男装令嬢物語

おもち

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変化するモノ

ep7:名前を呼んで

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 ある日の昼下がり、ユーリは城の廊下を歩く。トワが庭師として庭園の手入れなど勤務している時は護衛という護衛はお役御免なので、レックスの指示がないと割と暇なのだった。

 何をしようかと思い巡らすと前を通る見慣れた背中。野良猫野郎という言葉をぐっと飲み込んで、ユーリは初めて素直に名を呼ぶ。

「ギル!」

 その呼びかけにギルは振り向き、ユーリを見て目を見開いた。そしてすぐに微笑む。

「ユーリか、どうした?」

「……なんでもない」

 呼び止めたものの、特に用があるわけではなく。しかしこの機会を逃してはいけないと、ユーリは思い切って言葉を続ける。

「あの……一緒に歩いても、いい?」

 するとギルは一瞬固まる。しかしすぐにふっと笑うと目を細めた。その顔には確かに喜びが含まれており、ギルもきっと自覚はないのだろう。
 ユーリはそんなギルをみてドキッとし、顔が見れなくなる。ユーリが隣にくるのを待ち、共に歩く。

 ふと、ギルはユーリの髪留めに目がいった。それは自分が贈った銀の猫の髪留め。大事に使ってくれているんだなと少し嬉しくなり、口元が綻ぶ。

「?何笑ってんだよ」

「いや?なんでもないよ」

 指摘をしたらせっかくつけてくれているのに外してしまいそうだから、ギルはあえて触れないようにした。

 そのままレックスの執務室まで歩き続ける。そこにはクリスとダイルが待っていて、ユーリとギルが二人並んでやってきたのを見て驚いた。

「え?なんでギルとユーリが一緒にいるんだ?」

「別に……なんでもないですよ」

 ダイルの問いに顔を背けるユーリ。ギルは吹き出しそうになったが、なんとか堪える。

 するとクリスがユーリの髪留めに気づいた。じっと見ているとユーリも気づいて頬を染めながら、でも少しはにかむような笑みを浮かべる。
 ここで空気を読めなかったのがダイルで、彼も髪留めに気付き声高らかに「可愛いなそれ」と言ってしまった。

「猫か?ユーリのイメージと違うけど、よく似合ってるな」

「え、あ……っ」

「贈り物?素敵だね」

 なんとクリスも話にのってきた。ユーリはますます言葉を詰まらせ、それを見てギルがとうとう吹き出す。ユーリはギルをジト目で見る。

「なにがおかしいんだよ」

「いや?可愛いなと思って」

「!」

 真っ赤になって驚くユーリを見てダイルが目を丸くする。クリスは何か察したような顔をした。

 そして、ダイルに目で合図する。それにハッとしたダイルだが、ギルがもっと揶揄う気だと感じたクリスはすかさずギルとユーリの間に入って壁を作るとユーリを守るように立ち塞がる。そして怒涛の質問攻めになった。

「これはギルがあげたの?」

「そーですよ」

「ギルが女性に贈り物なんて、珍しいこともあるんだね。またなんで?」

「ええ……なんとなく?」

「ふーん。なんとなくで毎日身につけるような物を贈るなんて、とても熱烈だね」

「えっと、クリスちゃん?」

「ギル、俺もクリスと同意見だぞ。ユーリをあまり揶揄うなよ」

 ダイルにまでなぜか叱責をうけるギル。様子をみていたレックスも面白そうに成り行きを見守る。

「揶揄ってなんかいませんよ。これは俺がユーリにあげたくてやったものなんで」

 ギルの言葉にユーリの頬がますます赤くなった。男性として生きてきたからか、女性としての扱われ方が慣れてないユーリにとってこの状況は恥ずかしいことこの上ない。見かねたレックスが助け舟を出す。

「俺もユーリに何か贈ろうか?ダイルとクリス、それにギルにも」

「殿下はトワさんに何か贈ったらいいのでは?」

 ギルの言葉に全くだと頷く3人。矛先がレックスに向いたことで話は終わった。照れがまだ残るユーリにギルはこそっと耳打ちする。

「ねえ、ユーリ」

「なんだよ」

「今度また二人で出かけない?」

 ギルの言葉にユーリはきょとんとし、少し遅れて赤面した。そして無言で頷いたのだった。




 そんなやりとりがあってから数日後の今日、ギルと共に町に出ることに。

 レックス達には気取られないようにこっそりと出かけたのだが、二人一緒に出かけているところを見られており後日揶揄われることになるのをこの時の二人はまだ知らない。

 城外で待ち合わせる。約束の時間を少し過ぎた頃、ギルの元へ駆け寄るユーリ。息を乱して慌ててきたのがわかるそれに、ギルは軽く驚く。

「ごめんっ……遅くなって」

「あんた遅刻とかしないんだと思ってたけど……そんな慌てて走ってくれるなんて意外」

「うるさい。……待たせたよな?」

「いや……そんな待ってないけど……」

 申し訳なさそうに言うユーリにギルはふっと笑った。ユーリは少しムッとするがギルがすぐに今日の予定に話題を変えたので黙ることにする。

「さて、どこ行きたい?」

「人の少ない場所。……おまえといると目立つから嫌だ」

「またまたそんなこと言って……」

「ギル、おまえ目立つから」

 ユーリの言葉にギルは黙った。

 確かに自分で言うのもなんだが、見た目がいいので人目を惹くのだ。現に今ユーリを待っている時も何人か声をかけていたのを思い出す。
 そしてそんな自分に集まる視線も感じるのだ。

 しかし今はそんなことどうでもよかった。ユーリといる時だけは自分のことを考えていてほしいのだ。だからわざと揶揄うような言葉を使う。

「あ~ぁ、トワさんが言ってた通りだな……俺もあんたも見た目がいいから注目の的だよねえ」

「?おれは別にそんな惹くような容姿じゃないけど」

 ユーリの言葉にギルは呆れ、はぁ?と思わず声に出す。

「お嬢さんほどじゃないにしろあんたも別嬪だよ」

「な、なに言ってんだ!」

 顔が赤いユーリにギルはくすっと笑う。

「だから早く行こうよ」

 そう言ってさりげなく手を握り、歩き出す。ユーリの手は少しひんやりとしていて冷たかったが触れ合った肌がじわりじわりと温まるのを感じるうちに気にならなくなる。

「おい、手!」

「ん?何か問題あるかい?」

「問題だらけだろ!」

 ユーリはギルの行動に抗議するが、ギルは聞き入れない。そればかりか、面白がってる節さえある。

「迷子防止だよ」

「誰が迷うか!」

 そんな言い争いをしながら二人はまず鍛冶屋に向かうことにした。そこで武器をいくつか手直ししたり、見たりして次の店に行こうと外に出る。
 またもや自然とギルが手を差し出す。ユーリはそれを突っぱねた。

「俺たち別に恋人同士じゃないだろ」

「やだなぁ、迷子防止だって。手を繋いでないとあんたはすぐ迷子になるでしょ」

「ならないし!」

「そ?まあ俺が繋ぎたかっただけなんだけどね」

「は?それって……」

「ドキドキしちゃった?」

「~~っ!やっぱり嫌なやつ」

 そして二人は言い合いながら城下を歩く。そのやり取りでさえ楽しいなとユーリも感じていた。

 次に訪れたのは本屋だった。本好きのユーリにとってここはとても魅力的な場所だ。いろんな本を手にとり眺め、中をパラパラと読み……とても集中している。
 ギルはユーリについていくと、ユーリは棚にある本をじっと見つめていた。そしてギルに気づくとハッとする。

「悪い……つい」

「いいよいいよ」

 二人は本屋を出てまた歩くが、少し歩いたところでふとギルが足を止める。そしてユーリに問いかけた。

「ね、ちょっと聞いてもいい?」

 ユーリが振り向くとどこか思い詰めた顔をしたギルがいた。急にどうしたのかわからずユーリは首を傾げるが返事を待つことにした。

「あんたはさ、俺が贈り物をしたり……こうして外に誘ったり、女性扱いするのはやっぱり嫌かい?」

「え?」

「いや、男として生きたいって気持ち、わからなくはないよ。あんたのその生き方には敬意を表してる。尊敬さえしてるよ」

「ギル……」

 ギルの言葉にユーリはなんと返せばいいのわからず、ただ黙って聞いていた。

 いつも揶揄ってばかりいるくせに急にどうしたんだと戸惑いながらだ。いつものようなふざけた態度ではなく、真剣な表情にユーリはさらに戸惑うが次の言葉を聞いて合点がいった。

「でも少しでいいから……俺と一緒にいてくれたらって思うんだ」

「それって……」

 ユーリはうまく返せない。そんな反応にギルは笑う。

「冗談だよ」

 ギルはユーリの頭をポンと撫でる。いつものような揶揄い方で、ユーリはホッとする反面ちょっと面白くないとも思っていた。

「さてと、もう少し歩こうか」

 そのまま歩き出すギルにユーリは慌ててついていく。
 その後はまた他愛もない会話をしながら城下を散策し、夕暮れになる前に城へ帰ることにした。

「あっという間だったな……」

「そうだな」

 ギルの呟きにユーリも同意する。なんだかまだ帰りたくないなとユーリが思っていると、ギルは察して薄い笑みを浮かべてユーリの耳元で囁く。

「また、誘ってもいいかい?」

「!」

 ユーリは赤面して言葉にならず、こくこくと頷いた。ギルはそれを見て満足そうに笑う。

 ユーリが慌てて取り繕うように何か言おうとした時、ギルの手がそっとユーリの頬に触れた。ひんやりとした手の感触に目を閉じると唇に柔らかい感触を感じた。

……え?

 驚いて目を見開くとすぐそこにギルの指。人差し指で軽く唇を押される。そしてこう言われたのだ。

「しぃ~……」

「……っ!!」

 揶揄われたのだとわかりユーリはギルの手を振り払う。そして顔を真っ赤にしてギルを睨みつけるが、ギルは満足そうに笑うだけだった。

「はっはー!あんたやっぱり揶揄い甲斐があるね」

「このっ!!」

 ユーリは思わずムキになり、言い返そうとするがうまく言葉がでない。そんなユーリの様子を見て更にギルを喜ばせることになったのだった。
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