体従えているだけでもとてつもなく凄い。
二体ともなればもうあり得ない。
三体は、もう意味が分からない。理解の範疇を超えている。
しかもそれの同時召喚。供給すべき魔力は膨大極まりない。とても一人で賄える量の魔力であるとは思えない。
しかし、それをジンは何の苦悶の表情を浮かべることなく、ケロリとやって見せている。
「さあ、第二ラウンドだ……!」
ジンの言葉にリタは後退った。
生徒会長である自分が、一端の不可触民に押されている事実に唇を噛む。
それでも、学園の女王たる私が敵に対し背中を見せる事など許されないと強い気概を感じる。ギッとジンと三体の王を睨み眉を吊り上げた。
主人の闘志に応えたバーバラは一歩を踏み出し、リタの前を飛び出て臨戦態勢に入った。
――生徒会長を応援する声はすっかり無くなっていた。
「はははははは………!」
ジンの笑い声に合わせてベヒモス、レヴィアタン、ジズの三体の王が雄叫びを上げた。
その衝撃で天が震え、地面が揺れる。
王の威勢に恐れをなした生徒は、腰を抜かし、逃げ去り、気絶する。
生半可な精神では本気の王の前で立ってはいられない。
「バーバラ……ミッドサマー・ナイト・ドリーム!」
リタが使い魔に技の指示を出したことで第二ラウンドの鐘が鳴った。素早く飛び上がり、こちらに猛速度で迫る。
しかし、平静と挑戦者は応対した。
「エドワード、やれ」
たったそれだけ。
腕を広げて特大の球体を作り出しジンの使い魔達を眠らせようとしたバーバラだったが、エドワードが巨翼を振るうと突風が起こった。
巻き込まれたティターニアは錐もみになり体勢を保てず、そのまま吹き飛ばされて光の球体も霧散して消え去る。
「グロスター」
次にベヒモスの名前を呼ぶと、陸の王は地面に両腕を着いた。
すると地面から山のように大きな腕の形をした岩石が地響きと共に出現し、飛ばされるティターニアをがっしりと掴む。
「ヴィクトリア」
続いてレヴィアタンは息を吸い込んだ。
肺が盛り上がり、自分の身体を砲台に見立てて構え、高水圧のブレスを発射する。水線はバーバラに命中し、轟音を立てて岩の腕を木っ端みじんに砕いた。
「バーバラ………っ!」
リタが叫ぶ。
これが階級の低い魔物であればひとたまりも無いが、王ならばまだ耐える筈だ。
ジンの予想通り妖精の女王は光の盾を展開して己の身を守っていた。
しかし、だからと云ってかなりのダメージと精神的負傷を与えることは出来た。戦況は挑戦者側に完全に傾き切っている。
「まだまだ……せいぜい頑張ってくれよ……?」
「ぐっ……!」
リタから恐怖が垣間見える。
「エドワード、叩き落とせ……ヴィクトリア、撃て……グロスター、捕まえろ」
それからは、リタ側の防戦一方。勝負にすらなっていなかった。
いつしかバーバラの発光していた体はその光を弱め、オリーブの冠は無くなり、羽は折れ曲がりボロボロ。
ティターニアだって列記とした王級の魔物だ。
しかし、三体の王に囲まれる光景は、ただの弱い者いじめにしか見えない。
「バーバラ、一度距離を取るのよ!」
リタが叫ぶと、バーバラは逃げるように高く空へと飛びあがる。
しかし、天には空の王が居なさる。
エドワードが鳴き声と共に翼を振ると、風の弾丸が射出されて女王を上から撃った。
勢いのまま落下するティターニアを海の王が長い尻尾を巻き付けキャッチすると、ポイと陸の王にパスをする。
そして、グロスターは地面を蹴り跳んでティターニアの身体を鷲掴みにすると、全体重を乗せて固い地面に打ちつけた。
地面に大きなクレーターを作り、バーバラからけたたましい悲鳴が発せられる。
「こんなの一体、どうやって勝てばいいのよ…………っ!?」
リタは膝を折った。
ここが彼女の決断の時だろう。
傷だらけになりながら、尚も妖精は立ち上がり戦う意思を見せる。しかし、これ以上は戦いにならない。
いつだって召喚士の戦いは、傷つくのも傷つけるのも使い魔だ。
「どうする……リタ・ヒプノス?」
ジンは戦うことは好きだ。
しかし意味の無い争いは嫌いだ。
リタの心は既に折ったし、これ以上は本当にただの弱いものいじめだ。
そんな事を使い魔にやらせたくはない。
「……ええ、あなたに従います……私の、負けです……っ!」
ジンに促され、リタは自分の敗北を認めた。
この時、『私の』と彼女は言った。
これはティターニアが敗北したのではなく自分が負けたのだと、そんな意味を含んでいた。
使い魔の戦いは全て召喚士の責任だ。傷を負うのは使い魔なのだから、心の傷は全て自分が背負うべき。召喚士としての責任を重んじた見事な投了だった。
主人が負けを認めるとティターニアは糸が切れたように倒れる。
地に激突する前に指輪に戻され、リタは最大の労いの言葉と謝罪の言葉をかけて愛する女王を迎えた。
「ありがとう、バーバラ。あなたの勇姿はとても素晴らしかったわ。それと勝たせてあげられなくて、本当にごめんなさい」
目を閉じて集中し指輪を包み込み、慈しむように、一音一音ゆっくりと言葉を丁寧に伝える。
そうしてやると指輪の中に居ようと使い魔と意思の疎通ができた。
「くくくくく………!」
ジンの嗤い声が、木霊する。
「俺達の勝ちだな。生徒会長さん?」
「………ええ。あなた方の勝ちです」
ジンは高らかと嗤った。
主人の勝利を祝福し、使い魔の三体は天を仰ぎ大きな鳴き声を上げる。
学園の支配体制がひっくり返り、勢力図が塗り替わる瞬間であった。
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そして義理の兄妹として再開した現在、玲二に対して変質的な愛情を抱くヤンデレなブラコン義妹に変貌していた朱音は、あの手この手を使って彼の真の実力を発覚させようとしてくる!
――俺はもう、人に期待されるのはごめんなんだ。
そんな玲二の願いは叶うことなく、ヤンデレ義妹の暴走によって彼がハイスペックであるという噂は徐々に学校中へと広まっていく。
やがて玲二の真の実力に危機感を覚えた生徒会までもが動き始めてしまい……。
義兄の実力を全校生徒に知らしめたい、ブラコンにしてヤンデレの人気モデル VS 真の実力を絶対に隠し通したい、実は最強な最底辺の陰キャぼっち。
二人の心理戦は、やがて学校全体を巻き込むほどの大きな戦いへと発展していく。
勘当貴族なオレのクズギフトが強すぎる! ×ランクだと思ってたギフトは、オレだけ使える無敵の能力でした
赤白玉ゆずる
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【10/23コミカライズ開始!】
『勘当貴族なオレのクズギフトが強すぎる!』のコミカライズが連載開始されました!
颯希先生が描いてくださるリュークやアニスたちが本当に素敵なので、是非ご覧になってくださいませ。
【第2巻が発売されました!】
今回も改稿や修正を頑張りましたので、皆様どうぞよろしくお願いいたします。
イラストは蓮禾先生が担当してくださいました。サクヤとポンタ超可愛いですよ。ゾンダールもシブカッコイイです!
素晴らしいイラストの数々が載っておりますので、是非見ていただけたら嬉しいです。
【ストーリー紹介】
幼い頃、孤児院から引き取られた主人公リュークは、養父となった侯爵から酷い扱いを受けていた。
そんなある日、リュークは『スマホ』という史上初の『Xランク』スキルを授かる。
養父は『Xランク』をただの『バツランク』だと馬鹿にし、リュークをきつくぶん殴ったうえ、親子の縁を切って家から追い出す。
だが本当は『Extraランク』という意味で、超絶ぶっちぎりの能力を持っていた。
『スマホ』の能力――それは鑑定、検索、マップ機能、動物の言葉が翻訳ができるほか、他人やモンスターの持つスキル・魔法などをコピーして取得が可能なうえ、写真に撮ったものを現物として出せたり、合成することで強力な魔導装備すら製作できる最凶のものだった。
貴族家から放り出されたリュークは、朱鷺色の髪をした天才美少女剣士アニスと出会う。
『剣姫』の二つ名を持つアニスは雲の上の存在だったが、『スマホ』の力でリュークは成り上がり、徐々にその関係は接近していく。
『スマホ』はリュークの成長とともにさらに進化し、最弱の男はいつしか世界最強の存在へ……。
どん底だった主人公が一発逆転する物語です。
※別小説『ぶっ壊れ錬金術師(チート・アルケミスト)はいつか本気を出してみたい 魔導と科学を極めたら異世界最強になったので、自由気ままに生きていきます』も書いてますので、そちらもどうぞよろしくお願いいたします。
髪の色は愛の証 〜白髪少年愛される〜
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特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
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