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1章 憧れのゲームの世界へ

1話

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 夏川焔は夢を見ていた。
 最近よく見るようになった、ある女性の夢。
 桜色の長い髪をもち、かっこよく刀を振るう女性。

 その女性の名前は神ノ木汐音という。
 汐音は焔がやってきたことに気付くと、まるで幼い弟を見る姉のようにやさしく微笑みかけた。

 知らない女性なうえ、焔に姉はいないのだが、なぜか本当の姉のように思えてしまっている。
 焔の初恋相手に似ているのは、焔の願望が混ざっているのかもしれない。

 それよりここがどこなのかわからなかった。
 夢とはそういうものかもしれないが、焔にはまったく覚えのない場所だ。

 そして汐音の後ろにあるものすごく大きい樹は、ゲームなどで出てくる世界樹を思わせるようなものだった。
 汐音は焔に手招きをすると、その世界樹の近くに腰を下ろし、焔もその隣に座る。

「どうぞ」
「ありがとうございます」

 今日も汐音は水筒から渋いお茶をいれて焔に手渡す。
 夢はいつもこの辺りで終わっている。

 しかし今日は夢が続いていた。
 それは初めてのことだった。

「今日は君にプレゼントがあるの」
「え? それはもしかしてお姉さんのキスだったり?」

 焔はこれが夢だと自覚しているので、きっと現実ではできないであろう大胆な発言をしてみる。

「う~ん、私のなんかいらないでしょ」
「そんなことないです、全力で欲しいです!」

 前のめりな焔に、少し引き気味な笑顔を見せる汐音。

「まあそれは君の頑張り次第かな」
「マジっスか! 全力で頑張ります!」

 汐音は苦笑いしながら立ち上がり、焔に刀を一本渡す。

「これあげるよ、私二本持ってるから。名前は君と同じ『焔』っていうんだよ」

 そう言って汐音は初めに立っていた位置に戻っていく。
 焔もそれについていくと、汐音はもう一本の刀を抜いて構える。

「今から君に私の持っている『ギフト』を継承してもらうからね。頑張ってレベルを上げてね」
「へ? 何の話?」

 いきなりゲームのような単語が出てきて混乱する焔。
 そんなことはお構いなしに突然刀を振りかざす汐音。

(し、死ぬ!)

 そう思ったが、なぜか体が自然と動いて刀を刀で弾く。
 体が軽く、まるでアニメのようなイメージで刀を振るうことができる。

「いい動きだね」
「自分でもびっくりなんだけど……」

 焔は自身の動きに驚きながらも、次々に襲い掛かる汐音の刀を華麗にさばき続ける。
 こんなことをしばらくの間延々と続けていく。
 ぶっ通しで1時間以上も刀を振るい続け、体が重くなって足がもつれそうになる。

 しばらくして汐音が動きを止めたところで焔も少し休憩する。

「そろそろいいかな。ステータスを確認しようか」
「ステータス?」
「そうそう。君は私と同じでここにつけてるよね」

 汐音は自分の右手の手首に巻いているバンドを、左手の指でダブルタップするように軽くたたく。
 するとホログラムのようにメニュー画面が空中に表示された。
 焔もマネしてみると、簡単に同じことができた。

「すごい、ゲームかよ」

 メニュー画面にはタブレット端末のトップ画面のようにいろいろ並んでいたが、焔はとりあえずステータスのアイコンをタップしてみる。
 そこには自分の能力が数値となって表示されていた。
 焔のレベルは30、汐音のレベルは150だ。

「いったいMAXはいくつなんだ」
「99だよ」

「いやいや、お姉さん150ですよ」
「これは私の持ってるギフトの効果だよ」

 ひとりだけレベルの上限突破なんて、実際のゲームで存在したらかなり問題になるんじゃないだろうか。

「ちゃんと30いってるね、じゃあ私のギフトをひとつプレゼントするね」
「ありがとうございます。というかもう30まで上がったんですか……」

 焔はギフトというのが何なのか全然わかっていないが、もらえるというのならもらっておこうと思った。
 ひとつということは汐音のギフトは複数あるのだろう。
 その中から焔に継承されたのは『???』と書かれたものだった。

「あの、怪しいギフトがプレゼントされてきたのですが」
「いつかのお楽しみだね」

 いつかっていつだよっと焔は思った。
 夢から覚めたらもらった意味がなくなってしまうだろうから。

「いったい何なんですか~、教えてくださいよ」
「あ、もう時間だね。また明日」
「え? ちょっと! キスがまだなんですけど!」

 汐音は笑顔のまま強引に話を断ち切ると、焔はいつものように夢から覚めていった。



 夏川焔は今年で15歳になる中学3年生だ。
 と言っても、学校にはほとんど登校しておらず、引きこもりライフをエンジョイしている。
 特に根暗だったりというわけでもなく、不登校なのは訳ありだ。

 それでも友達どころか知り合いすら数えるほどしかいないのは事実。
 現在は、13歳で中学1年生の妹、夏川舞依とふたり暮らしだ。
 こちらも学校には行っていないが、性格は天真爛漫で、この年齢にしていろいろあった焔の心の支えとなっている。

「ふああ……」

 焔はあくびをした後、あおむけに寝ていた体を起こす。
 するとめくれた布団の中から、妹の舞依の姿が現れた。

「おいおい、またか……」

 焔の隣ですやすやとかわいらしく寝息を立てている妹。
 中1にもなってこんなことで大丈夫なのかと焔は心配し始めている。

「舞依が寝てる間に本屋にでも行ってくるか」

 焔はわずか3分で支度を済ませ、ショッピングモールにある本屋へとむかった。


 
 本屋からの帰り道。
 平日にも関わらず、今日は昼間からこどもの姿をあちこちで見かける。

 それもそのはず、世間では今日から夏休み。
 しかしそんなことは焔にとってほとんど関係のないことだった。
 なにせ学校には全く行っていないのだから。

 ほんの少し良いことと言えば、こうして昼間に出歩いていても目立たないことだろうか。
 そんなことを考えながら歩いていると、後ろから焔に声をかける人物が現れた。

「お~い、焔~」
「うん? ああ、千歳じゃないか」

 その人物は焔の幼馴染である鮎川千歳という女の子……、いや男だった。
 千歳は焔よりひとつ年下で、学校へ行っていない焔の数少ない友人である。
 見た目はまるっきり女の子で、しかも焔が好きな長髪で清楚系の美少女だ。

「珍しいね、焔が真昼間から出かけるなんて」
「失礼な、俺はいつも昼間から出かけてるぞ」

「そうなんだ……」
「ああ、でも世間は夏休みだからな、変な目で見られないのは助かる」

 平日だとどうしても子どもがいると目立ってしまうのだ。
 だからって焔は外出をやめたりはしないのだが。

 そんなことよりも今は千歳だ。
 焔は千歳をひとりの女の子として見ている。

 きれいな長い髪と焔より少しだけ低い身長は焔の好みのタイプ。
 おまけに性格まで良く、焔に対しても好意的で、欠点らしいものは見当たらない。
 もし千歳が女の子だったら、とっくに告白して玉砕していたかもしれないので、これはこれでよかったのかもしれないと焔は思っていた。

「千歳は今日も可愛いな」
「男の子にむかって可愛いっていうのはどうなんだろう」

「その割は嬉しそうだが」
「えへ、だって嬉しいもん」

 千歳は満面の笑顔で焔の腕に抱きついてくる。
 その姿はやっぱり女の子にしか見えない。

 傍から見ると恋人同士に見えたりするのだろうかと焔は思っていたりもする。
 そしてそれは悪い気がしないのだった。
 その時すぐ近くを通り過ぎたふたり組の話し声が耳に入る。

「本当か知らんけど、ついにやったって噂だよなあのメーカー、ずっと怪しいとは思ってたけど」
「それマジだったらやばいな、もうアニメみたいじゃん」

 そのふたり組をしばらく目で見送りながら、なんとなく聞こえてきた話が引っかかる。
 どこのメーカーの何の話かは知らないが、気になってしまうのはふたりがオタクだからだろうか。
 アニメみたいと言ってるということは、恐らく現実の話なのだが。

「そういえば焔はどこかに行くの?」
「いや、本屋に寄ってきた帰りだよ。千歳はどっか行くのか?」

「私は郵便局に荷物を取りに行ってきたんだ」
「そっか、じゃあデートでもするか」

 ごく自然な流れで千歳をデートに誘う焔。
 いつもならこのまま本当にお出かけになるのだが、今日はそうならなかった。

「ごめんね焔、今日はちょっと用事があるんだ」
「そっか、フラれてしまったか。……ま、まさか男じゃなかろうな!?」
「いやいや、私も男だからね一応。心配しなくても私は焔一筋だよ」

 それもどうかと思う答えだったが、千歳は割と本気で言っているのだった。

「残念だがまた今度だな」
「うん、また誘ってね」

 その後、ふたりはお互いの家への分かれ道まで一緒に歩き、そこでお別れする。

「じゃあまたな千歳」
「うん、バイバイ焔」

 焔は千歳のやさしい笑顔に癒されながら自宅へと戻っていった。
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