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第3章 魔族王国の迷子令嬢

94 領主アッコロカムイ

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 私達は捕虜となった領軍の兵士を、谷間に放置していく事にしました。

「千人もの捕虜を王都まで連れて行けないし、ノスロンドの街に戻しても意味がない、時間の無駄になるだけだ」
 と、ジルベルトが言いました。


 彼は指揮官のダリハリと副官だけを捕虜として、王都に連れて行く事にしたのです。

「すでに証拠書類があるのだから、2台の囚人護送車に乗れる人数だけ、重要な人物を連れて行くしかないのか……」

「あまりにも人数が多いから、苦渋の選択ってやつだな」

「兵士は上官の命令に従ってるだけかも知れないしね」


「ミレーヌ、ギルド長に経過報告のメッセージを送ってくれ」

「オッケー。【伝言鳩】!」

 クルックゥ!

 白い鳩がミレーヌの手の上に現れて、ミレーヌがメッセージを聞かせます。


 バサバサバサバサ……

 ミレーヌが両手でゆっくりと持ち上げると、鳩はノスロンド街の方角へと飛んで行きました。


「武器や防具は取り上げて、出来る限り収納して持っていこう。野盗になって通行人を襲うと困るからな」

「入りきらなかったら燃やしてしまおう」


 私はインベントリの中に次々と捕虜の武具を収納しましたが、結局全て納めきってしまいました。

「えっ、お嬢ちゃん……千人分の武器鎧と輜重が全部収納出来たのかい?」

「はい」テヘペロ!


「う~ん、嬢ちゃんは一体何者なんだ!?」

「記憶喪失で分かりませ~ん……」


「それよりマリエルちゃん、MP残量に気を付けてね」

「はい、ミレーヌさん。今のところ問題ありませんので大丈夫です」

「そう……あんなに収納できる魔力量を持っているなんて、想像の斜め上をいってるわね」


『御嬢様は普通の女の子ですぅ。フンスッ』
 アダモがドヤ顔で言いました。

「「「な訳あるかいっ!」」」


 ◇ ▲ ◇


 領軍兵の襲撃から5日が経ちました。
 馬車の中で、アダモは1年程前にサチコに言われた事をマリエルに告げます。

「アダモはアダマンタイト製だから、物質としてはダイヤモンドと並んで最強の硬度を誇るけど。魔族やアンデッドには、物理攻撃が効き難いからアダモの攻撃も通用しないかもしれないのよ。だから御嬢様にミスリル製の鉤爪とグローブとブーツ作って貰ったから、それを使いなさいね」

『は~い、サチコ様ぁ』


 〇 ▼ 〇


『と、言う訳ですから御嬢様の収納の中に、アダモ用のミスリル装備があると思いますぅ』

「はい……あったわ。今出してみましょうか?」

『いいえ、この先で魔族が出た時にお願いしますぅ』

「リョウカ~イ」


 ジルベルトはフト疑問を感じた。

「うん? 魔族が出る事は既定の事実なのか?」

『最後に親玉が現れるのは、筋書きのクライマックスなのですぅ』

「はぁあ?」


「アダモちゃん、それはサチコの本からの知識なのね?」

『はい、ミレーヌ様。それがお約束というものなのですぅ』

「そう……、お約束…なのね」





 王都は『ウチウラ』と呼ばれる湾岸沿いの街道を、グルッと回った先にあるそうです。


「波が無く、穏やかな海ですね」

「湾に成ってるので、外海よりは静かね」

「日向を小魚が泳いでてキュンキュンするね」

「ここはウチウラ湾という所なのよ」


 穏やかな陽気の中を馬車が進みつつ、女子達はそんな事を呑気に話していたのだが……。
 ところが一転、俄かに黒雲がモクモクと沸き起こり、急に突風が吹き付けてきたのです。
 嵐に成り波が岸に激しく打ち寄せます、街道まで波が押し寄せてきました。

 やがて海からワラワラと、人の様な魔物が沢山這い上がってきたのです。
 三叉戟さんさげきを手にした半魚人達が、馬車の行く手を塞ぎました。

 私達は急いで戦闘態勢を整え対応しましたが、風が強いので矢が真っすぐ飛びません。
 ファイヤーボールやウインドカッターも風で押し流されて外れてしまいました。

 そして、半魚人が馬車馬を三叉戟で突き刺そうと襲い掛かってきました。


「半魚人を【雷撃】ライトニング!」

 ピカッ、ズッドオオオオオンッ!

 私の放った雷撃が、強風の中でも見事に半魚人を直撃して倒しました。真っ黒こげです。


「おっ! 魔物の体が濡れてるから、雷は効果があるぞ!」

「よし、接近戦で各個撃破しよう」

「「「オオゥ!」」」


 半魚人のレベルは、それほど高くなかったようです。
 A級冒険者達の剣や槍での物理攻撃で、バタバタと倒れていきました。
 アダモもミスリル装備を試すかの様に、皆と一緒に戦っていました。


 そろそろ半魚人が全滅するかと見えた時、突然海が赤く大きく盛り上がりました。
 そして巨大なタコの魔物が、ウネウネと足をくねらせながら海岸に這い上がってきたのです。

『ここで全員、絞め殺してくれるわぁぁっ!』


 領主のアッコロカムイはタコの姿の上級魔族でした。
 真っ赤な胴体が10メートルぐらいで、足は20メートルもありそうです。

 ミレーヌとリーゼが不意を突かれて、長い脚に絡め取られてしまいました。

「大変だ、この状態で魔法攻撃をしたら、2人とも巻き添えになってしまうぞ!」


「アッコロカムイを【石化】!」
 私は石化の魔法を試みました。

 ピッシャァァァンッ!


「【石化】が弾かれて効かないわっ! よ~し、それなら……アッコロカムイを【ブラインド】!」

 ピッキイイイイイイイイイインッ!

『ゥガアアッ、目が見えぬぅぅぅっ! 小癪な小娘がぁぁぁっ!』

(【ブラインド】は女神エイルから直接さずけられたスキルなので、通常のスキルよりも強力でした。もちろん記憶喪失のマリエルは、そのことを覚えていませんが)


「今だ! 接近して攻撃するんだ。図体が大きいから、近づけば矢も魔法も当たるぞ!」

「「「オオゥ!」」」


『アダモキィィィック!』

 ドッガアアアアアンッ!

『グギャアアアッ!』


「アダモアイアンクローッ!」

 ズッシャアアアアアッ!

『ヒギャアアアッ!」


 ミスリルを装着したアダモの攻撃でアッコロカムイが怯んだところを、ジルベルトとマッシュが両手剣で足を切って、ミレーヌとリーゼを助け出しました。

『ウヌゥッ、小癪なぁぁ。いでよ、シーサーペント!』

 バッシャアアアアアアアアアアッ!

 手足の無い、20十メートルぐらいの龍の様な魔物が、海から4匹現れました。
 アッコロカムイを守る為に、首を伸ばして咬みつき攻撃をしてきます。
 シーサーペントの牙が、タコ足から落ちたミレーヌとリーゼを襲いました。


「そうはさせませんっ!」

 シュイイイイインッ!

 私が前に出て2人を庇うと【オートマルチリフレクションシールド】が発動して、シーサーペントの牙を弾きました。


「ミレーヌさんリーゼさん、もっと近くへ来てください。……よし、今だわ!【聖域】サンクチュアリ!」

 ピッカァアアアアアンッ!

 雲の切れ間から、太陽が眩しく私の周辺を照らします。
 すると、中空に千の光る剣が現れて、アッコロカムイとシーサーペント目掛けて降り注ぎました。

 ザアアアアアアアアアアッ!
『ヒギャアアアアアッ!』

 アッコロカムイとシーサーペントは、色鮮やかな光の粒に成り、空へと昇り浄化してしまいました。


「お嬢ちゃん、やったなぁ! ……うん? お嬢ちゃん……」

 私は魔力切れの為に、地面に倒れて気絶してしまったそうです。


 アッコロカムイがいた海岸には、ドロップした宝物が山の様に積まれて残っていました。



【後書き】
 アッコロカムイは、アイヌ伝承に出てくる赤く大きなタコの妖怪で、内浦湾に住み着いて人や船を襲ったと言われています。
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