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第二部
助けてもらいました
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「ぎゃー!」
私は叫び声をあげながら全力で道を走っていた。
後ろを追いかけてくるのは、角兎の群れだ。
どうして私が角兎たちに追われる羽目になっているかというと、話は昼食時にまでさかのぼる。
太陽が真上に差し掛かり、歩き続けで疲れていたこともあり、私は昼食をとることにした。
道端の岩に腰を下ろして、荷物から果物を取り出す。
荷物に入れてきたのはアランチャというオレンジに似た果物だ。味はちょっと酸っぱくて、レモンに近い。
別に果物しか食べられないわけではないけれど、やはり幼い頃からの主食なので一番おいしく感じる。
私はアランチャの実をかじった。
「すっぱーいぃ」
あまりの酸っぱさに私はぶるりと震えた。
はずれだったのかもしれない。
アランチャの実を地面に捨てて、新しい実を荷物から取り出す。
「ん……」
今度は酸味と共に甘さが感じられた。
あっという間に一つを食べ終えて、近くの川で手をすすごうと立ち上がった瞬間、がさりと茂みの中で音がして、真っ赤な瞳と視線が合った。
角兎!
目が赤くなっているということは、すでに攻撃態勢に入っている。
私はとっさにドラゴンブレスを吐こうとして、咳き込んだ。
「げほっ」
あ、私いまドラゴンじゃない。
人の姿で戦ったことがなかったから、完全に忘れていた。
え、えっと。こういうときは……!
「逃げろ!」
炎の精霊であるレオネの声に、私の足は弾かれたように動き、横に飛び退く。
角兎がいままで私が立っていた場所に、頭の角から突っ込むように突進してくる。
「ひぃっ!」
私は角兎に背を向けて一目散に駆け出した。
「ルチア、攻撃しろ!」
レオネの叫びに、ようやく攻撃すればよいのだと気付く。
えっと、深緋、ファイアボール!
炎の精霊の真名と、発動する魔法の名前を心の中で叫ぶ。
頭ほどの大きさの炎が角兎を目掛けて飛んでいく。
私はファイアボールが角兎に命中したのかを確認する余裕もない。
後ろを振り返って、角兎の姿がないことにほっとして、足を止める。
「ふうっ」
なんと情けないことだろうか。
最強といわれるはずのドラゴンが、たった一匹の角兎にてこずっているとは。
とぼとぼと、食事をしていた岩のところに戻る途中で、焼け焦げた角兎の残骸を見つけた。
ぶすぶすと煙を上げる残骸の中に、きらりと光るものがある。
せっかく倒したのだから、有効活用しなければもったいない。
私は腰につけていた小さなナイフを取り出して、小さな魔石を取り上げた。
青藍、ウォッシュ!
水の精霊に水を出して魔石の汚れを落としてもらい、同じく腰につけている袋に魔石をしまう。
私がホクホクしながら岩のところへ戻り、地面の上に落ちていた荷物を拾ったときだった。
ん?
がさがさと茂みから再び音がする。
「キュイーッ」
角兎の群れが現れた。五匹ほどはいるだろうか。先ほど倒した角兎同様に、目が真っ赤になっている。
深緋、ファイアボール、ファイアボール、ファイアボール!
今度はあわてずに魔法を発動できたのだが、角兎によけられてしまう。
うそっ!
私は再び角兎に追いかけられて、逃げる羽目になっていた。
「きゃああー」
今度は荷物を持ったまま逃げる。
とにかくここから離れたほうがよさそうだ。
もしかしたら、さっきの岩のあたりに角兎の巣があるのかもしれない。
私なりに全速力で走っているのだが、すぐにも追いつかれてしまいそうだ。
ドラゴンなのに、角兎に追いかけられて逃げるなんて、恥ずかしすぎる。
私は覚悟を決めて、追いかけてくる角兎に向き直った。
あとを追ってきた角兎は四匹だ。
こうなったら、数で勝負だ!
青藍、ウォーターフロー!
翡翠、ウィンドカッター!
深緋、ファイアボール!
私は立て続けに魔法を放った。
いずれも初級魔法で、それほど威力はないけれど角兎くらいならば、倒せる……、はず。
三匹それぞれに魔法が命中して、命を奪う。
だが、角兎はまだ一匹残っている。
深緋……。あ、やばい。
目の前が暗くなってくる。
角兎を前にして、私は座り込んだ。
完全に魔力切れの症状を起こしていた。
こうなってしまったら、魔力が回復するまで待つしかない。けれど、めまいがして立ち上がれない。
そして、角兎を攻撃するための武器もない。
あ、つんだ。
こうなったらあとはドラゴンの姿に戻るくらいしか手がない。人の姿では無理だが、ドラゴンの皮膚ならば少なくとも角兎の攻撃ぐらいでは傷はつかないはずだ。
もう、これしか、ない?
私が呆然と突進してくる角兎の姿を見ていると、大きな人影が前に立ちふさがった。
角兎目掛けて、背中に担いでいた大きな斧を振り下ろす。
かなり重いはずの斧を易々と操って、男は角兎を一刀両断にする。
私はただ男が角兎を倒す瞬間をあっけに取られながら見ていた。
黒色の甲冑に身をつつんだ戦士が、倒した角兎に近づいた。
頭部は黒色のヘルムに覆われていて、顔は見えない。
角兎が完全に死んでいることを確認したのだろう。男は立ち上がり、座り込んだままの私に近づいた。
「無事か?」
低くこもった声に、私は無言のままうなずいた。
どうやら助かったのだという実感がじわじわと沸きあがった。
私は叫び声をあげながら全力で道を走っていた。
後ろを追いかけてくるのは、角兎の群れだ。
どうして私が角兎たちに追われる羽目になっているかというと、話は昼食時にまでさかのぼる。
太陽が真上に差し掛かり、歩き続けで疲れていたこともあり、私は昼食をとることにした。
道端の岩に腰を下ろして、荷物から果物を取り出す。
荷物に入れてきたのはアランチャというオレンジに似た果物だ。味はちょっと酸っぱくて、レモンに近い。
別に果物しか食べられないわけではないけれど、やはり幼い頃からの主食なので一番おいしく感じる。
私はアランチャの実をかじった。
「すっぱーいぃ」
あまりの酸っぱさに私はぶるりと震えた。
はずれだったのかもしれない。
アランチャの実を地面に捨てて、新しい実を荷物から取り出す。
「ん……」
今度は酸味と共に甘さが感じられた。
あっという間に一つを食べ終えて、近くの川で手をすすごうと立ち上がった瞬間、がさりと茂みの中で音がして、真っ赤な瞳と視線が合った。
角兎!
目が赤くなっているということは、すでに攻撃態勢に入っている。
私はとっさにドラゴンブレスを吐こうとして、咳き込んだ。
「げほっ」
あ、私いまドラゴンじゃない。
人の姿で戦ったことがなかったから、完全に忘れていた。
え、えっと。こういうときは……!
「逃げろ!」
炎の精霊であるレオネの声に、私の足は弾かれたように動き、横に飛び退く。
角兎がいままで私が立っていた場所に、頭の角から突っ込むように突進してくる。
「ひぃっ!」
私は角兎に背を向けて一目散に駆け出した。
「ルチア、攻撃しろ!」
レオネの叫びに、ようやく攻撃すればよいのだと気付く。
えっと、深緋、ファイアボール!
炎の精霊の真名と、発動する魔法の名前を心の中で叫ぶ。
頭ほどの大きさの炎が角兎を目掛けて飛んでいく。
私はファイアボールが角兎に命中したのかを確認する余裕もない。
後ろを振り返って、角兎の姿がないことにほっとして、足を止める。
「ふうっ」
なんと情けないことだろうか。
最強といわれるはずのドラゴンが、たった一匹の角兎にてこずっているとは。
とぼとぼと、食事をしていた岩のところに戻る途中で、焼け焦げた角兎の残骸を見つけた。
ぶすぶすと煙を上げる残骸の中に、きらりと光るものがある。
せっかく倒したのだから、有効活用しなければもったいない。
私は腰につけていた小さなナイフを取り出して、小さな魔石を取り上げた。
青藍、ウォッシュ!
水の精霊に水を出して魔石の汚れを落としてもらい、同じく腰につけている袋に魔石をしまう。
私がホクホクしながら岩のところへ戻り、地面の上に落ちていた荷物を拾ったときだった。
ん?
がさがさと茂みから再び音がする。
「キュイーッ」
角兎の群れが現れた。五匹ほどはいるだろうか。先ほど倒した角兎同様に、目が真っ赤になっている。
深緋、ファイアボール、ファイアボール、ファイアボール!
今度はあわてずに魔法を発動できたのだが、角兎によけられてしまう。
うそっ!
私は再び角兎に追いかけられて、逃げる羽目になっていた。
「きゃああー」
今度は荷物を持ったまま逃げる。
とにかくここから離れたほうがよさそうだ。
もしかしたら、さっきの岩のあたりに角兎の巣があるのかもしれない。
私なりに全速力で走っているのだが、すぐにも追いつかれてしまいそうだ。
ドラゴンなのに、角兎に追いかけられて逃げるなんて、恥ずかしすぎる。
私は覚悟を決めて、追いかけてくる角兎に向き直った。
あとを追ってきた角兎は四匹だ。
こうなったら、数で勝負だ!
青藍、ウォーターフロー!
翡翠、ウィンドカッター!
深緋、ファイアボール!
私は立て続けに魔法を放った。
いずれも初級魔法で、それほど威力はないけれど角兎くらいならば、倒せる……、はず。
三匹それぞれに魔法が命中して、命を奪う。
だが、角兎はまだ一匹残っている。
深緋……。あ、やばい。
目の前が暗くなってくる。
角兎を前にして、私は座り込んだ。
完全に魔力切れの症状を起こしていた。
こうなってしまったら、魔力が回復するまで待つしかない。けれど、めまいがして立ち上がれない。
そして、角兎を攻撃するための武器もない。
あ、つんだ。
こうなったらあとはドラゴンの姿に戻るくらいしか手がない。人の姿では無理だが、ドラゴンの皮膚ならば少なくとも角兎の攻撃ぐらいでは傷はつかないはずだ。
もう、これしか、ない?
私が呆然と突進してくる角兎の姿を見ていると、大きな人影が前に立ちふさがった。
角兎目掛けて、背中に担いでいた大きな斧を振り下ろす。
かなり重いはずの斧を易々と操って、男は角兎を一刀両断にする。
私はただ男が角兎を倒す瞬間をあっけに取られながら見ていた。
黒色の甲冑に身をつつんだ戦士が、倒した角兎に近づいた。
頭部は黒色のヘルムに覆われていて、顔は見えない。
角兎が完全に死んでいることを確認したのだろう。男は立ち上がり、座り込んだままの私に近づいた。
「無事か?」
低くこもった声に、私は無言のままうなずいた。
どうやら助かったのだという実感がじわじわと沸きあがった。
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