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第2章 異世界の研修所で働きます

40 剣術稽古とマンドレイク

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 俺は朝食の前にノブちゃん(上泉信綱)に剣術指南を受ける事になった。
 雑貨屋店主ヨハンの息子で、7歳のハンツと一緒に稽古を始める。

 侍従達は2班に別れて、1日おきに稽古をしている。畑や家畜の世話、朝食の準備を早朝にしなければならないからだ。
 いわゆる早番と遅番のシフトで働いて貰っている。
 早番、遅番、休日の3日制で月に1回連休を取って貰う。

 ドロップした巻物やレベルアップで覚えた生活魔法を使うので、ブラックな仕事では無いのです。魔道具も使って貰ってるし、俺、ユキ、オゥちゃんも手伝ってるしね。

 侍従達にも、冒険者登録をして貰った。
 お客様が少ない時に、月に数回5人ぐらいでパーティを組んで、俺やユキがフォローしてダンジョン攻略をして貰う事に成っている。
 剣術と冒険は、強制では無く自由参加で仕事では無いが、出席率は100%と報告を受けていた。
 ドロップアイテムや魔石は参加した侍従達で等分して貰う事にしてある。


 剣術稽古の話に戻ろう。

 初日はず、立ち方と姿勢を教えて貰った。
 すでに始めていた侍従達はそれぞれで形稽古をしている。

 両足は肩幅に広げる。
 体重は内側つま先寄りに懸ける、膝と腰は突っ張らずに緩める。
 肩は少し前にすぼめる。
 前に出る時、後ろに引く時は、砂浜に寄せる波の様に動く。
 同じ拍子を繰り返さないでメリハリを付ける。
 踏み出す1歩の内にも強弱をつける。


「悠里殿は弓の名人であるから、この後は皆と別に稽古致します。形稽古は致しません」

 目は相手の刀の先と右足つま先を見る。相手の目は直視しない。
 しかし、相手の目の動きは決して逃してはいけない、視野を広く保つ。曰はくいわく俯瞰ふかんとらえる』と言うのは、正しくこの事を言うらしい。
 凝視ぎょうしするのは剣と右足で、相手の目は視界の片隅で捉えるのだ。

 足を出す時は右足から前に出す。右足の親指で間合いをさぐりながら踏み出す。
 剣先は常に動かし続ける、りきんではいけない。
 刀を握る時は小指から握る。 篭手を叩かれたら剣が落ちるほどの力で握る。『剣を落とすのは恥だ』と、力を入れてはいけない。 実戦では、篭手を討たれた時点で勝負は付いているのだから。
 剣に力を入れるのは、打撃の刹那である。

 互いの右足親指の距離が、自分の間合いに入った瞬間に、無心で剣を振り抜く。
 素振りのごとく振り抜く。
 相手に不意を付かれたり先手を取られたりした時は、背中が『ヒヤリ』と感じた刹那に剣を振り抜く。
 見てからでは間に合わない、見る前に無心で剣を振り抜く。
 これ即ち『心眼』と言う。
 素振りの稽古をする時は、相手の姿と自分の姿を心に見続ける事。

「人族に対しては、これだけで足りまする」

 ノブちゃん(上泉信綱)に教えられた事を並べてみたが、たぶん俺はまだ理解が足りてないと思う。


 1ヶ月懸けてここまで教わった。
 そしてこう言われた。

「悠里殿、この稽古を3年間1人で続けて頂く、日に5分でも良いから必ず毎日続けて下され。3年後に又、御教授致します」

「はい、3年間毎日1人で、この稽古だけを致します」



 俺は毎日素振りを続けた。
 或る日、忙しくて夕食後になってもまだ稽古をしてなかった事があったが。

「悠里殿、続いてあってこそ『道』ですぞ、剣の道もしかり」

 上泉信綱殿に言われて、背中にゾクリと悪寒が走った。得体の知れない殺気の様な物を感じたのだ。

「只今、すぐに稽古致します」

 俺はスグに庭に出て素振りをした。



「ユキ、上泉信綱殿は凄いな。俺が稽古を行ってない事が分かる様だ!」

「その通りです。師匠は私でも理解到達出来ない武術の極みに達しています」




 俺は3年間、木剣(木刀)で素振りを続けた。1日も休まなかった。

 3年が過ぎた或る日、素振り中に『ヒヤリ』と背中に悪寒を感じて、反射的に身をひねり剣を振り抜いた。
 一足分後退あとずさり、紙一重で俺の剣をかわした上泉信綱殿がそこに立って居た。

「今日からは、この様に稽古します。何時いつ打ち掛かられても良い様に、木剣を持っていなさい。 迷わずに無心で振り抜くのです。右膝裏をもう少し柔らかく使うといいですな」

「はい」



「ユキ、上泉信綱殿は凄いな。俺がどう動くか分かってる様だ!」

「その通りです。私でも今のユウリの剣を避ける事は難しいかもです」

「えっ! 俺ってそんなに上達してるかな?」

「はい。必殺の間合いに入ると同時に、ブレル事無く、無心で、真っ直ぐ振り抜かれる剣は避けられません。これは幻麗流剣術の真髄です」

「うん。今なら理解できる、ありがとう」

「いいえ、簡単な事でも続ける事は難しいのです。すでに人族でユウリにかなうものは居ないでしょう」




 話は3年前に戻ります。
 吸血鬼討伐の翌日、一学期のテストを終えたエリナが日本から転移してきた。

「ルミちゃ~ん、夏コミの衣装を作ってきたから一緒に練習しようね~」

「は~い」


「エリナ、ルミちゃん。出来たらダンジョンに行く研修生の付き添いをして欲しいのだけど?」

「「いいよ~」」

「ありがとう。転移門を使ってダンジョンへ移動して良いよ、もう色々とバレチャッタから」

「そうなんだ~」


「俺はオゥちゃんと一緒にリリーメル町へ薪売りに行くから、あとの事はよろしくね」

「「は~い」」



 金曜日、俺は薪売りのついでに、リリーメルの雑貨屋に自作の商品を納入した。

「ユウリさん、最近マンドレイクの供給量が少ないのです。乱獲が問題に成ってる様なんですが、ユウリさんは影響を受けていませんか?」

「はい、見つけた時に採取してるだけですので、特に意識した事は無いですね」


「マンドレイクを温室で育ててはいませんか?」

「他の薬草は育ててますけど、マンドレイクはまだ育てて無いです」


「出来たら多めにマンドレイクを納入して頂く事は出来ないでしょうか?」

「う~ん……マンドレイクにこだわった事がなかったから、分からないなぁ……」

「そうですかぁ」


「そもそもマンドレイクを人工的に栽培する事って出来るんですかねぇ?」

「聞いた事が無いですね。一応魔樹ですし、抜いた時の騒音も問題ですから、少なくても町では無理じゃないでしょうか」

「それじゃあ、何時いつもは採取した半分を納入しているのですが、今日はもう半分も納めましょうね」

「有難う御座います。相場が上がってますので、何時いつもより仕入額を上げさせて戴きますね」

「はははっ、そうなんですね。なるべく多く採集する様に心掛けますからね」

「お願いします」



 冒険者ギルドに寄ってクエストボードを確認すると、マンドレイクの採集依頼が何時いつもより多かった。
 俺はいつもの受付嬢に聞いてみる。

「マンドレイクが減っているのですか?」

「マンドレイクを乱獲してるグループが有ると言う噂ですね」

「やっぱり、そうなんですか」


「通常は、アルラウネがマンドレイクの傍で採取の邪魔になる事がありますし、抜く時の奇声も危険なので、初級冒険者にはお勧めしないのです。しかし買取価格が他の薬草より高いので、マンドレイクの採取クエストを受けるのはベテラン冒険者が多いのです」

「アルラウネは女性の植物系魔物でしたよね?」

「はい。マンドレイクが男、アルラウネが女で対に成ってると言う話もありますが、まだはっきりと分かっていません」

「マンドレイクはポーションの貴重な原料なのに、減った原因が分かって無いのですね」

「はい、アルラウネの根もマンドレイクと同じ効能があると言われていますが、見た目が可憐な少女なのに攻撃力が高いので、採取する者は少ないですね」

「雄花と雌花のバランスが狂って仕舞ったのかも知れませんね」

「はい……」



 俺は広場に戻ると、薪を売りながら日本から持ってきた野菜の本を広げた。
 植樹や植替えに関しての記述を探して読む。

『日本では6月頃に植樹や植替えをしましょう。
 根に付いてる土を剥がさず、鉢植えの場合はその土ごと植え替えましょう。
 根には根粒菌が住み着いていて、植物にとって大切な物です。土を落とすと根粒菌も落ちてしまいます』

「マンドレイクもアルラウネも自身で移動すると聞いてるけど、やっぱり季節があるのかなぁ? スキルか魔法で根粒菌対策も出来ているのだろうか?」


 中央広場のギルドボード(公式掲示板)に王宮から勅令が発せられていた。

『王宮の許可無くしてマンドレイクを採集してはならない。
 ギルドのクエストを受けた者は、その数だけ採集して納入する事。
 ギルドのクエストは、1日にマンドレイク5株を3件までとする。
 当分の間、マンドレイク採集の常時依頼は禁止とする』





 翌日、ホクオー国騎士団長のボアズがユングと共に研修所を訪ねてきた。

「おはようございます。ユウリさん、マンドレイクに関する勅令を見ましたか?」

「はい、見ました」

「それで、王宮からユウリさんにマンドレイクの調査依頼をお願いしたいと言うのですが?」

「はい、私にですか!」


「生態調査と不作の原因、そして乱獲者が居るのかを調べて欲しいとの事です」

「う~ん、難しそうですね」


「妖精の森とその周辺だけで良いのです。我々は不可侵条約が有るので、勝手に妖精の森には入れませんから、ユウリさんのペースで調べて頂きたいのです」

「軍事行動を行わなければ、入っても構いませんよ。危険ですから魔物や獣から身を守る武具は装備して下さいね」

「一緒に妖精の森に入っても良いのですか?」

「はい、結構です。軍隊の進駐は困りますけど、妖精達を怒らせない様にして下されば大丈夫です」

「ありがとうございます。そうさせて頂きますね」



 翌日早速、ボアズさんとユングさんと3人で、騎乗で妖精の森に向かった。
 しかし、妖精の森のマンドレイクに変わった様子は見られない。
 高確率で、アルラウネも近くに生息しているが、一定以上の間隔を保っている様だ。

 妖精の森のアルラウネは俺達に攻撃をしてこなかったし、移動する姿も確認出来なかった。


「俺がここに住み始めた時からズット変わった様子は無さそうですね」

「アルラウネも大人しくて、全然魔物らしく無いですね」
 ボアズが答えた。


『私がお話ししましょう』

 太陽の光が パアァァンッ! とはじけて、空から7色の粒子がキラキラと降り注ぎ、人の形に集まっていく。

「「「フレイヤ様!」」」

 俺とボアズ、ユングはひざまずき最敬礼を取った。
 フレイヤの両横には幼女姿の精霊が控えている。


「立って顔を上げなさい。直答じきとうを許します」

お義母様おかあさま、ホクオー国の依頼により、3人でマンドレイクの調査に来ています。こちらは騎士団長のボアズと第3王子のユングです」

 2人はフレイヤに騎士の礼を取った。


「ようこそ妖精の森へ。条約締結に苦労してくれたと聞いてます。感謝します」

「「ははーっ」」


「マンドレイクとアルラウネは、土地の養分と魔素を吸い尽くすと移動します。
 移動には体力では無く魔力を使います、根粒菌も維持したままです。
 妖精の森は、私が管理してる魔力源泉により、豊かに養分が保たれています。
 その為マンドレイクとアルラウネは、養分と魔素を求めて移動する必要は有りません。
 アルラウネが攻撃しないのは、森が平和で常にマンドレイクが近くに居て、繁殖の障害が無いからです」

「お義母様、他の地域でマンドレイクが不作なのは何故でしょう?」

「文字通り『根こそぎ』乱獲した結果でしょう。
 こちらの2人は植物の精霊ドライアドです。ユウリにお願いがあるそうですよ」


『『ユウリ様、マンドレイクを根絶やしにする者を何とかして下さい。薬草などの植物は、人間に利用される事で子孫の繁栄を図って来ましたが、見境無く乱獲されては滅びてしまいます。マンドレイクが居なくなれば、繁殖出来なくなったアルラウネが、人間の男を襲う事になります』』

「アルラウネが、童貞の精を好んで吸って、成長すると言うのは本当なんだね」

『『はい。しかし土地の栄養が豊かで、一定の距離にマンドレイクが居れば、人間を襲う事は少ないのです』』


「アルラウネが居る傍にマンドレイクの種か苗を植えようか?」

『『それは私達の仕事です。風魔法で種を運び、水魔法ではぐくんでいるのです』』


「俺は絶滅させる者を探して、対策を考えれば良いのだね」

『『お願いします。これを差し上げましょう』』

 俺はドライアドから何種類かの種をもらった。

『『これを南の島で蒔いて下さい、キット貴方の役に立つでしょう』』

「わぁ、ありがとう。マンドレイクの事は任せてね!」


 安請け合いしてしまい、この後また問題事に巻き込まれてしまうのです。
 トホホ。
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