死神様の恋愛マニュアル

よもやま

文字の大きさ
上 下
16 / 40

3.きらめく世界⑥

しおりを挟む
「死神に人間の食べ物ってあげていいのかな」

 純粋な疑問だった。死神は当然ながら人間じゃ無い。人間じゃ無いものに人間の食べ物を与えるのは良くないのでは、と思ったのだがレイヴンはむすっと唇を尖らせて

「俺は動物じゃない。少しくらい大丈夫……のはずだ」

 とやや不安げに答えた。

「なんだそれ。食べたいだけだろ」

 欲望ダダ漏れの返事に突っ込むと、レイヴンは勢いよく叫んだ。

「当たり前だろ! だってめちゃくちゃ美味そうじゃないか!」
「わはは、人間になれたら良かったのになー」
「ふん、俺は死神であることに誇りを持ってるんだ。人間になれたらなんて……そんなことは……全然……これっぽっちも……」
「ふふ、見てる見てる。羨ましいか」
「羨ましくなんかない!」

 なんて言いながらも、レイヴンの視線はしっかりと湯気を立てる豚まんをロックオンしている。くわっと大きく開いた口の中に、佐丸は思いきって豚まんを突っ込んだ。わふっと可愛いらしい擬音が聞こえ、レイヴンが口を閉じる。

「んう゛っ」

 呻き声と同時に口が離れ、豚まんにレイヴンの歯形がついた。その歯形を見て、本当に実体化したのだと感じながら佐丸はレイヴンの様子を伺った。

「ど? 美味しい?」

 初めて食べる人間の食べ物に何を感じているのか気になり、佐丸はレイヴンの顔を覗き込む。レイヴンは熱さに口をはふはふと動かしているが、それでも初めての体験に感動しているようだった。舌で味を確かめているのか、だんだんと頬が緩んでくる。

 豚まんくらいで大袈裟だな、と思ったが未知のものに感動しているレイヴンを見ているのは気持ちがよかった。しかもそのきっかけが自分自身なのだと思うと、どこか誇らしい気持ちになる。
 もっと食わせてくれ、と言うようにレイヴンが口を開ける。まるで餌を欲しがる雛鳥のようで、佐丸は喉を鳴らして笑う。

「……なんか、変な感じだ」
「どうした?」

 ぽつりと呟いた声に、レイヴンが反応した。佐丸の顔を覗き込みながらも、口はもぐもぐと豚まんを頬張っている。どうやら気に入ったらしい。心配しているんだか食べたいんだか、どっちかにしろよと思うものの、美味しそうに豚まんを頬張るレイヴンを見ているとなんだか全てがどうでもいい気分になってきてしまった。

「これは独り言だから、黙って聞いててくれればいいんだけどさ」

 自分が何を言おうとしているのか、佐丸は自分でもわからなかった。けれど、心に湧いてくるものを急に吐き出したくなったのだ。誰かに聞かせることで、相手の負担になってしまうかもしれない。そう思いずっと抑え付けてきた感情を、この身勝手で自由すぎる死神になら吐き出してしまえると思った。

 レイヴンは契約で繋がっているだけの、打算込みの、人間じゃ無い存在で、それでも今は佐丸の恋人なのだ。こんな相手にしか気持ちを吐き出せない自分を情けなく思いながら、佐丸はゆっくりと息を吐く。

「僕、ゲイだって言ったでしょ。恋愛対象が男なんだよ。同じ嗜好の相手なんてそうそう見つからないからさ、マッチングアプリで知り合った相手とワンナイトばっか続けてて。エイシ……元彼の名前だけど、エイシとはそのマッチングアプリで知り合ったの」 

 マッチングアプリだのワンナイトだの、レイヴンにとっては初めて聞く単語ばかりだったのだろう。良くわからない、と佐丸の言葉に眉を寄せているが、今はこの鈍感さに助けられていた。
 佐丸はレイヴンの反応を無視したまま言葉を続ける。 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

完結•枯れおじ隊長は冷徹な副隊長に最後の恋をする

BL
 赤の騎士隊長でありαのランドルは恋愛感情が枯れていた。過去の経験から、恋愛も政略結婚も面倒くさくなり、35歳になっても独身。  だが、優秀な副隊長であるフリオには自分のようになってはいけないと見合いを勧めるが全滅。頭を悩ませているところに、とある事件が発生。  そこでαだと思っていたフリオからΩのフェロモンの香りがして…… ※オメガバースがある世界  ムーンライトノベルズにも投稿中

ハイスペックストーカーに追われています

たかつきよしき
BL
祐樹は美少女顔負けの美貌で、朝の通勤ラッシュアワーを、女性専用車両に乗ることで回避していた。しかし、そんなことをしたバチなのか、ハイスペック男子の昌磨に一目惚れされて求愛をうける。男に告白されるなんて、冗談じゃねぇ!!と思ったが、この昌磨という男なかなかのハイスペック。利用できる!と、判断して、近づいたのが失敗の始まり。とある切っ掛けで、男だとバラしても昌磨の愛は諦めることを知らず、ハイスペックぶりをフルに活用して迫ってくる!! と言うタイトル通りの内容。前半は笑ってもらえたらなぁと言う気持ちで、後半はシリアスにBLらしく萌えると感じて頂けるように書きました。 完結しました。

手切れ金

のらねことすていぬ
BL
貧乏貴族の息子、ジゼルはある日恋人であるアルバートに振られてしまう。手切れ金を渡されて完全に捨てられたと思っていたが、なぜかアルバートは彼のもとを再び訪れてきて……。 貴族×貧乏貴族

僕のために、忘れていて

ことわ子
BL
男子高校生のリュージは事故に遭い、最近の記憶を無くしてしまった。しかし、無くしたのは最近の記憶で家族や友人のことは覚えており、別段困ることは無いと思っていた。ある一点、全く記憶にない人物、黒咲アキが自分の恋人だと訪ねてくるまでは────

ハッピーエンド

藤美りゅう
BL
恋心を抱いた人には、彼女がいましたーー。 レンタルショップ『MIMIYA』でアルバイトをする三上凛は、週末の夜に来るカップルの彼氏、堺智樹に恋心を抱いていた。 ある日、凛はそのカップルが雨の中喧嘩をするのを偶然目撃してしまい、雨が降りしきる中、帰れず立ち尽くしている智樹に自分の傘を貸してやる。 それから二人の距離は縮まろうとしていたが、一本のある映画が、凛の心にブレーキをかけてしまう。 ※ 他サイトでコンテスト用に執筆した作品です。

職業寵妃の薬膳茶

なか
BL
大国のむちゃぶりは小国には断れない。 俺は帝国に求められ、人質として輿入れすることになる。

林檎を並べても、

ロウバイ
BL
―――彼は思い出さない。 二人で過ごした日々を忘れてしまった攻めと、そんな彼の行く先を見守る受けです。 ソウが目を覚ますと、そこは消毒の香りが充満した病室だった。自分の記憶を辿ろうとして、はたり。その手がかりとなる記憶がまったくないことに気付く。そんな時、林檎を片手にカーテンを引いてとある人物が入ってきた。 彼―――トキと名乗るその黒髪の男は、ソウが事故で記憶喪失になったことと、自身がソウの親友であると告げるが…。

無自覚両片想いの鈍感アイドルが、ラブラブになるまでの話

タタミ
BL
アイドルグループ・ORCAに属する一原優成はある日、リーダーの藤守高嶺から衝撃的な指摘を受ける。 「優成、お前明樹のこと好きだろ」 高嶺曰く、優成は同じグループの中城明樹に恋をしているらしい。 メンバー全員に指摘されても到底受け入れられない優成だったが、ひょんなことから明樹とキスしたことでドキドキが止まらなくなり──!?

処理中です...