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cannibalism syndrome Ⅱ

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 カニバリズム症候群の症例が初めて確認されたのは日本だと言われているが、実際にその日本人が1人目の感染者であったかは定かではない。
 しかし日本人の男が妻だった女の肉を食らい、腹を裂いて生まれる前の我が子をも食らったショッキングな事件は、世界に大きな衝撃を与えた。
 結果的に容疑者死亡で幕を閉じたこの事件は、当初サイコパスによる犯行とされていたが、その後カニバリズム症候群という感染症への認識が広まった事で、人類史上初めての感染者と断定された。

 それも踏まえての説明だが、諸君らは当時のカニバリズム症候群が初期型と呼ばれているのを御存知だろうか?
 その後、何度も新型へと変異を重ねたカニバリズム症候群だが、初期型の特徴は症状の進行の遅さにある。

 初期型に感染した者は長い潜伏期間の後にカニバリズム症候群に発症。
 発症してからも理性が食人衝動をコントロール出来なくなるまでに数ヶ月から1年程も掛かるケースが殆んどだ。
 件の日本人の場合は周囲が異変に気付いてから事件を起こすまでの期間が短かったが、症状の進行は人によって個人差があるので、男が初期型に感染していたと見て間違いないだろう。

 初期型の進行具合はステージ1からステージ4に分かれていて、その内容は以下の通りだ。

 牛や豚や鶏など、種類を問わず肉類を受け付けなくなり、やがて魚肉も受け付けなくなるのがステージ1。
 牛乳やチーズなどの乳製品を受け付けなくなり、動物性の食品全般を受け付けなくなるのがステージ2。
 豆類などを中心とした植物性タンパク質を多く含む穀物や野菜を受け付けなくなるのがステージ3。
 その他全ての食品を受け付けなくなり、やがて人肉以外を食物として認識しなくなるのがステージ4だ。

 人間の体臭に食欲をそそられ始めるのはステージ2辺りから。
 食人衝動を明確に実感するのはステージ3以降からだと言われている。
 ただし感染者によってはステージ2からカニバリズムを開始する者も存在するので、どうしても個人差は出てしまうのだが。

 カニバリズム症候群を完治させる方法は未だに解明されていないが、進行を遅らせる方法は早い段階で発見されていた。
 それは人との接触を完全に断って、完全隔離された部屋で過ごす事だ。
 カニバリズム症候群は人との接触、特に濃厚接触によって進行が早まる。

 件の日本人の場合は配偶者がいて、妻が妊娠していたことから見ても性的な接触も頻繁に行われていたのだろう。
 結果としてそれがカニバリズム症候群の進行を早めた事は想像に難くない。
 ある国ではステージ1の初期段階から隔離生活を送った人間が、ステージ4まで進行するのに3年の時間が掛かったとする研究が発表されている。
 しかしカニバリズム症候群は問診以外で感染者か否かを検査する方法が無く、完治した報告が一件も存在しない事から、自ら隔離生活を送ろうとする者は少なかった。

 カニバリズム症候群の感染者が初めて起こしたと言われる事件から、発生源も感染経路も不明の感染症が世界を震撼させていく。
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