最低召喚士の学園制覇録

幽斎

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第1章

第18話 覇王の誕生

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 不可触民の少年は感謝した。

 自分の生まれに、卑しい身分や今まで体験した経験の一切合切に。これまでに出会った全ての人々、敵味方も関係なく、この星に生きとし生ける全てのものに、ジンは心からの感謝の念を送った。

「ありがとう、リタ・ヒプノス。これで俺達はまた一つ強くなれた」

 先ほどまで雌雄しゆうを決した絶対王者に感謝の言葉を送ると、さっきまで学園の女王だった少女はコクリと頷いた。

「ありがとう、グロスター、ヴィクトリア……そして、エドワード」

 これまで仕えてくれた偉大なる王様たちに最大の感謝を伝える。
 一体、誰がこの瞬間を予想しただろうか。学園の頂点に君臨し続けた女王が破れ、しかも勝者は汚らわしい不可触民だ。
 そんな不可触民である小汚い少年が、三体もの王を従える光景には誰もが言葉を失った。

 陸海空のそれぞれの王は、主人を前に悠然と整列するとこうべを垂れて忠誠を示した。 

「なんて、美しいのかしら……」

 リタは偉大なる王が整然と立ち並ぶ姿に感激の言葉を洩らした。

 ジンがせめてもの労いを込めて使い魔達を撫でやる。優しく、いたわるように絶妙な力加減で撫でやる。王様達は気に入ってくれたようで、気分良さそうに喉を鳴らしていた。

 ひとしきり撫で終わると再びリタに向き直る。
 今度は勝負の前に予め取り決めた事を窺う為にだ。
 この勝敗により生徒会はジンのものとなった。

「分かっているな。リタ?」

 まさか生徒会の会長が約束事を反故にするとは微塵も思っていないが、強く念を押しておく。しかしその心配は無用だった。

「はい」

 リタはギュッと目を閉じ、直ぐに開くと片膝を地に着け右手を胸に宛てる。
 まるで騎士のようにジンに対して低頭し、そして――

「まずは貴方様に対する数々の無礼、謹んでお詫び申し上げます。勝負の取り決めにより、生徒会は貴方様のものとなりました。どうぞ好きなようにお使いくださいませ……それから、不肖ふしょうながら私リタ・ヒプノスは、ジン様に身も心も捧げ忠誠を誓います。我が身体、我が意志は貴方様のものです」

 そう宣言した。
 リタの申し出に満足そうにジンは口元を緩める。

「会長! 何を言っているんです!?」

 バートラムがリタの元へ駆けより口調を荒げて提言した。

「確かに負けてしまいましたし、勝負の取り決めを違えることは出来ません……しかし、生徒会を明け渡しても、会長まで奴の言いなりになる必要はないではありませんか!!」

 バートラムは力強くそう言い放つも、リタは後輩にすら振り向かずに答える。

「何を言っているのかしらバートラム……私は自ら望んでこの方にお仕えしたいのよ……御覧なさい、あのお姿を。陸海空を統べる王ですら、あのお方には頭を垂れている……あのお方こそ、王の中の王、まさに覇王と呼ぶにふさわしいお方なのよ。私はそんなお方のお傍に居たいと考えただけなのよ」

 リタは一切の敵意を捨て去り、ジンに対し深々とお辞儀をした。
 上流階級、侯爵家の令嬢がアンタッチャブルの男に忠義を誓う。
 これでは世の中の常識があべこべだ。
 しかし、ジンは低く嗤うと生徒会長に向けて口を開いた。

「良いとも、歓迎しようリタ。今日からお前は俺のしもべだ」

「はい、ありがたき幸せに存じます」

 一体何が起きているのか、周りの人物達は置いてきぼりだ。
 それを代弁するかのようにカレンがジンに質問を投げかける。

「どうなってるの……?」

 ジンは面白そうに笑ってから答えた。

「リタの家は代々国王に仕える騎士侯爵の家系だ。どうやら彼女は、俺の事を仕えるに値する人間だと認識してくれたらしい」

「でも、だからって……」

「強者はより強い覇者と出会った時それに従う……これは自然の摂理であり特別不思議なことは無い……あんたや、ペドローと一緒だ」

 身分階級からもはじき出された下賤な存在が、ピラミッドの頂点に立つ女を僕として手に入れた。既存の常識が崩れ去り、新たな秩序が生まれる。
 それは弱肉強食と言うの名の自然界に古くからある掟だった。

「ちょっと、私はあなたなんかに従ってないわよ!」

「……そうかい」

 カレンの否定を軽く受け流していると、堪え切れなくなったのかペドローが鼻息荒く近づいてきた。

「すげえ、すげえよ兄貴! やっぱり俺、あんたに惚れて正解だった! 一生兄貴について行くぜ!」

「……そうか」

 一生は勘弁願いたいが、純粋に祝福してくれて賛辞を投げてくれているのだから、その気持ちだけ汲み取るとしよう。

 ようやく、ジンの目的は完了した。

 会長を破り生徒会まで我が手中へと収めた。
 これで全校生徒に対してジンが指示を下す事が出来る。
 これにより身分階級による不当な虐めや暴力が無くなり、この学園に通う全ての人間が公平に学問にはげみ腕を磨くことが出来る。

 キヤルのように嫌がらせに怯える生徒は居なくなる。
 ラグナのように意味の無い理由で弱きものを虐げる人間が居なくなる。

 学園が学園としての正しい姿を取り戻し、そしてゆくゆくは不可触民だってきちんと学問を学ぶことが出来る。ジンはその為にここまで突っ走ってきたのだ。

「リタ。一先ず事態を収束させろ。現生徒会メンバーとも色々と話す事もあるだろう?」

「仰せのままに」

「ペドローも手伝ってやれ。一人だと大変だろうからな」

「ああ、分かった」

「俺はクラブハウスで休んでいる。カレン、着いて来い」

「……指図しないでよ」

 三人に命令を告げ、使い魔達を指輪の中へ戻すと生徒会のクラブハウスへ歩み出した。
 憎まれ口を叩きながらもカレンは後ろに付いてくる。

「はいはーい、それでは皆さん、聞いての通り、生徒会はジン様のものになりました~!」

「会長! 何を言っているんですか!?」

「おい、リタ! いい加減にしろぉ!」

 決戦場を後にすると、バートラムやフェラポントといった、多くの者の怒号が響いた。これは、かなりの揉め事になるだろう。
 生徒達を統括する組織が不可触民に乗っ取られたのだから仕方無いが、生徒達は不安に駆られて場が混乱する。時間は掛かりそうだ。

 それはリタに全面的に任せるとして、クラブハウスの馬鹿に大きく無駄に豪華な扉を乱暴に開け放ち、中へと踏み入れた。

 後ろに着いて入るカレンが仕方なさそうに丁寧に扉を閉め、瞬間、ジンは床に突っ伏した。

「はあ……はあ……はあ……っ!」

 そして、肩を激しく上下させ荒い呼吸を繰り返し、空えづきをする。
 心臓がうるさく脈打ち、血液が沸騰しているようだった。

「どうしたの……っ!」

 突然うずくまるジンに、カレンは血相を変えて背中を擦った。
 体中から玉のような汗が吹き出し、一瞬にして水たまりを作る。

「ふう……ふう……」

 何度も深呼吸をして気持ちを落ち着かせ、カレンの介護の甲斐もあって心臓の鼓動も穏やかになるが、酷い頭痛で気を失いそうだった。

「やっぱり、王級を三体も同時に操るのはキツかったの……?」

「当たり前だろうが……今までは単なるやせ我慢だっつうの」

 エドワードを召喚した瞬間から、相当しんどかった。
 一体でも多量の魔力を供給しなくてはならない王級を三体も。限界すれすれ、勝負の終盤には意識が朦朧もうろうとしていた。

 それでも、リタにも見物人達にも自分の持ちうる全ての力を見せつけてインパクトを与えなければいけなかったし、そのお陰でリタはすんなりと軍門に下った。

 なんとか勝てた、では無く、圧倒的な力の差を見せつけて勝たなければならなかったのだ。

 その為に必死こいて余裕ぶった演技をしておきながら、颯爽と去らなければならなかったし、リタとペドローに事態の収拾を任せて早々と退場したのは心底休みたかったからである。

「やべっ……ちょっと、横にならせてくれ……」

「分かったから、ソファのある部屋まで頑張りなさい」

「無理……カレン、膝枕……」

「調子に乗るな!」

「頼む頼む、もうホント無理だからぁ……」

「あー、もー……」

 頭がガンガンと割れそうだった。あれ以上戦いが長引けば、限界以上の魔力を使い魔に供給する事になり、使い魔を暴走させたり、召喚士が命を落とす危険性まで孕んでいた。三体もの王級使い魔が主人の管理下を離れ暴走なんてことになったら、多くの怪我人を出しただろう。

 カレンに土下座をする勢いで頼み込むと、彼女は渋々ながら膝を貸してくれた。
 もう少し気分的に余裕のある時ならば、この可憐な少女の太ももを存分に堪能出来たのだろうに、非常に残念だ。今は吐き気と戦うので精いっぱい。

「あー……あー……」

 醜態しゅうたいだが、そんなことも気にしてはいられない。
 誰かが傍に居てくれなければ、容態が悪化した時に何ともしてくれないし、カレンが居てくれて本当に良かった。

 カレンはカレンで、いつもふてぶてしいジンの弱り切った姿を目にして、少し面白そうだ。

「今なら、あなたに勝てるかもね……生徒会長を破ったあなたを」

「勘弁してくれ……勝利なんかくれてやるからさ……」

 もうそれどころではない。不戦勝ならいくらでもくれてやる。

「冗談よ……弱ったあなたなんか倒しても意味が無いわ……」

 そしてカレンは少し考えた後、

「ねえ、あなたはどうしてそんなに強いの?」

 ぽつりと質問を投げかけた。

「……それ、前にも聞かれたけど……今の俺を見て強そうに見えるか?」

「見えないけど……でも実際あなたはもの凄く強かったわ」

「別に俺一人の力なんて微々たるものだ……強いのは、グロスターとヴィクトリアとエドワードであって、俺は何も強くないんだ……強がって見せているだけだ」

 ジンは痛む頭を押さえながらカレンの質問に真剣に答えた。

「でも、強い使い魔を従えるのは、それは召喚士が強い証拠だわ……だって、三体もの王級使い魔と契約を結ぶことなんか出来ないんだもの」

「それは、俺は運が良かったんだ」

「運?」

「そう。俺は不可触民として生まれた……めちゃくちゃラッキーだったと思っている。お陰で沢山の試練があったし、色んな人とも出会えて、グロスター達と出会えた……俺は、アンタッチャブルで本当に良かった」

 ジンは懐かしむように言葉を紡ぎ出した。

「普通の人は、そんな風には考えないのよ」

「なら俺は普通でなくて良い」

「なんだか結局はぐらかされて、また聞きたい答えを聞けなかったわ」

「あんたが聞きたい答えと、俺の答えが違うだけだ……ただ、あんたは既に十分強いよ……それと……」

 ジンは頭を動かし頭上にあるカレンの顔を見上げた。
 見下ろすカレンの黒い双眸をしっかりと見て口を開く。

「さっきはありがとう、心配してくれて……ああやって誰かに心配されるのは初めてだった」

 ニコリ。と今までの厭らしい嗤いでは無く、無垢な少年の微笑みを浮かべる。

「っ……!」

 すると、見る見るうちにカレンの顔が真っ赤に染まっていった。

「あ、あなたなんか心配して無いわ……! あれは自分を心配したのよ! あなたが負ければ、私まで退学になるところだったんだから!」

「はいはい……それでも嬉しいよ……」

 カレンの慌て声を受け流し、目を瞑る。急激な眠気が襲ってきた。

「あ、ちょっと、こんな所で寝ないでよ……! 一度起きて!」

「あー……無理だ、動けん」

 だんだんと意識が遠のいて行く。この枕のせいかもしれん。凄く寝心地がいい。
 瞼が重い。もう自分の力では持ち上がらない。
 意識が、とおく………

「寝るな! もう、サモン……! マリー、お願い。運んであげて」

 離れ行く意識の中で、何か暖かくて大きなものに運ばれているような、そんな感触と、時折、頭を誰かに触られているような、そんな気がした。

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