死神様の恋愛マニュアル

よもやま

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5.真実と選択⑩

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「お、お前……どこ、どこからっ」
「……ずっといた。見てたぞ、お前のことを」

 たじろぐ鹿瀬を見下ろしたまま、レイヴンは脅かすつもりで唇を歪める。鹿瀬はその言葉にビクッと肩を震わせて、呻き声を漏らしながら必死に頭を振っていた。有り得ない現実を否定しようとしているのだろう。
 だが、どれだけ否定してもレイヴンは目の前にいる。

「これ以上佐丸を傷付けるつもりなら」

 許さない。
 怒りを込めた瞳で鹿瀬を見つめたまま、レイヴンは佐丸を守るように前に出た。レイヴンの靴がガラス片を踏みしめ、その音になぜか鹿瀬がハッとした表情を浮かべる。

「お、お前が何だろうと……もうどうだっていい」

 怯えて震えていた鹿瀬は、身形を整えながらよろよろと立ち上がった。レイヴンはこのまま鹿瀬がこの場を立ち去ってくれることを願うが、鹿瀬の目に宿った好戦的な光に思わず身構える。

「死ねやクソ野郎が!!」

 叫びながら突進してくる鹿瀬の手にはガラス片が握られていた。自分の手が傷付くのも構わず、鹿瀬はガラス片を握り締めたままレイヴンに突進した。
 ギラリと光った鋭い先端がレイヴンを狙う。

「レイヴン!」

 佐丸の悲鳴が響き、逃げろというようにレイヴンの手を引いた。しかし、ここで逃げれば佐丸が危険に晒される。それでは何のためにもう一度姿を現したのかわからない。
 レイヴンは鹿瀬の殺意をその身に受ける覚悟で身構えるが、

「あーあー。やっぱこうなったか」

 予想していた衝撃は訪れず、代わりにアンブレラの傘が鹿瀬の手首を打った。鹿瀬の手からガラス片が落ちる。

「……は、はぁ? な、なんだよ。何なんだよぉ!!」

 鹿瀬にはアンブレラの姿が見えていないのだろう。突然手首を何かに叩かれ、その衝撃でガラス片を落としたと思っているらしい。しかし鹿瀬は諦めきれないようで、落としたガラス片をもう一度掴もうとしている。
 アンブレラは暴走する鹿瀬を冷ややかに見下ろし、「馬鹿な野郎や」と呟いて鹿瀬の頬に手を添えた。その瞬間、鹿瀬の目はようやくアンブレラを捕らえたようだった。
 きっと凄絶なまでに美しい男の顔が、鹿瀬の心を奪っているのだろう。呆けた表情がソレを物語っている。

「強制執行、堪忍してや」

 その隙にアンブレラは血の気のない唇を鹿瀬の唇に近付け、すぅ、と息を吸い込んだ。鹿瀬の口から、白く濁った煙のようなものが吸い出されていく。鹿瀬の魂だ。アンブレラは、鹿瀬の魂を回収している。
 最後の一雫まで吸い尽くしたアンブレラは、不味いと言いたげに眉を顰めて唇を拭った。鹿瀬の身体が床に倒れる。

「アンブレラ……なんで」

 レイヴンはアンブレラの様子をただ黙って見守っていたが、倒れた鹿瀬の姿を目にして静かに問いかけた。

「試験の邪魔、それだけや。違反でもなんでもないで。ちゃんとマニュアルに緊急時の対応として書かれとる」
「そうじゃなくて……っ」
「お前が情けないから助けてやっただけや」

  そう言いながら、アンブレラは佐丸の腕を掴んでレイヴンから引き離した。鹿瀬に掴まれて伸びきったシャツの隙間からレイヴンとの契約印が見える。二度目の契約にアンブレラは呆れたような溜め息を吐いた。
 佐丸は状況をまだよく理解できていないのだろう。不安そうな表情を浮かべているが、それでもアンブレラが完全に味方でないことだけは理解しているようだった。警戒心丸出しの表情でアンブレラの手を振りほどき、レイヴンの側に逃げていく。

「アンブレラ。俺は、佐丸のことを」

 佐丸の腰を抱き寄せたレイヴンは、アンブレラを真っ直ぐ見つめながら口を開く。

「レイヴン」

 しかしその先の言葉を、アンブレラは押し留めた。
 その先を口にすれば、レイヴンは死神として存在が許されなくなる。

「レイヴン。今ならまだ聞かなかったことにできる。お前が今すぐこの男の魂を回収すれば」
「いやだ!」

 努めて冷静に状況を説明しようとするアンブレラの声を遮って、レイヴンは叫んでいた。佐丸の魂を回収するなんて、そんなことはもう考えられなくなっていた。

「俺は……佐丸と一緒にいたい。同じ時間を過ごしたい。佐丸に恋をしてしまった」

 まるで自らの罪悪を懺悔するように、レイヴンが思いを吐き出した。

「あ、はは……」

 レイヴンに抱き締められていた佐丸が、不意に笑った。まさかレイヴンがそんなことを言うだなんて思っていなかったのだろう。だが、笑いながらも佐丸の顔は赤く染まり瞳には涙が滲んでいる。

「まだ、すごい混乱してるのに……」

 鼻をすすりながら、佐丸が声を震わせる。 

「レイヴンにそう言われて、嬉しい。勝手に消えて、勝手に戻ってきて、僕の話も聞かずに好き勝手なことばっか言って。いっぱい文句を言いたいのに……嬉しいって言葉しか出てこないや」
「佐丸……」
「レイヴン、これが恋なのかな」
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