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4章 世界樹のダンジョンと失われし焔たちの記憶
97話
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光の柱に入った焔たちは、目の前が真っ白になった後、気付いた時には青空の下にいた。
池やお花畑もあり、そこはまるで庭園のように見える。
焔たちが導かれた場所は世界樹の頂上部分だった。
「まるで空中庭園みたいだな」
「きれいな場所ですね」
「とりあえずあのベンチが置いてあるあたりで舞依を休ませよう」
「そうですね」
焔たちは気を失っている舞依を連れて、公園の休憩スペースのようなところへ移動する。
舞依をいったん降ろし、焔は上着を脱いでベンチに敷いてから舞依を寝かせた。
そして近くのベンチに明日香と焔は腰を下ろす。
「ふぅ」
「何なんでしょうねここは」
「さあ……」
まるで楽園を思わせるようなきれいな庭園だ。
ゆっくりと目の前を飛んでいくちょうちょを目で追いながら、焔たちはさきほどの激しい戦いのことなど忘れそうになるくらいに緊張が解けていた。
「まさかここに来るためにあんなダンジョンを用意したりはしないだろう」
「でも何も起きませんね」
「最初の方も怪しかったしなぁ。まだ何も実装されてないとか?」
「汐音さんがくれた種からできたダンジョンですよ? それはないんじゃないですか」
「それもそうだなぁ、汐音さんに聞いてみるか……。こっちは死にかけてるんだしな」
焔は視線を舞依に移す。
守るはずの相手に助けられて、このような状態を招いてしまったことに焔は悔しさをにじませる。
「舞依さん、なんだか雰囲気が違いましたよね」
「ああ……、ただ、俺はあの舞依をどこかで知ってるんだよな」
「え?」
「実は舞依ってな、昔から今みたいにいつも笑顔でいるような子じゃなかったはずなんだ」
焔が舞依について思い出していると、急に記憶が流れ込んでくるかのように、現実の世界で過ごした幼き頃の記憶が蘇っていった。
それは今の焔には覚えのない記憶だった。
舞依がまだ小学生になりたてくらいの頃。
この頃の舞依はいつも無表情で、周りのこどもたちが騒いでいる中でもずっと静かにひとりでいることが多かった。
何を考えているのかまったくわからず、舞依のことをこの時の焔は少し苦手に感じていたほどだ。
母親である神楽はなにやら忙しいらしく、幼い焔たちを残してよく家を空けていた。
「お兄ちゃんなんだから、舞依ちゃんのこと、ちゃんと面倒見てあげるんだよ?」
神楽からそれだけを何度も言われていた焔は、よくわからないまま、でもなんとなく舞依のことを守らないといけないんだと思っていた。
そもそも焔は舞依が生まれた日のことを知らない。
なぜかそのことが思い出せず、気付けば一緒にいたという感じだった。
普通の兄妹とは違う。
舞依がしゃべらないから焔との会話もほとんどない。
同じ家に他人と住んでいるような感覚。
そんな状態だとしても一応家族だった。
そして迎えた、舞依にとっての初めての夏休み。
今までとは違い、普段学校にいる時間も家でともに過ごすことになる。
あいかわらず神楽は家を留守にすることが多い。
何をしているのかさっぱりだったが、ご飯は一応用意しに戻ってきていた。
「焔君、舞依ちゃんのこと、ちゃんと面倒見てあげてね。お兄ちゃんなんだから」
それは何度も聞かされた言葉だった。
なんでそんなに何回も言うのかと焔は思っていたが、言われたからにはちゃんとしようと思っていた。
そんな状態なので、会話がほとんどないままでも焔は舞依の世話をしっかりとこなす。
お世話をしているうちに、自分が兄なんだといまさらながらに実感がわいてきていた。
舞依の方はいつからかお昼過ぎになるとどこかに出かけるようになる。
焔は、友達と遊びに行ったんだろうと思って特に気にしていなかった。
同じような日々が続き、七月が終わろうかという頃。
いつも帰ってくる時間になっても舞依が帰ってこないという事態が起こる。
初めは気にしていなかった焔も、だんだんと心配になってきていた。
全然話しをしてくれないが、見た目はかわいい女の子だ。
よからぬことを考える輩がいないとも限らない。
心配になった焔は家を飛び出し、あてもなく舞依を探し始めた。
難航するかと思われた舞依捜索も、意外とあっさり終わりをむかえる。
家の近くにある公園で、舞依はボーっとブランコに乗っていた。
「舞依、何してんの?」
「あ、お兄ちゃん……」
「……」
ボーっとしていたからなのか、この時焔は初めて舞依に「お兄ちゃん」と呼ばれたのだった。
「遅いから迎えに来た。帰るぞ」
「うん」
ブランコから降りる舞依に背をむけて、先に歩き出す焔。
舞依はトテトテと走って焔の隣に並んだ。
「お兄ちゃんに初めて舞依って呼ばれたよ」
「え? そうだったか?」
「うん」
そう、実は焔の方も舞依のことを名前で呼んだのはさっきが初めてだった。
と言っても、焔はそんなことまったく気づいてはいなかったが。
「俺もお兄ちゃんって呼ばれるの初めてだったぞ」
「……そうだっけ?」
「ああ」
「これからはもっと呼んであげるね」
「なんでちょっと上から目線なの」
「お兄ちゃんはお兄ちゃんって読んであげると喜ぶってお母さんが言ってた」
「何吹き込んでるんだあの人」
家に着くまでの短い間だったが、それでも二人にとってはほぼ初めてと言えるまともな会話だった。
この出来事で一気にふたりの距離が縮まる。
……かと思われたが、翌日にはすっかり元に戻っていた。
あいかわらず焔と舞依の間にはほとんど会話はない。
変わったことがあるとすれば、焔の方が舞依のことを気にするようになったことだろう。
昨日の会話が少しうれしかった焔は、また舞依と話がしたいと思うようになった。
ただ、いつものように無口な舞依を見ていると、焔はなんだか自分だけが浮かれているみたいで恥ずかしくなってしまう。
しかし、舞依は見た目がかわいい女の子。
しかも今まで妹というよりは突然家に現れた女の子という気持ちで接していたので、焔の心は揺さぶられていた。
なんとか少しくらいは仲良くなれないかと考えてみるが、あまりビビッとくる案は浮かばなかった。
なにせこの頃の焔も、お友達がたいしていなかったからだ。
池やお花畑もあり、そこはまるで庭園のように見える。
焔たちが導かれた場所は世界樹の頂上部分だった。
「まるで空中庭園みたいだな」
「きれいな場所ですね」
「とりあえずあのベンチが置いてあるあたりで舞依を休ませよう」
「そうですね」
焔たちは気を失っている舞依を連れて、公園の休憩スペースのようなところへ移動する。
舞依をいったん降ろし、焔は上着を脱いでベンチに敷いてから舞依を寝かせた。
そして近くのベンチに明日香と焔は腰を下ろす。
「ふぅ」
「何なんでしょうねここは」
「さあ……」
まるで楽園を思わせるようなきれいな庭園だ。
ゆっくりと目の前を飛んでいくちょうちょを目で追いながら、焔たちはさきほどの激しい戦いのことなど忘れそうになるくらいに緊張が解けていた。
「まさかここに来るためにあんなダンジョンを用意したりはしないだろう」
「でも何も起きませんね」
「最初の方も怪しかったしなぁ。まだ何も実装されてないとか?」
「汐音さんがくれた種からできたダンジョンですよ? それはないんじゃないですか」
「それもそうだなぁ、汐音さんに聞いてみるか……。こっちは死にかけてるんだしな」
焔は視線を舞依に移す。
守るはずの相手に助けられて、このような状態を招いてしまったことに焔は悔しさをにじませる。
「舞依さん、なんだか雰囲気が違いましたよね」
「ああ……、ただ、俺はあの舞依をどこかで知ってるんだよな」
「え?」
「実は舞依ってな、昔から今みたいにいつも笑顔でいるような子じゃなかったはずなんだ」
焔が舞依について思い出していると、急に記憶が流れ込んでくるかのように、現実の世界で過ごした幼き頃の記憶が蘇っていった。
それは今の焔には覚えのない記憶だった。
舞依がまだ小学生になりたてくらいの頃。
この頃の舞依はいつも無表情で、周りのこどもたちが騒いでいる中でもずっと静かにひとりでいることが多かった。
何を考えているのかまったくわからず、舞依のことをこの時の焔は少し苦手に感じていたほどだ。
母親である神楽はなにやら忙しいらしく、幼い焔たちを残してよく家を空けていた。
「お兄ちゃんなんだから、舞依ちゃんのこと、ちゃんと面倒見てあげるんだよ?」
神楽からそれだけを何度も言われていた焔は、よくわからないまま、でもなんとなく舞依のことを守らないといけないんだと思っていた。
そもそも焔は舞依が生まれた日のことを知らない。
なぜかそのことが思い出せず、気付けば一緒にいたという感じだった。
普通の兄妹とは違う。
舞依がしゃべらないから焔との会話もほとんどない。
同じ家に他人と住んでいるような感覚。
そんな状態だとしても一応家族だった。
そして迎えた、舞依にとっての初めての夏休み。
今までとは違い、普段学校にいる時間も家でともに過ごすことになる。
あいかわらず神楽は家を留守にすることが多い。
何をしているのかさっぱりだったが、ご飯は一応用意しに戻ってきていた。
「焔君、舞依ちゃんのこと、ちゃんと面倒見てあげてね。お兄ちゃんなんだから」
それは何度も聞かされた言葉だった。
なんでそんなに何回も言うのかと焔は思っていたが、言われたからにはちゃんとしようと思っていた。
そんな状態なので、会話がほとんどないままでも焔は舞依の世話をしっかりとこなす。
お世話をしているうちに、自分が兄なんだといまさらながらに実感がわいてきていた。
舞依の方はいつからかお昼過ぎになるとどこかに出かけるようになる。
焔は、友達と遊びに行ったんだろうと思って特に気にしていなかった。
同じような日々が続き、七月が終わろうかという頃。
いつも帰ってくる時間になっても舞依が帰ってこないという事態が起こる。
初めは気にしていなかった焔も、だんだんと心配になってきていた。
全然話しをしてくれないが、見た目はかわいい女の子だ。
よからぬことを考える輩がいないとも限らない。
心配になった焔は家を飛び出し、あてもなく舞依を探し始めた。
難航するかと思われた舞依捜索も、意外とあっさり終わりをむかえる。
家の近くにある公園で、舞依はボーっとブランコに乗っていた。
「舞依、何してんの?」
「あ、お兄ちゃん……」
「……」
ボーっとしていたからなのか、この時焔は初めて舞依に「お兄ちゃん」と呼ばれたのだった。
「遅いから迎えに来た。帰るぞ」
「うん」
ブランコから降りる舞依に背をむけて、先に歩き出す焔。
舞依はトテトテと走って焔の隣に並んだ。
「お兄ちゃんに初めて舞依って呼ばれたよ」
「え? そうだったか?」
「うん」
そう、実は焔の方も舞依のことを名前で呼んだのはさっきが初めてだった。
と言っても、焔はそんなことまったく気づいてはいなかったが。
「俺もお兄ちゃんって呼ばれるの初めてだったぞ」
「……そうだっけ?」
「ああ」
「これからはもっと呼んであげるね」
「なんでちょっと上から目線なの」
「お兄ちゃんはお兄ちゃんって読んであげると喜ぶってお母さんが言ってた」
「何吹き込んでるんだあの人」
家に着くまでの短い間だったが、それでも二人にとってはほぼ初めてと言えるまともな会話だった。
この出来事で一気にふたりの距離が縮まる。
……かと思われたが、翌日にはすっかり元に戻っていた。
あいかわらず焔と舞依の間にはほとんど会話はない。
変わったことがあるとすれば、焔の方が舞依のことを気にするようになったことだろう。
昨日の会話が少しうれしかった焔は、また舞依と話がしたいと思うようになった。
ただ、いつものように無口な舞依を見ていると、焔はなんだか自分だけが浮かれているみたいで恥ずかしくなってしまう。
しかし、舞依は見た目がかわいい女の子。
しかも今まで妹というよりは突然家に現れた女の子という気持ちで接していたので、焔の心は揺さぶられていた。
なんとか少しくらいは仲良くなれないかと考えてみるが、あまりビビッとくる案は浮かばなかった。
なにせこの頃の焔も、お友達がたいしていなかったからだ。
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