山蛭様といっしょ。

ちづ

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 またあくる日。

 かじかは足を引きずっていた。頬も赤黒く腫れていた。身体の痛みがひどくて、あんまり亡骸を持ってこれなかった。いつものイチョウの木の下で、岩座に腰かけていた山蛭様やまひるさまは、鰍に気づいて微笑んだ。

「おや、今日は少ないのですね。鰍もようやく、量の配分が分かったのでしょうか? 取りすぎもいけないのですよ。太ってしまいますから」

 ふふん、と得意げに話す山蛭様に鰍は声も出ず、俯いた。

「鰍? どうしたのです? 元気がないですね?」
「殴られたの」

 きょとんと山蛭様は首を傾げた。

「よく分からないけど村の女に殴られたの。女の妹の死体、私が処理してやったのに、八つ当たり。なんでお前だけ病にかからないのかって言われても。そういうのも慣れたけど、痛くて、寝られないの」

 特に身体が重くて、ずきずきする。どこか折れているのか。熱っぽい。

「なら、私が吸ってあげます!」

 山蛭様は手を合わせて、妙案を思いついたように声をあげた。

「私の唾液には麻痺の効果があるのです。蛭は動物も人間も噛むんですけど、皆さん噛まれたことに気がつかないでしょう? 痛みを取り除く効果もあるんですよ」

 え、と驚く間に手を引かれる。突然、間近になった美しい顔に、胸がどきりと高鳴った。

「あなたの痛みを取り除いてあげましょう。鰍」

 ぬるりと首元に舌が這った。痛みはなかった。歯で突き刺すこともなく、ただ生ぬるい感触が這うだけだった。それだけで、腰が抜けた。尻餅をついた鰍の上に、山蛭様は伸し掛かった。吐息がかかり、深く首に吸い付かれる。粟立つような、鳥肌がたつ。じわ、と生暖かいものが広がって、全身の力が抜けた。血どころか、生気まで持っていかれるよう。けれど痛みは消えていった。夢心地を微睡むような気持ちよさ。吐息も舌も。山蛭様に包み込まれて。優しく抱きしめられた。こんなふうに、誰かに抱きしめられたことが。労われたことがあったろうか。鰍のざんばらな髪を撫でたあと、山蛭様は唇を離した。

「ほら、もう痛くないでしょう?」

 ふんにゃりと山蛭様は笑った。どっと胸の内の、泥とか吹き溜まりとか嫉妬とか恨みとか痛みとか、いろんなものを抜かれた気がした。うとうと、そのまま鰍は微睡む。

「おや、眠くなってしまいましたか。わぁ、お待ちください」

 鰍の頭を自身の膝の上にのせて、羽織をかけた。その頭を撫でてくれる。心地いい。

「よしよし、よくお眠りください。起きたら鹿肉でも食べましょう。血抜きしてあるから美味しいですよ」

 優しい声。甘ったるい声。鰍は安心して目を閉じた。


 数度通ううちに、山蛭様も人間の習性に慣れたらしい。鼠や虫ではなく、先に鹿や鳥の肉を用意してくれていて、鰍が亡骸を渡す代わりに、食事をくれた。山の獣も、山蛭様には近づけないのか、まったく見かけない。骸峠周辺は人間も誰も立ち寄らないため、山菜類も多かった。たまに村に帰ると殴られたが、そのたびに山蛭様が吸ってくださるので、寝つきはよく以前よりも治りも早い。悩まされていた貧血も失せて、鰍は村の中で誰より元気になり肉付きもよくなった。村に滞在する時間すら短くなった。村に降りるのは、死体があるか確認するため。ただそれだけ聞ければ、ほとんどの時間を骸峠で過ごしていた。
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