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4章 世界樹のダンジョンと失われし焔たちの記憶

100話

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 明日香と焔はともに階段を上って物置へと戻る。

「それにしてもどうやってここに入ったんですか? 鍵がかかってたはずなんですけど……」
「いや、思いっきり扉が開いてて、なんか気づいたら中に入ってた。ごめん」

「開いてたんですか!? 掃除した後に閉め忘れちゃったかな……。うわっ、バレたら怒られちゃう」
「ははは、そりゃ大変だ」

「お兄ちゃん、誰にも言わないでくださいね」
「言わないよ」

「約束ですよ!」
「ああ、約束する」

 ふたりは秘密の約束を交わし笑い合う。
 そして物置のきれいなところに腰を下ろし、ふたり並んで座る。

 扉を開けられたら一発で見つかる位置だが、この神社内でかくれんぼするなら、この建物を見つけるくらいが十分な難易度だろう。
 焔は明日香から少し離れて座っていたが、明日香の方からピタッと距離を詰めてくる。

「えっと、どうしたの?」

 お友達の少ない焔には、かわいい女の子との密着はかなりレベルの高い状況だった。
 しかも焔の大好きな巫女服少女。
 この頃から焔の趣味はなかなかだった。

「嫌ですか?」
「嫌じゃないけど」
「よかった~」

 焔の答えを聞いた明日香は、密着状態からさらに身体を焔に寄せていく。

「実は私、お兄ちゃんとかお姉ちゃんが欲しかったんですよ」
「明日香ちゃんはひとりっ子なんだ?」

「はい、だから舞依ちゃんが羨ましいです」
「そうかな、俺なんかがちゃんとお兄ちゃんできてるかどうか」

「大丈夫だと思いますよ。舞依ちゃんはお兄ちゃんのこと大好きだと思います」
「どうかな~、あんまりしゃべらないしなぁ」

「でも嫌いだったら一緒には出掛けないと思いますよ」
「まあ嫌われてはいないのかな」

 明日香とそんな話をしながら、焔はさっきの地下にいた少女のことを思い出す。
 どうして急に消えてしまったのか。
 もしかして夢でも見ていたのかとも思ってしまうが、それなら今も夢の中だろう。

 もう一度会ってみたい。
 焔はそう思った。
 少女の言っていたように今度はお菓子を持って。

 ただここの鍵は明日香に開けてもらわないと入ることができない。
 しかしあの少女は明日香が来た時に消えてしまった。
 もしかすると焔以外には見られたくないのかもしれない。

 自分は神様の分身だと言っていた。
 なぜあんなところに繋がれているのかはわからないが、姿を消すことくらいはたやすいのだろう。

 何度か通って、また明日香が鍵を閉め忘れる日を待つしかない。
 焔はそんなことをぼんやり計画していった。
 その時いきなり建物の扉が開き、外の光が差し込んだ。

「あ、ふたりとも見つけた」
「舞依か」

 舞依に見つかり、そういえばかくれんぼしてたんだったと焔は思いだす。

「なんでふたりともくっついてるの?」
「え? いや、なんとなく?」

 今の状況をなんと言ったらいいのかわからず、焔は適当に流そうとした。
 しかし、明日香がなぜか焔に抱きついて、にっこり笑いながら代わりに答える。

「私のお兄ちゃんになってもらったの! だからくっついてるんだ~」
「む~、なにしてるのお兄ちゃん」

 明日香の言葉で頬を膨らませながら不機嫌になる舞依。

「なんでそんなに怒ってるんだ? というか俺が悪いのか?」
「浮気したのはお兄ちゃんでしょ! 他に妹を作っちゃダメ!」
「いやいや浮気って……」

 舞依は明日香の反対側から焔に抱きついて、自分の方に引き寄せる。
 明日香も負けずに少しだけ焔を引き戻す。

「愛されてますね、お兄ちゃん♪」
「うう……」

 両側から少女に抱きつかれて、内心はうれしいのだが、照屋な焔は恥ずかしさが勝って逃げ出したくなっていた。
 しかし、両側のふたりはまったく離れてくれず、焔はおとなしくその場でじっとしていることにする。

 かくれんぼはどうなったのか、その後の夕暮れまでの時間はそのままおしゃべりタイムになった。



「また来てくださいね」
「ああ」
「バイバイ」

 焔と舞依は明日香とお別れをし、夕暮れの道を歩いて家に戻っていった。
 来るときに通った川は渡らず、帰りはちゃんと橋の上を歩いていく。

 完全に日が沈む前にはなんとか家にたどり着き、鍵を開けようとするとすでに鍵は開いていた。
 中に入ると、珍しく早い時間に神楽が帰宅している。
 キッチンの方へむかうと、神楽が笑顔でふたりをむかえた。

「おかえり、ちゃんとふたりで遊んでたんだね」
「ああ、まあ……」

「うふふ、ずっと手を繋いで歩いてたの? いつの間にそんなに仲良くなったのかな?」
「あっ」

 神楽に言われてようやく気付く。
 帰りの間、ずっと焔と舞依は手を繋いで歩いていた。

 まったく意識もせず、今日はずっとひっついて過ごしていたせいで、その流れのままだった。
 焔は手を放そうとするが、舞依がそれを許してくれない。

「お兄ちゃんは手を繋いでないと浮気するから」
「浮気?」

「他の女の子を妹にしてた」
「あら」

 舞依の衝撃発言で神楽は目を丸くして焔の方を見る。
 焔は驚いて何も言えなかった。
 それを見て神楽は楽しそうに笑う。

「まあまあいいんじゃない? それだけ焔君がいいお兄ちゃんだってことだよ」
「う~」
「あはは、いつの間にこんなにお兄ちゃん大好きになったんだろうね」

 神楽にからかわれながらも、舞依はぎゅっと焔の手を握ったままだ。
 舞依の気持ちがいつ変化したのか焔にもわからないが、まったく悪い気はしていなかった。

「さあ、ふたりとも手洗いとうがいをしてきて。もうすぐ晩御飯ができるから」
「何作ったの?」

「シチュー」
「まあ、そうだよね」

「あ、バカにしたなぁ」
「バカにはしてないよ。予想が当たっただけ」

「バリュエーションが少なくて悪かったね」
「悪くないよ。俺はお母さんのカレーとかシチューが大好きだからさ」

「はわっ、焔君、きっとそういうところだよ!」
「……? どういうところ?」

 焔は首を傾げながら、舞依と一緒に洗面所へとむかい、手洗いうがいを済ませて戻ってくる。
 テーブルにつき、シチューが運ばれてくるのを待っている間、さすがに手を離した焔たちだったが、舞依はモジモジとしていた。

 ボーっと考え事をしていた焔のことを、舞依はチラチラと横目で見ている。
 そして何か決心したようにコテンと焔の膝の上に自分の頭を乗せた。

「うおっ、びっくりしたぞ」
「ちょっとだけ」
「まあいいけど……」

 急激に縮んだ舞依との距離に戸惑いながらも、焔はその変化を嬉しく思い、つい頬が緩んでしまう。

 ちょうど料理を運んできた神楽がその様子を見てニヤニヤと笑っている。
 神楽が料理を並べている間に舞依は起き上がり、シチューを見て目を輝かせていた。

「兄妹の仲がよくていいね。妄想がはかどっちゃうよ」
「何の妄想だよ、まさか薄い本とか書いてるんじゃないだろうな?」

「そっちじゃないから大丈夫だよ」
「そっちじゃないってどういうことだ」

「気にしないで。ふたりはもっともっと仲良くなってくれればいいんだよ」
「仲良くなり過ぎたら問題だろう」

「大丈夫大丈夫、私がいつか兄妹で結婚できる世界を作ってあげるわ!」
「何でかいこと言ってんの!? それに舞依と結婚なんてしないから」

 恥ずかしさから否定してしまった焔だったが、ちらっと隣を見ると舞依がしゅんと泣きそうな表情をして焔を見上げていた。

「いや、別に舞依のことが嫌いとかそんなんじゃないぞ! ただ世間の目がですね……」
「お兄ちゃんは私と結婚するの嫌なんだ……」
「えっと、その、答えづらいんだけど、どういえば正解なんだよ」

 嫌と言えば舞依が傷つき、いいよといえば世の中と戦うことになる。
 究極の二択を迫られる小学三年生の焔だった。

「そこは結婚しようって言っときなさい。言ったでしょ、兄妹で結婚できる世界を作ってあげるって」
「意味わかんないけど、とりあえず舞依、結婚は嫌じゃないからな」

 焔がそう言うと、すぐに舞依は笑顔になった。

「私、こどもは三人欲しい!」
「ぶほっ! 何言ってんの!?」

 舞依の言うような未来が想像もできない焔は困惑していた。

「私、家族に寂しい思いさせないように、ちゃんと家にいられるようにしたい!」
「ぐさぁあああああ!!」

 そして今度の発言で神楽が胸をおさえて突っ伏した。
 焔と神楽にダメージを与えておきながら、当の本人はキラキラした目で幸せな未来を夢見ていた。
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