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4章 世界樹のダンジョンと失われし焔たちの記憶

105話

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 目を覚ました焔は直前にあった出来事をほとんど覚えていなかった。
 なぜ病院にいるのか、何があったのか、そのほぼすべてが記憶から無くなっている。

 それだけではなく、母親である神楽のことや、神社の巫女である明日香の記憶も失っていた。
 忘れてしまったことすらも本人は気づいていない状態だ。

 焔の隣のベッドには舞依が同じような状態でいた。

「舞依?」

 焔は体を起こし、舞依に呼びかける。
 身体は病院にお世話になっているとは思えないほど状態がよかった。

「お兄ちゃん、起きたんだ」
「舞依! よかった、無事だったんだな」

「うん、でもなんでこんなところにいるのかわからない」
「ああ、俺もだ、何があったのか全然思い出せない」

 焔はなんとか記憶をたどろうとする。
 しかし何か思いだしかけると、頭の中が炎の渦でいっぱいになって消えていく。
 思い出せないように記憶に鍵をかけられているようにも感じられた。

「くっ」
「お兄ちゃん大丈夫?」

「あ、ああ。舞依は何ともないか?」
「うん」

「そうか」
「お兄ちゃん、そっちに行っていい?」
「どうしたんだ? 別にいいけど」

 焔の返事を聞いて、舞依は焔のベッドへ移動する。
 そしてそのまま焔の前に乗っかり、焔の腕の中に納まった。

「なんだ? すごい甘えん坊さんじゃないか」
「すやすや」
「もう寝てる!?」

 焔の腕に包まれた舞依はすぐに眠りに落ちてしまった。
 頼れる兄が目を覚ましたことで安心したのだろう。
 ちょうどそのタイミングで病室のドアが開き、誰かが中に入ってきた。

「あら、目を覚ましたのね」
「は、はい」

 部屋に入ってきたのは、薄い青色のドクターコートに身を包んだ女性だった。
 今回焔たちを担当している女医だ。

 突然のことだったので思わず緊張してしまう焔だったが、その女医を見て一瞬である場所に目が行ってしまう。
 それは思いっきり膨らんでいる胸だった。

 少し触れたらボタンが飛んでいくのではないかと思えるほどの大きさだ。
 そんな焔の視線はすぐに女医にはバレてしまう。

「……元気そうね。それより起きたのなら少し話があるから一緒に来て欲しいのだけど」
「あ、すいません。妹が寝ちゃって」

「ふふ、かわいい妹さんね。まあいいわ、ここで話をしましょうか。妹さんに聞かせるつもりはなかったし」
「ありがとうございます」

 女医は一度ドアのところに戻ると、鍵をかけてから焔のベッドの端に腰を下ろした。

「えっと焔君だったわね」
「はい」

「あなたはここに運ばれる直前のことを覚えてる?」
「……いえ、何も思い出せません」

「そう。それじゃあ、その事から話すわね。本当は聞かせない方がいいのかもしれないけど」
「いえ、大丈夫です。聞かせてください」

「わかった。でも詳しくは話さないことにするわ」
「はい」

「まず何が起きたのかというと、あなたたちの家は火事になったの」
「火事?」

「そう、それで家は全焼。あなたたちふたりはなぜか家の前で倒れていて、ここに運ばれたのよ」
「火事ですか……」

 その話をされても焔は何も思い出せなかった。
 火事のことも、その時に家の前にいたことも何も。

 ただ思い出そうとすると炎のイメージが浮かんでくるのはそういうことなのかと強引につなげる。
 しかし、この女医が話していることは真実ではない。

 実際に火事があったのは明日香の家の神社で、ここに焔たちを運んだのは神楽の関係者だ。
 あの火事も常識では考えられない何かで起きたもの。

 焔と舞依は記憶を操作され、明日香も同じくこの建物の別室で隔離されている。
 神社での出来事は神楽にとって想定外の事態だった。

 そこで神楽は計画を変更し、焔たちの記憶を操作したうえで、目の前から姿を消すことにした。
 これが現実世界で起こった非現実的な出来事だ。

 焔のところにやってきたこの女医は神楽の部下であり、神楽の指示でこのような作り話をしている。

 そしてこの場所は確かに病院ではあるが、HIMIKOの研究施設でもあった。
 それどころか、この街自体がHIMIKOが作った巨大な人工島にある実験用都市だ。

 研究内容はVRやMRを越える現実と仮想世界の融合、人間のデータ化やこれらを実現するために必要な通信技術など。
 今起きているのは、実験中に生み出された人間を超えるAIの一部が暴走し、高度な通信網とMR技術を使って現実世界に悪影響を及ぼしているということだ。

 神社にいた神の分身を名乗る少女もその一人だった。
 もはやこの人工島の中では、現実世界と仮想世界の境はかなり曖昧になっている。

「焔君はお母さんのことどれくらい覚えてる?」
「お母さん……。あ、えっと、あんまり……。お母さんは無事なんですか?」

「ええ、幸いにもお家には最近帰れてなかったみたいで、今回のことに巻き込まれることはなかったわ」
「そうですか、よかった」

「でも、こんな小さな子たちを放っておいて、火事になっても顔すら見せないのはどうかと思うわね」
「いえ、慣れてますから。お母さんが頑張ってるおかげで俺たちも生きてこれてるんです。うちは母子家庭なので」

「あ、ごめんね、お母さんを悪く言っちゃって。でもあなた本当に小学三年生なの? しっかりしすぎだわ」
「あはは……、たまに言われますね」

「私でよかったらお母さんの代わりになってあげるわよ」
「そ、それは大丈夫です……」

「あらあら照れちゃって、そういうところはまだまだね。まあいつでも頼ってくれていいから」
「ありがとうございます」

「それじゃあ今日はここまでにするわ、あまり一気にしゃべっても消化できないでしょうし。しばらくはここで暮らすことになるからね」
「はい、わかりました」

 女医は鍵を開けてドアを開き、片手をあげて部屋から出て行く。
 焔は今の女医の話を聞いても、まったくモヤモヤとした感覚がぬぐえなかった。

 やはり真実でないこともあり、しっくりこなかったのだろう。
 記憶にないことを話されても実感など湧くはずもない。
 焔はふと視線を落として、腕の中で眠っている舞依を見る。

「まあ、俺が弱気になるわけにはいかないよな。今まで通りだ」

 焔は舞依の頭をなでながら、立派な兄を務めることを心に誓った。
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