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3章 青の精霊と精霊教会

82話

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 舞依と夏海が使っている部屋の前まで来た焔たちは、扉をノックして返事を待たずに中に入った。

「舞依!」
「あ、焔さん、舞依ちゃんが……」

 ベッドの上には苦しそうに胸をおさえる舞依が横たわっていた。
 夏海はどうすればいいのかわからずオロオロとしている。

「いったいどうしたんだ……」
「わからないんです、目を覚ましたと思ったら突然苦しみだして……」

 倒れる前の舞依は正気ではなかった。
 その状態で気を失っていることも影響しているのかもしれない。

「お兄ちゃん……」
「舞依?」

「お兄ちゃん……、お兄ちゃんが……、いなくなっちゃう……」
「舞依! 俺はここにいる! いなくなんかならないぞ!」

 焔は舞依の手を握り、なんとか落ち着かせようと声を掛け続ける。
 次第に乱れていた舞依の呼吸は落ち着き始め、ゆっくりとその目が開かれていく。

「あ、お兄ちゃん……」
「舞依! 大丈夫か? どこか変じゃないか?」

「え? うん……。あれ、私、何してたっけ?」
「思い出せないなら今は無理に思い出さなくていい」

「うん、なんか私迷惑かけちゃった?」
「そんなことない、舞依が何をしたって迷惑なんて思わないから」

「あはは……、それはちょっとどうかな……」

 舞依は目を覚まし、すっかり意識は取り戻したようだった。
 しかし、倒れる前のことを覚えていないらしく、不安は残る状態だ。
 その様子を見ていた呉羽は焔にある提案をする。

「焔さん、後のことは私たちに任せて、元の街に戻った方がいいのではないですか」
「え? でもそれじゃあ呉羽ちゃんたちは大変だろう?」

「元々、青の精霊の件はこの地に住む人々と魔族の問題です。焔さんや私たち一族は本来関わるべきものではないのです」
「それはそうかもしれないけど」

「私はこの地に介入した以上、最後まで片付けたいと思います。ですが焔さんたちは依頼で来ただけでしょう? 目的を達成したのならもう留まる理由はないはずです」

 呉羽の言う通り、焔がこの地にやってきたのは元々霞に依頼されて優花を助けに来ただけだ。
 目的が果たされている今、ここで急いで島に戻っても問題はない。

「でも、せっかく呉羽ちゃんとも仲良くなれたのに、こんないきなりお別れするのはさみしいな」
「魔王と仲良くしてどうするんですか? 私たちは本来敵対する者同士のはずです」

「そうかもしれないけど……」
「焔さん、気持ちはうれしいですけど、今一番大切にしなければいけないのは私ではなく舞依さんではありませんか?」
「はっ」

 振りむけば、さきほどまで苦しそうに寝込んでいた舞依の姿が目に入る。
 舞依の容態が安心できない状態である以上、早急に島に戻って安全な場所で安静にするべきだろう。

「何も二度と会えなくなるわけじゃありません。私が魔王で、あなたが冒険者をしている限りまた会えます。それが私たちの運命ですから」

 呉羽はそこでにっこりとこどものような笑顔を見せた。
 ここに来たから初めて見せる表情に焔の心は動かされた。
 紅と蒼のオッドアイが、今は不思議とやさしい印象を与えていた。

「呉羽ちゃん……、ありがとう」
「いえ、また会いましょう、さようなら」

 呉羽はその挨拶を残して部屋を去っていった。
 あっさりとしたお別れだったが、それはまたすぐに会えると信じているというメッセージなのかもしれない。

「みんな帰ろうか、俺たちの島へ」
「うん」

 焔は後のことを呉羽に託し、優花を加えた五人で帰路に就く。
 修道院から出て、真っ直ぐに道を進む。

「観光くらいしたかったなぁ」
「こらこら、さっきまでぶっ倒れてたんだからおとなしくしてなさい。また来ればいいんだからさ」
「そうだね」

 確かにこの街は観光もせずに帰るのはもったいないくらいのきれいな海辺の街だ。
 まるで嵐が過ぎた後のような、澄み切った青空がさらにそれを引き立てているのかもしれない。

 正直名残惜しいと焔は思いながらも、今は島に急いで戻ることを優先する。
 そこに後ろから誰かが走ってくる足音が聞こえた。

 焔が振り返ると、走ってきていたのはなんと、いろいろやらかしていた教会のリーダー格の女性だった。
 若干警戒しながら、焔はみんなよりも一歩前に出て、その女性を待ちかまえる。

「あの!」
「どうかしたんですか? 監視の者が付いてたんじゃ」

「まいてきました。どうしてもあなたたちに謝りたくて」
「謝る?」

「本当にごめんなさい! 記憶は確かにあるのに、どうしてあんなことをしたのかわからないんです。こんなの言い訳にしか聞こえないかもしれないけど……」

 焔は話を聞きながら、記憶があるというところが気になった。
 操られるだけならまだしも、記憶を残されているのはかなりつらいことだろう。
 自分がもし同じ方法で舞依や仲間たちを傷つけたりでもしたら、悔やんでも悔やみきれないに違いない。

「あなたたちは操られてたんだろう、だから俺たちは何も言わない。とりあえず無事だったしな。あとのことは呉羽ちゃんに任せたから」
「やさしいんですね」
「さあ、どうかな」

 焔と女性はお互いに笑顔を交わす。
 そして女性は優花の方を見る。

「優花ちゃんもごめんなさい。私は許されないことをしてしまったわ」
「ううん、もういいの、だってずっとそばにいてくれたのは本当のことだから」

「優花ちゃん、あなたはもう自由。だから幸せになってね」
「ありがとう」

 ふたりはやさしく抱きしめ合い涙を流した。
 しばらくして優花を開放した女性は、再び焔の前に戻ってきた。

「あのお願いがあるんですけど」
「なんだ?」

「私とフレンド登録をしてください。優花ちゃんの様子が知りたいので」
「あんたもなかなかだな。まあいいけど」

 焔と女性はお互いのIDを交換しフレンド登録を完了した。

「それじゃあ私、罰を受けに行って来ます!」
「嫌なこと言うなよ……」

 女性はこれから罰されるものとは思えない笑顔で手を振りながら教会へと戻っていった。
 フレンドリストに登録された名前は鬼頭聖礼。
 焔はこの時初めて、誰も彼女の名前を呼んでいないことに気が付いた。
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