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猫、気持ちを再確認する

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周りの人達が怖くて怖くて仕方ない。だってゼッタさんだって、さっき急に襲ってくるまでは普通の先輩で、本当に優しくしてくれてたんだ。

誰を信じていいのか、僕にはもはや分からなかった。

泣くだけの僕に代わって、トルスが端的に事情を説明してくれる。

「ゼッタが、彼を襲おうとして……彼の魔力が恐怖で暴発しかけたようです。幸い近くにいたので、俺が暴発を阻止しました」

「そうか! それは本当にお手柄だった」

「君がいなかったら考えたくもないことになっていただろう、感謝する」

「はぁ、それは当然の事なので別に。出来ればこの状態をなんとかして貰えるとありがたいんですが。あの……余程怖かったようで……」

トルスが言葉を濁す。多分僕の事を言っているんだと思うけど、この安心する体を手離す気にはなれなかった。

結局僕はその日、この部屋でトルスと一緒に寝たんだった。懐かしい。

男も女も、偉い人も、同期の友達も……色んな人が来て説得されたけど、どうしても僕がトルスから離れようとしないものだから、結局は僕が落ち着くまで、トルスが預かることになったらしい。

僕を連れて部屋に入ったトルスは、大きなため息をついて言った。

「ああもう、なんなんだ、お前! 他人は怖いんじゃないのか」

「トルスは怖くない……」

トルスの服の端をずっと握っている僕をちょっと引き剥がしてラフな服に着替えたトルスは、諦めたようにベッドに寝っ転がる。

僕はトルスと離れたくなくて、ひよこのように後をついていって、ベッドの傍に佇んだ。

まだグスグスと情けなく鼻鳴らしている僕を、トルスが困ったように眉毛を下げて見ている。困らせているのが分かっているのに離れ難くて、僕の目からはまたポロッと涙が落ちた。

「しょうがないな……」

トルスの困りきった声が聞こえる。

「お前が他人を怖がる気持ちはわからんでもない。あんな目にあったばかりだからな」

「ごめん……なさい」

「お前が悪いわけじゃないだろう。俺といた方が安心するなら落ち着くまで居てもいいし、抱きつきたいなら体も貸してやるよ」

「ホント!?」

「ああ。立ってると疲れるから、ベッドで勘弁してくれ。あと、俺が寝ても怒るなよ」

「怒るわけない!」

「ぐはっ」

思いっきり飛びついたら、ちょっと苦しそうにされた。勢いが良すぎたらしい。

魔術師にしては大きくて、広い胸板に頬を埋め、僕は思いっきりトルスの匂いを吸い込んだ。この暖かい胸で、この落ち着く匂いに包まれてなら、眠ることだって出来そうだと思った。

「う、上に来るのかよ……!」

ぼやかれたけど、これが一番密着できる気がして、怒られるまでこうしていようと思ったら、優しく頭を撫でられた。

「……俺は口下手だからうまく言えないが……今日の事は、お前に落ち度などないからな。あの男は一見人当たりが良くて面倒見がいいから、皆騙されるんだ」

「し……知らなかった」

「ヤツは前科が多くて懲戒スレスレで、勧告も受けてた。本人も二度と過ちを犯さないと宣誓していた筈だ。ここ数年は問題行動もなかったし、皆も人生を投げ打つほどバカではあるまいと思っていたんだ」

「オレの入所の時には警戒するよう注意があったが……なかったか?」

僕はブンブンとクビを振る。そんな話、聞いた事なかった。けれど、ゼッタさんとの共同研究だけはなぜか申請が降りなかったから、上層部は完全には警戒を解いてはいなかったんだろう。

「そうか……周囲ももっと気をつけておくべきだったな。助けるのが遅くなって済まなかった」

優しく撫でられて、落ち着かせるように背中をポンポンと一定のリズムで軽く叩かれて、僕の心はゆっくりと恐怖から解放されていくようだった。

「だが、この研究所も大きな組織だ。いいヤツもいればえげつない事を仕掛けてくるヤツもいる。ケツを狙われる事もあれば、共同研究で進めていた筈の物を横取りされることだってある。自分の欲望に忠実なヤツも一定数はいるんだ」

トルスの落ち着いた声が、僕の心にゆっくりと沁みていく。

「気を許しすぎるな。自分の身は自分で守れ。……それが、結局は相手のためにもなる」

その通りだと思った。トルスは一見他者に冷たいように見えて、実は優しい。

そのまま眠りに落ちた僕は、翌朝トルスが出勤してから目覚め、帰って来たトルスにもう一晩お世話になってから自室へと戻った。

それからの僕はトルスの助言通り他者との距離を適度に持つようになったし、トルスにはうるさがられるくらいアプローチするようになった。

結構な塩対応の連続に、ちょっと拗ねてみたり切なくなったりする事はあれど、魔術に関する真剣な質問には真摯に応えてくれたし、僕が研究疲れでフラフラしていると無言で回復魔法をかけてくれたりする。

そんなちょっとした優しさが嬉しくて、僕はただ、トルスの傍にいたかった。

トルスの匂いのするベッドの中で、僕は小さくため息をつく。

猫のままなら、トルスと一緒にいれるのかなぁ……。

いや! 何をバカな事を! 僕は、僕のままトルスに愛されたいんだ!!!
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