37 / 40
5.真実と選択⑩
しおりを挟む
「お、お前……どこ、どこからっ」
「……ずっといた。見てたぞ、お前のことを」
たじろぐ鹿瀬を見下ろしたまま、レイヴンは脅かすつもりで唇を歪める。鹿瀬はその言葉にビクッと肩を震わせて、呻き声を漏らしながら必死に頭を振っていた。有り得ない現実を否定しようとしているのだろう。
だが、どれだけ否定してもレイヴンは目の前にいる。
「これ以上佐丸を傷付けるつもりなら」
許さない。
怒りを込めた瞳で鹿瀬を見つめたまま、レイヴンは佐丸を守るように前に出た。レイヴンの靴がガラス片を踏みしめ、その音になぜか鹿瀬がハッとした表情を浮かべる。
「お、お前が何だろうと……もうどうだっていい」
怯えて震えていた鹿瀬は、身形を整えながらよろよろと立ち上がった。レイヴンはこのまま鹿瀬がこの場を立ち去ってくれることを願うが、鹿瀬の目に宿った好戦的な光に思わず身構える。
「死ねやクソ野郎が!!」
叫びながら突進してくる鹿瀬の手にはガラス片が握られていた。自分の手が傷付くのも構わず、鹿瀬はガラス片を握り締めたままレイヴンに突進した。
ギラリと光った鋭い先端がレイヴンを狙う。
「レイヴン!」
佐丸の悲鳴が響き、逃げろというようにレイヴンの手を引いた。しかし、ここで逃げれば佐丸が危険に晒される。それでは何のためにもう一度姿を現したのかわからない。
レイヴンは鹿瀬の殺意をその身に受ける覚悟で身構えるが、
「あーあー。やっぱこうなったか」
予想していた衝撃は訪れず、代わりにアンブレラの傘が鹿瀬の手首を打った。鹿瀬の手からガラス片が落ちる。
「……は、はぁ? な、なんだよ。何なんだよぉ!!」
鹿瀬にはアンブレラの姿が見えていないのだろう。突然手首を何かに叩かれ、その衝撃でガラス片を落としたと思っているらしい。しかし鹿瀬は諦めきれないようで、落としたガラス片をもう一度掴もうとしている。
アンブレラは暴走する鹿瀬を冷ややかに見下ろし、「馬鹿な野郎や」と呟いて鹿瀬の頬に手を添えた。その瞬間、鹿瀬の目はようやくアンブレラを捕らえたようだった。
きっと凄絶なまでに美しい男の顔が、鹿瀬の心を奪っているのだろう。呆けた表情がソレを物語っている。
「強制執行、堪忍してや」
その隙にアンブレラは血の気のない唇を鹿瀬の唇に近付け、すぅ、と息を吸い込んだ。鹿瀬の口から、白く濁った煙のようなものが吸い出されていく。鹿瀬の魂だ。アンブレラは、鹿瀬の魂を回収している。
最後の一雫まで吸い尽くしたアンブレラは、不味いと言いたげに眉を顰めて唇を拭った。鹿瀬の身体が床に倒れる。
「アンブレラ……なんで」
レイヴンはアンブレラの様子をただ黙って見守っていたが、倒れた鹿瀬の姿を目にして静かに問いかけた。
「試験の邪魔、それだけや。違反でもなんでもないで。ちゃんとマニュアルに緊急時の対応として書かれとる」
「そうじゃなくて……っ」
「お前が情けないから助けてやっただけや」
そう言いながら、アンブレラは佐丸の腕を掴んでレイヴンから引き離した。鹿瀬に掴まれて伸びきったシャツの隙間からレイヴンとの契約印が見える。二度目の契約にアンブレラは呆れたような溜め息を吐いた。
佐丸は状況をまだよく理解できていないのだろう。不安そうな表情を浮かべているが、それでもアンブレラが完全に味方でないことだけは理解しているようだった。警戒心丸出しの表情でアンブレラの手を振りほどき、レイヴンの側に逃げていく。
「アンブレラ。俺は、佐丸のことを」
佐丸の腰を抱き寄せたレイヴンは、アンブレラを真っ直ぐ見つめながら口を開く。
「レイヴン」
しかしその先の言葉を、アンブレラは押し留めた。
その先を口にすれば、レイヴンは死神として存在が許されなくなる。
「レイヴン。今ならまだ聞かなかったことにできる。お前が今すぐこの男の魂を回収すれば」
「いやだ!」
努めて冷静に状況を説明しようとするアンブレラの声を遮って、レイヴンは叫んでいた。佐丸の魂を回収するなんて、そんなことはもう考えられなくなっていた。
「俺は……佐丸と一緒にいたい。同じ時間を過ごしたい。佐丸に恋をしてしまった」
まるで自らの罪悪を懺悔するように、レイヴンが思いを吐き出した。
「あ、はは……」
レイヴンに抱き締められていた佐丸が、不意に笑った。まさかレイヴンがそんなことを言うだなんて思っていなかったのだろう。だが、笑いながらも佐丸の顔は赤く染まり瞳には涙が滲んでいる。
「まだ、すごい混乱してるのに……」
鼻をすすりながら、佐丸が声を震わせる。
「レイヴンにそう言われて、嬉しい。勝手に消えて、勝手に戻ってきて、僕の話も聞かずに好き勝手なことばっか言って。いっぱい文句を言いたいのに……嬉しいって言葉しか出てこないや」
「佐丸……」
「レイヴン、これが恋なのかな」
「……ずっといた。見てたぞ、お前のことを」
たじろぐ鹿瀬を見下ろしたまま、レイヴンは脅かすつもりで唇を歪める。鹿瀬はその言葉にビクッと肩を震わせて、呻き声を漏らしながら必死に頭を振っていた。有り得ない現実を否定しようとしているのだろう。
だが、どれだけ否定してもレイヴンは目の前にいる。
「これ以上佐丸を傷付けるつもりなら」
許さない。
怒りを込めた瞳で鹿瀬を見つめたまま、レイヴンは佐丸を守るように前に出た。レイヴンの靴がガラス片を踏みしめ、その音になぜか鹿瀬がハッとした表情を浮かべる。
「お、お前が何だろうと……もうどうだっていい」
怯えて震えていた鹿瀬は、身形を整えながらよろよろと立ち上がった。レイヴンはこのまま鹿瀬がこの場を立ち去ってくれることを願うが、鹿瀬の目に宿った好戦的な光に思わず身構える。
「死ねやクソ野郎が!!」
叫びながら突進してくる鹿瀬の手にはガラス片が握られていた。自分の手が傷付くのも構わず、鹿瀬はガラス片を握り締めたままレイヴンに突進した。
ギラリと光った鋭い先端がレイヴンを狙う。
「レイヴン!」
佐丸の悲鳴が響き、逃げろというようにレイヴンの手を引いた。しかし、ここで逃げれば佐丸が危険に晒される。それでは何のためにもう一度姿を現したのかわからない。
レイヴンは鹿瀬の殺意をその身に受ける覚悟で身構えるが、
「あーあー。やっぱこうなったか」
予想していた衝撃は訪れず、代わりにアンブレラの傘が鹿瀬の手首を打った。鹿瀬の手からガラス片が落ちる。
「……は、はぁ? な、なんだよ。何なんだよぉ!!」
鹿瀬にはアンブレラの姿が見えていないのだろう。突然手首を何かに叩かれ、その衝撃でガラス片を落としたと思っているらしい。しかし鹿瀬は諦めきれないようで、落としたガラス片をもう一度掴もうとしている。
アンブレラは暴走する鹿瀬を冷ややかに見下ろし、「馬鹿な野郎や」と呟いて鹿瀬の頬に手を添えた。その瞬間、鹿瀬の目はようやくアンブレラを捕らえたようだった。
きっと凄絶なまでに美しい男の顔が、鹿瀬の心を奪っているのだろう。呆けた表情がソレを物語っている。
「強制執行、堪忍してや」
その隙にアンブレラは血の気のない唇を鹿瀬の唇に近付け、すぅ、と息を吸い込んだ。鹿瀬の口から、白く濁った煙のようなものが吸い出されていく。鹿瀬の魂だ。アンブレラは、鹿瀬の魂を回収している。
最後の一雫まで吸い尽くしたアンブレラは、不味いと言いたげに眉を顰めて唇を拭った。鹿瀬の身体が床に倒れる。
「アンブレラ……なんで」
レイヴンはアンブレラの様子をただ黙って見守っていたが、倒れた鹿瀬の姿を目にして静かに問いかけた。
「試験の邪魔、それだけや。違反でもなんでもないで。ちゃんとマニュアルに緊急時の対応として書かれとる」
「そうじゃなくて……っ」
「お前が情けないから助けてやっただけや」
そう言いながら、アンブレラは佐丸の腕を掴んでレイヴンから引き離した。鹿瀬に掴まれて伸びきったシャツの隙間からレイヴンとの契約印が見える。二度目の契約にアンブレラは呆れたような溜め息を吐いた。
佐丸は状況をまだよく理解できていないのだろう。不安そうな表情を浮かべているが、それでもアンブレラが完全に味方でないことだけは理解しているようだった。警戒心丸出しの表情でアンブレラの手を振りほどき、レイヴンの側に逃げていく。
「アンブレラ。俺は、佐丸のことを」
佐丸の腰を抱き寄せたレイヴンは、アンブレラを真っ直ぐ見つめながら口を開く。
「レイヴン」
しかしその先の言葉を、アンブレラは押し留めた。
その先を口にすれば、レイヴンは死神として存在が許されなくなる。
「レイヴン。今ならまだ聞かなかったことにできる。お前が今すぐこの男の魂を回収すれば」
「いやだ!」
努めて冷静に状況を説明しようとするアンブレラの声を遮って、レイヴンは叫んでいた。佐丸の魂を回収するなんて、そんなことはもう考えられなくなっていた。
「俺は……佐丸と一緒にいたい。同じ時間を過ごしたい。佐丸に恋をしてしまった」
まるで自らの罪悪を懺悔するように、レイヴンが思いを吐き出した。
「あ、はは……」
レイヴンに抱き締められていた佐丸が、不意に笑った。まさかレイヴンがそんなことを言うだなんて思っていなかったのだろう。だが、笑いながらも佐丸の顔は赤く染まり瞳には涙が滲んでいる。
「まだ、すごい混乱してるのに……」
鼻をすすりながら、佐丸が声を震わせる。
「レイヴンにそう言われて、嬉しい。勝手に消えて、勝手に戻ってきて、僕の話も聞かずに好き勝手なことばっか言って。いっぱい文句を言いたいのに……嬉しいって言葉しか出てこないや」
「佐丸……」
「レイヴン、これが恋なのかな」
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
完結•枯れおじ隊長は冷徹な副隊長に最後の恋をする
禅
BL
赤の騎士隊長でありαのランドルは恋愛感情が枯れていた。過去の経験から、恋愛も政略結婚も面倒くさくなり、35歳になっても独身。
だが、優秀な副隊長であるフリオには自分のようになってはいけないと見合いを勧めるが全滅。頭を悩ませているところに、とある事件が発生。
そこでαだと思っていたフリオからΩのフェロモンの香りがして……
※オメガバースがある世界
ムーンライトノベルズにも投稿中
ハイスペックストーカーに追われています
たかつきよしき
BL
祐樹は美少女顔負けの美貌で、朝の通勤ラッシュアワーを、女性専用車両に乗ることで回避していた。しかし、そんなことをしたバチなのか、ハイスペック男子の昌磨に一目惚れされて求愛をうける。男に告白されるなんて、冗談じゃねぇ!!と思ったが、この昌磨という男なかなかのハイスペック。利用できる!と、判断して、近づいたのが失敗の始まり。とある切っ掛けで、男だとバラしても昌磨の愛は諦めることを知らず、ハイスペックぶりをフルに活用して迫ってくる!!
と言うタイトル通りの内容。前半は笑ってもらえたらなぁと言う気持ちで、後半はシリアスにBLらしく萌えると感じて頂けるように書きました。
完結しました。
手切れ金
のらねことすていぬ
BL
貧乏貴族の息子、ジゼルはある日恋人であるアルバートに振られてしまう。手切れ金を渡されて完全に捨てられたと思っていたが、なぜかアルバートは彼のもとを再び訪れてきて……。
貴族×貧乏貴族
僕のために、忘れていて
ことわ子
BL
男子高校生のリュージは事故に遭い、最近の記憶を無くしてしまった。しかし、無くしたのは最近の記憶で家族や友人のことは覚えており、別段困ることは無いと思っていた。ある一点、全く記憶にない人物、黒咲アキが自分の恋人だと訪ねてくるまでは────
目が覚めたら、妹の彼氏とつきあうことになっていた件
水野七緒
BL
一見チャラそうだけど、根はマジメな男子高校生・星井夏樹。
そんな彼が、ある日、現代とよく似た「別の世界(パラレルワールド)」の夏樹と入れ替わることに。
この世界の夏樹は、浮気性な上に「妹の彼氏」とお付き合いしているようで…?
※終わり方が2種類あります。9話目から分岐します。※続編「目が覚めたら、カノジョの兄に迫られていた件」連載中です(2022.8.14)
ハッピーエンド
藤美りゅう
BL
恋心を抱いた人には、彼女がいましたーー。
レンタルショップ『MIMIYA』でアルバイトをする三上凛は、週末の夜に来るカップルの彼氏、堺智樹に恋心を抱いていた。
ある日、凛はそのカップルが雨の中喧嘩をするのを偶然目撃してしまい、雨が降りしきる中、帰れず立ち尽くしている智樹に自分の傘を貸してやる。
それから二人の距離は縮まろうとしていたが、一本のある映画が、凛の心にブレーキをかけてしまう。
※ 他サイトでコンテスト用に執筆した作品です。
林檎を並べても、
ロウバイ
BL
―――彼は思い出さない。
二人で過ごした日々を忘れてしまった攻めと、そんな彼の行く先を見守る受けです。
ソウが目を覚ますと、そこは消毒の香りが充満した病室だった。自分の記憶を辿ろうとして、はたり。その手がかりとなる記憶がまったくないことに気付く。そんな時、林檎を片手にカーテンを引いてとある人物が入ってきた。
彼―――トキと名乗るその黒髪の男は、ソウが事故で記憶喪失になったことと、自身がソウの親友であると告げるが…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる