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3章 青の精霊と精霊教会

75話

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 みんなが寝静まった深夜。
 焔はベッドで体を起こし、立ち上がる。
 そう、焔は今夜中に例のイカモンスターと決着をつけるつもりでいた。

 相手のレベルのこともあるので舞依たちには秘密で行動する。
 優花にはあのような言い方をしたものの、もし遭遇したら引き留められる可能性があるのも深夜にした理由のひとつだ。

 準備は万端。
 修道院は施錠されているので、表から出ようとすると必ず誰かに気づかれてしまう。

 焔は2階の窓から出て、屋根を伝っていくルートを考えていた。
 部屋を出ようとして扉に手をかけた時、普通ならありえない方向から少女の声が聞こえる。

「どこへ行くのですか」
「ひっ」

 焔は心臓が飛び出そうなくらい驚いたが、なんとか最小限の声にとどめることができた。
 振り返ると、そこにいたのは昼間に教会までの案内をしてくれたあのフードの少女だった。

「えっと、ここで何をしてるのかな? 一応俺が使わせてもらってる部屋なんだけど」
「知ってる」

「いつからここに?」
「私が来た時にはあなたは寝ていた」

「そうか、で、何をしてたの?」
「あなたが何かを企んでいるから監視していた」
「くっ」

 どこで気付かれたのか焔にはわからなかったが、ずっと目をつけられていたのだろう。
 焔は正直、みんな格下だと思って油断していたところがあった。
 もしこれが完全な敵だったら、とっくに殺されていたことになる。

「それで、俺をどうするつもりなんだ」
「別にどうもしません、あなたこそどうするつもりなんですか? モンスターの居場所、わかるんですか?」

「うっ、それは……、ってなんで俺がモンスターを倒しに行こうとしてるってわかるんだ?」
「そのためにこの街まで来たんでしょう? だったらそれ以外ないと思いますけど」

「それもそうか」
「それとも誰かのところに夜這いでもするつもりでしたか」

「しないから」
「まあそんなことはどうでもいいです、案内しましょうか? モンスターのところまで」

「いいのか? 君だってここを抜け出すのはよくないんじゃないのか?」
「別に構いませんよ、私は教会の人間というわけではないので」

「そうか、やっぱり君だけはまわりの人たちと違うなって思ってたんだ」
「そうですか、まさか気付かれてしまうとは、あなたも他の者たちとは違うのですね」

「どうだろうな、まあ確かに普通ではないかもしれないけど」
「ふふ」
「おっ」

 少女は初めて焔の前で笑った。。
 フードと暗闇で顔は見えなかったが、漏れた声と雰囲気からそう感じた。
 そしてそのフードは次の瞬間には、少女の手によってめくられていた。

「私の名前は深見呉羽、覚えておいてください」
「改めて、俺は夏川焔だ、よろしくな」
「はい」

 少女の顔は焔が思っていたよりもさらに幼く、そして無表情だった。
 紫の髪に、目は右目が蒼で左目が紅のオッドアイ。
 ただの人間とは思えない姿だ。

 フードを外したためかステータスが表示されるようになり、レベルが明らかになる。
 そのレベルは99。

 そしてステータスは、同じくレベル99の焔をすべて上回っている。
 つまりこの少女なら問題となっているイカモンスターなど簡単に倒せるということだ。

 教会の人間ではないということはこれではっきりとした。
 では一体何が目的でここにいるのか。
 少女、呉羽は話すつもりはないのか、すっと焔の前を通りすぎ扉に手をかける。

「では行きましょうか」
「あ、ああ」

 呉羽は音もたてずに扉を開くと、すたすたと廊下を歩いていってしまう。
 焔もその後を慌てて追いかけていく。
 そのまま修道院の2階へと階段をのぼり、呉羽はとある部屋の扉をノックもせずに開く。

「おいおい、勝手に入っていいのか?」
「問題ありません、ここは私が使っている部屋ですので」

「なんだ……、びっくりするじゃないか」
「さあ、早く中へ」
「ああ」

 焔はあまり親しくない女の子の部屋ということで、少しドキドキしながら中に入っていく。
 中はほとんど物のないスッキリとした部屋だった。
 あまり興味のあることが少ないのか、感情の感じられない部屋だと焔は思った。

 ただよく見ると、ベッドの上にかわいらしいぬいぐるみがひとつ置いてあるのを見つける。
 焔はこのぬいぐるみを抱いて寝る呉羽を想像してぷっと吹き出してしまった。

「何を笑っているのですか?」
「いや、何でもないよ」

「女の子の部屋でニヤニヤしているなんて変態みたいなことやめてくださいね」
「してないしてない」
「してますけど」

 呉羽は少しだけ口調を強めて言いながらも、特に気にした様子を見せずに窓を開いた。
 この部屋の窓からは1階部分の屋根の上へ出ることができるようになっている。
 ここを通っていけば、入り口を通らずに外へと出ることが可能だ。

「なあ呉羽ちゃん」
「なんですか」

「このベッド、俺のところにあったのよりふかふかしてそうなんだけど、ちょっとダイブしてもいいかな」
「好きにすればいいんじゃないですか?」

「マジで!?」
「命の保証はしませんが」

「……じゃあやめとこうかな」
「ちなみに同じベッドなので、ふかふかさは同じはずです」

「そうか、ありがとう。じゃあ行こうか」
「そうですね」

 呉羽はふわっと飛んで窓の外に出る。
 焔はそこまで身軽ではないので、普通の人間らしく、ゆっくりと窓を乗り越えていく。

「あまり音をたてないように、気を付けて走ってください」
「むずかしいこと言ってくれるじゃないか、俺こんなところ歩くの初めてなんだけど」

「そういう魔法を使えばいいじゃないですか」
「いやいや、そういう魔法とやらの存在すら知らなかったよ」

「しょうがないですね、私がかけてあげます」
「おお、ありがとな」

「頭をなでてくれてもいいんですよ」
「え?」

「頭をなでてくれてもいいんですよ」

(なでてほしいのか……?)

 焔は舞依にするのと同じように呉羽の頭をなでてみた。

「うにゅ~」
「なんだろうこの気持ちは……」

 呉羽は嫌がっているのか喜んでいるのかよくわからないような表情を見せる。
 それを見ながら、焔はまるでペットをかわいがるような気持ちになった。
 舞依たちを相手にする時とは少し違う気持ちだった。

「いつまでなでているんですか」
「え~……」

 呉羽は突然焔の手をおさえて抗議する。
 焔はそんな呉羽に苦笑いするが、少し照れているような表情をしているので嫌がっていたわけではないと気づく。
 最後に頭をポンポンとして、焔は屋根の上を歩き始める。

「さあ、早く行こう」
「わかっています」

 呉羽は再び焔の前に立ち、かなりの速さで屋根の上を跳んでいく。
 その姿はまるで忍者のようだった。

 焔は少し驚いていたが、すぐに後を追いかけ、呉羽を見失わないように必死についていく。
 このような動きをしたのは今回が初めてだったが、やはりゲームの世界ということもあって、体は意外と動いていた。

 これには呉羽の魔法の力も加わっていたが、焔のステータスの高さも発揮されている。
 すさまじいスピードで街を跳び回り、ある場所で呉羽は屋根から地上に降りていく。

 この高さから飛び降りるなど、焔には自殺行為のように思えたが、勢いのまま一緒に飛び降りてしまう。
 魔法の力のおかげもあり、何の痛みもなく地上に着地することができた。

「ふう、死ぬかと思ったぞ」
「大袈裟な」
「いや、大袈裟じゃないと思うんだが」

 いくらこの世界に慣れてきた焔でも、感覚は現実世界からそう変わるものではない。
 屋根から飛び降りるような体験は、普通に生きていればそうそうしない。

「早く行きますよ」
「おいおい、待ってくれよ」

 すたすたと先を歩いていく呉羽を、焔は少しだけ走って追いつき隣を歩く。
 そして歩いている道の先にとんでもないものが見え始める。

 暗くて細かいところは見えないが、街を囲っている壁に大きな大きな門があった。
 このあたりだけやけに壁が高く、10メートルくらいはある。

 これは外敵からの侵入を防ぐためだろうか。
 だったら門は必要がないと思われるが。

「この先ですよ」
「マジかよ」

 その大きさの前に焔は圧倒されてしまう。
 そしてさらに焔を不安にさせているのが、まるで呪いの文字のようなものが書かれた札がベタベタと門に貼られていること。

 それから『関係者以外の立ち入り禁止をする』と書かれた大きなプレートが掲げてあることだった。

「なんか無事に帰ってこれる気がしなくなってきたんだけど……」
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